従来の農機具の概念を取り払い、顧客ニーズを一から探る

 第2回日本マーケティング大賞奨励賞を受賞した本田技研工業「ピアンタ FV200」(以下「ピアンタ」)は、燃料に家庭用カセットガスを使用した耕うん機だ。扱いの手軽さと移動・収納の簡便性で小規模菜園やガーデニングを楽しむ団塊世代層を中心にアピールし、新たな耕うん機市場を生み出した。営業部門の開発リーダーとして商品企画から携わった、日本営業本部汎用営業部事業企画ブロックの安井真氏に話を聞いた。

新しい技術を「人に役立つ」という切り口で伝える

本田技研工業 安井真氏 本田技研工業 安井真氏

――まずは、日本マーケティング大賞奨励賞を受賞した感想をお願いします。

 大変ありがたいと思っています。いい商品を作りたいという純粋な思いをチーム全体で育てあげていくのがホンダの企業文化です。マーケティングという言葉には、商品開発を机上で考えるような印象もありますが、今回の賞では市場調査から製品開発、プロモーション活動までの私たちの一連の取り組み全体を評価していただきました。個人的にも、これまで崇高なイメージをもっていたマーケティングという概念に、仕事を通じて実感が生まれました。

――「ピアンタ」は、2009年3月の発売から約1カ月で約4千台を販売しながら、既存商品への影響はなかったと聞いています。従来とは異なるユーザー層を開拓したと考えられますが、開発の経緯は。

 プロジェクトの発端は、カセットガスエンジンという家庭用カセットガスをパワーソースとして生かす技術が生まれたことです。それをどう製品に利用するかという議論の中で、「第1弾として、家庭用の耕うん機が面白いのではないか」ということになりました。

 ホンダのミニ耕うん機には50年の歴史がありますが、結果的によかったのは、開発チームのスタッフがこれまで耕うん機に携わったことがなかったことです。今までの農機具の概念を一から取り払って、新しいお客様、新しい農機具のあり方と向き合うところからスタートしました。例えば値段はどの程度なら納得していただけるのか。色は従来のホンダの耕うん機と同様の赤でいいのか。耕うん性能以外の部分では何が必要か。すべての問いに市場調査を重ねながら、「価格は10万円」「本体色は白で、丸みを帯びたデザイン」「キャリーボックスや車輪一体型スタンドを標準装備し、移動性能を高める」といったことを決めていきました。

――2010年3月中旬には、累計販売台数が1万台を達成するヒット商品に急成長しました。マーケティング戦略で、もっとも重視した点は。

ピアンタ FV200 ピアンタ FV200

 営業という観点から私が一番心がけたのは、企画もアイデアも一人で出して自分が回してやろうという意識にならず、ホンダのブランド力や二輪・四輪で培ったノウハウを使い、いかに総合力で盛り上げられるかということです。世の中に奇抜な商品を出してやろうという気持ちは、まったくなかったんです。何より大切なのは、耕うん機は欲しいけれど、なかなか手が届かなかった方たちに向けて、どういった商品・メッセージを送り出せばいいのかを全員が共有する。その上での手法が、パプリシティーやメディアミックスだったということです。

 例えば商品の第一印象を世の中に伝えるために、世田谷の家庭菜園を借りて発表会を行いました。普通なら耕うん機を使わない狭い場所で、「ピアンタ」の商品特性を象徴的に見せる試みでしたが、これは汎用機器では珍しい営業と広報が連携したキャンペーンでした。また、こういった新しいカテゴリーの商品は、販売店からお客様にどう説明してもらえるかが重要です。今までの耕うん機との差別化ポイントを理解し、それをお客様にきちんと伝えてもらえたと思います。


ミニ耕うん機のよさを継続的に伝えたい

――コミュニケーション戦略では、どのようなメディアを使いましたか。その中で新聞広告の役割は。

2009年 3月6日朝刊 2009年 3月6日朝刊

 「ピアンタ」は耕うん機の新しいユーザー層である都市部に住む20歳代~40歳代のファミリーに関心をもっていただけた商品ですが、ボリュームゾーンはやはり地方都市の郊外エリアに住む50歳代~60歳代のご夫婦です。そのエリアでの新聞広告、折り込みチラシ、電車の中づり広告、テレビCMなどを重点的に展開しました。

 新しい耕うん機の登場という認知を高める役割はテレビCMに期待しました。加えて、耕うん機を初めて使う方が中心となる商品なので、より詳しい機能が知りたいというお客様に向けた情報発信も重要だと考えました。新聞広告には、そうしたリアルな商品性を信頼性の高い情報として伝える役割を期待しました。メッセージの内容としては「カセットガスを使う」という一番分かりやすいアピールポイントをシンプルに伝えています。

――今後の「ピアンタ」のマーケティング活動における抱負、課題は。

 やるべきことは大きく2つあります。ひとつは、発売から1年がたったので、お使いいただいた方の感想をよく聞いて商品を鍛えていくということ。それと新商品としての話題だけで終わらせないよう、2年目以降も「ピアンタ」が支持されていくために、ミニ耕うん機のよさを継続して伝えていくということです。

 「ピアンタ」が受け入れられた背景には、近年の自然志向や食の安全に対する関心、定年後の楽しみとして本格的な土いじりを楽しみたいと思われている方の増加など、さまざまな今日的背景があると思います。ただし、耕うん機というのは家庭菜園を始めると同時に購入するものではありません。自分なりに2、3年やってみて、鍬(くわ)やスコップで土を耕す大変さや、土がなかなか細かくならないという苦労を経験した上で、使ってみようかと思うような商品です。そうした方たちの共感を得るために何をすべきか、マーケティング活動をより深めていきたいと思います。

5月に発売されたガスパワー発電機「エネポ」 5月に発売されたガスパワー発電機「エネポ」

――今年5月には、家庭用カセットガス燃料を使用した商品の第2弾として、ガスパワー発電機「エネポ」が登場しました。

 「ピアンタ」は全国のホンダ汎用製品特約店やホームセンターなどで販売をしましたが、「エネポ」は、二輪、四輪のディーラーでも展開します。カーライフと相性がよく、アウトドアレジャーなどでも活躍できる商品ですから、「ピアンタ」以上に大きな注目を集めることを期待しています。ただ、同じカセットガスを使う商品ですが、「ピアンタ」と「エネポ」では、ウェブのアクセス傾向やお客様の関心の寄せ方は異なります。それぞれのお客様としっかりと向き合うことが、やはり大切だと思っています。