「宅急便1個につき10円の寄付」を新聞紙上で表明

 宅配便大手のヤマトホールディングスは4月7日、東日本大震災で被害を受けた水産業・農業の再生支援を主目的に、2011年度に取り扱う「宅急便」1個につき10円を寄付すると発表した。同社も被災し、犠牲となった社員がいるほか、岩手・宮城・福島県では店舗の全壊や半壊が続出、車両も100台近くを失っている。寄付額は、2010年度の実績から計算すると130億円。宅急便の運賃表は変えないため利益減は必至だが、「地域密着の事業を展開してきた企業として、地元に恩返しをしたい」との強い決意だ。震災から1カ月後の4月11日には新聞広告を出稿し、被災地の再生支援にかける思いを表明した。震災直後からの同社の取り組みや、新聞広告出稿の背景などについて、広報戦略担当・シニアマネージャーの丹澤秀夫氏に聞いた。

水産業・農業の再生支援を社長が決断

――地震があった3月11日は、どのような状況でしたか。

丹澤秀夫氏 丹澤秀夫氏

 11日はちょうど団体交渉の初日で、東北支社長も含め全国の幹部が東京本社に集まっていました。揺れがあった直後から対策本部を立ち上げて情報収集を開始し、幹部会議で東北と北海道地域の翌日からの荷受け停止を決定。東北では1万人強の社員が働いていますが、通信網のまひなどにより、12日になっても安否不明の社員が1千500人程度いました。

――その後の動きは。

 社員の安否確認に努めつつ、13日には先遣隊を派遣。14日には北海道、18日には青森・秋田・山形県で集配を再開しました。復旧に時間を要したのは、津波被害のあった太平洋側の地域でした。道路の寸断や燃料不足が、集配車両のみならず自動車通勤の社員の足にも大きく影響したためです。ただ、配達網を回復し、通常業務に戻ることが復興への第一歩と考えた現地社員は、行政と連携し、避難所への救援物資の配達を自主的に開始していました。行政も把握しきれていない住民の避難先をいち早く見つけ、配送に動いていたのです。こうした動きを見た本社は、21日に東北全国の宅急便センターの営業を開始し、25日には集配を再開させました。また、避難所への救援物資の配送が滞っているという地元の悩みを受け、車両200台、人員500人を「救援物資輸送協力隊」として岩手・宮城・福島県に派遣、23日に活動を開始しました。

――3月下旬、木川眞社長(当時ヤマト運輸社長)が被災地を回り、4月1日のヤマトホールディングス社長就任あいさつで「宅急便1個につき10円の寄付」を発表しました。

 3月28日から30日にかけ、青森県から福島県まで東北各県を回って社員を激励し、各県知事とも会って意見交換を行いました。木川社長以下幹部たちが目にした被害状況は深刻で、とりわけ地域を支えてきた水産業・農業のダメージは甚大でした。当社の事業は地元産業と密接にかかわり、特に「クール宅急便」などは東北の水産業者に大いに支えられてきました。「地域への恩返しのため、産業基盤の立て直しのため、最大限のことをしたい」。それが被災地を回った社長の結論でした。

 産業再生には莫大な費用が必要ですが、当社が昨年扱った宅急便は年間13億個で、1個につき10円を寄付すれば年間130億円になります。この方法であれば、通常業務の中から継続的に費用を捻出することができます。また、社員が使命感をもって仕事に取り組むこともできます。支援先や用途については、第三者機関を設け、漁船の調達、保育所の設置など、多岐にわたる現地のニーズから選定・対応していく予定です。

コーズ・リレーテッド・マーケティングではなく、地域への恩返し

――新聞広告でメッセージの発信を行った理由は。

2011年4月11日付 朝刊 2011年4月11日付 朝刊

 取り組みの真意をきちんと言葉で伝えたいと考え、新聞広告を選びました。コピーは読者に宛てた手紙のようなもので、被災地復興のために産業再生に尽力したいという思いをつづりました。全国に17万人いる社員に企業の方向性を示す意味でもマスに訴える力のある新聞広告の活用は有効でした。また、震災から1カ月後の4月11日掲載ということで、記事面の多くが東日本大震災関連で割かれ、そうした中でメッセージを発信した意義もあったと思います。

――コピーに込めた思いとは。

 寄付の取り組みがいわゆるコーズ・リレーテッド・マーケティングではなく、地域への恩返しであることを伝えたい、という考えが基本にありました。実際、現地の社員は、本社に指示される前に被災された方々のために物資輸送に動いてくれました。その行動に経営陣が心動かされ、地域にお世話になってきた企業として何ができるのかを検討し、「宅急便1個につき10円の寄付」を決めた経緯があります。長い目で見れば、支援が企業価値の向上につながり、株主の理解につながるということはあると思いますが、「復興に貢献しているので宅急便を利用してください」という意図はないので、それが正しく理解されるような表現を心がけました。

――広告の反響はいかがでしたか。

 多くの感想が手紙やメールで寄せられています。被災地からは、「元気づけられた」「宅急便が通常稼働し始めたことで、安心感につながった」「具体的な支援策を示してくれて頼もしい」といった声が届きました。東北の営業所では紙面を壁に張って社員の励みにしているそうです。ツイッターでも「応援したい」という声がたくさんありました。紙面と同じコピーを掲載したホームページは、1週間で10万超のビューをカウントしました。

――丹澤さんは1年前まで広告会社に勤務。ヤマト運輸の広告に携わった時期もあり、その中には朝日広告賞を受賞した新聞広告もあったとか。ヤマトホールディングスに移ってからはどのような戦略に力を入れていますか。

 最も重視しているのは、広報や宣伝を通じて17万人の社員を勇気づけること、もう一つはきめ細やかなプレス対応によるメディア露出の拡大です。それと合わせて、宣伝分野で専門性を発揮できる人材育成にも力を入れています。

――震災関連の今後のコミュニケーションプランは。

 毎月の寄付金額を1年にわたりホームページで報告していきます。寄付の仕組みや具体的な寄付先なども随時お知らせしていくつもりです。5月10日の更新では、4月の宅配便扱い個数1億147万4973個、寄付予定額10億1474万9730円を報告しました。また、新聞広告もタイミングを見て検討したいと思っています。