「0.00%」に込められた企業の想いとは

 2009年ヒット商品番付(SMBCコンサルティング発表)で西の横綱に選ばれたキリンフリー。4月の発売から12月までに3回の上方修正をおこない、年初予定の5.5倍にあたる350万ケースを突破した。ここでは新商品におけるコミュニケーションの方法に着目し、大ヒットの背景を探る。開発を担当したキリンビール営業本部マーケティング部の梶原奈美子さんとプロモーションのクリエーティブを担当した風とバラッドのクリエイティブディレクター/アートディレクター、石井原さんに話を聞いた。

 

商品開発からクリエーティブチームがかかわる

梶原奈美子氏(左)、石井原氏(右) 梶原奈美子氏(左)、石井原氏(右)

――まず、予想を大幅に上回るヒット商品となった要因はどこにあると考えていますか?

梶原さん(以下、梶原) 世界初アルコール0.00%という新しい価値が時代のニーズと合致したのだと思います。また、既存のビールテイスト飲料とは違い、飲んでも車を運転できるという特性を伝えるコミュニケーションの展開もヒットの要因のひとつだと思っています。

――それまでのアルコールテイスト飲料との違いについて教えてください。

梶原 キリンフリーはアルコール0.00%で、それまで発売していた弊社のアルコールテイスト飲料は0.5%。法律では1%未満であれば清涼飲料となりますが、お客様から「飲んだ後、クルマを運転しても大丈夫なのか」と不安の声も多く寄せられていました。ビールメーカーとしても飲酒運転を撲滅したいという願いは強く、安心して飲めるノンアルコールビールの開発に乗り出すことに。それが2007年のことです。

石井さん(以下、石井) 僕が話し合いに参加するようになったのも、それから少したったころですよね。味も商品名も決まっていなかったですし。

梶原 そうですね、何度も試飲していただき、ご意見を中味開発チームにフィードバックしていましたから。

石井 最初のころは飲んだ後、「……!?」とか、ありましたよね(笑)。

――アートディレクターやコピーライターなどクリエーティブチームが開発の初期段階から携わるのは一般的なことですか?

石井 いいえ。完成した新商品が既にあり、それをPRするための方法を考えてほしいと依頼されることがほとんどです。

――めずらしいケースだったのですね。

梶原 弊社ではわりと一般的な方法でもあるんです。それは私の上司であるマーケティング部の部長、佐藤章が推奨するスタイルでもあります。

――そのスタイルで行うメーカーとしてのメリットは何でしょう。

梶原 自分で担当する商品開発では初めての経験だったのですが、開発の早い段階で、自分たちの想(おも)いをわかりやすい表現で言語化していただけたことは本当によかったと思います。コピーライターの岡本欣也さんが最初に作ってくださったコピーが、まさしく私たちが発信したい想いそのもので感動しました。

石井 「クルマと生きる人類へ」ですね。僕もこのコピーで、キリンビールの熱い想いと挑戦的な姿勢を実感しました。

梶原 このコピーがあったことで、「飲酒運転を撲滅したい」「社会に役立つことがしたい」という信念を貫くことができたと思っています。

――なぜ、そう思うのでしょう?

梶原 プロジェクトメンバー同士で盛り上がったとしても、少し時間をおいてしまうと「それって思想だよね」とか、「とはいえ、会社的に難しいんじゃないか」など、自信を持ち続けることは意外と大変なんです。けれども、今回は違いました。最初から客観的な視点を持つ外部の方の意見などを聞くことで、自分たちの考えに偏りがないかそのつど判断することができました。

石井 僕らはメーカーが作る商品の魅力を誤解のないように、よりよい方法で世の中の人に伝えることが仕事。フィルターのような役割なんです。それは、この仕事に限ったことではなく、いつもそのスタンスで広告を作っています。


 

ターニングポイントは0.00%という数字

――特に議論したことは何でしたか?

石井 革新的な商品であることを、どう表現したら理解してもらえるかという点です。

梶原 ビールメーカーとして「クルマを運転しても大丈夫」と表現することについては、何度も何度も話し合いました。キリンフリーの革新的な部分は、飲んだ後でも安心して車が運転できること。けれども、それをダイレクトに伝えることについては社内でも賛否両論ありました。

石井 だから、トーン&マナーには気を配りました。キリンビールという会社のブランドイメージにも影響を及ぼす、モラルを問われる問題でもありますから。

梶原 どう表現するか、かなり煮詰まった時期がありました。そこから抜け出すきっかけは、0.00%という表記でした。

石井 そもそも0.00%という数値を広告で見たことがないし、世界初というインパクトもある。そこでCMは0.00%がもたらす世界を、パッケージは0.00%という数字をそのままコピーとして使って象徴的に見せようと決定しました。

――具体的には?

石井 CMでは「これは社会をよくする商品」ということが伝わる内容にしようと考えました。とはいえ、「これは社会をよくする商品です」とストレートに言ったらつまらない。ビールはもともとみんなの気分をやわらげたり、楽しませてくれたりする商品ですからね。

梶原 根底には「飲酒運転を撲滅したい」という想いがあるので、ふざけていないまじめさも絶対必要だと考えました。その調和をとりながら石井さんが上手に表現してくださいました。

石井 梶原さんも僕も、この商品によって日本が変わると、本気で思っていますからね。
 


CMのテーマは明るいノンフィクション

――クルム・伊達公子さんが試合中にフリーを飲むシーンは、とても印象的でした。

石井 明るいノンフィクションというテーマなんですよ。少しずつでも世の中が明るく楽しくなっていく、そんなきっかけになるシーンをノンフィクションで表現しました。

――結果、爆発的な大ヒットとなりました。その感想は?

梶原 自分たちの想いをカタチにすることができて、本当に感動しています。アルコール0.00%を実現した技術力はもちろん、開発段階からコピーライターやアートディレクターといった表現のプロの方々と一緒に仕事をしたことで得られた成果でもあると確信しています。

石井 発売初日からインターネットの検索ワードで、0.00%は何十万件もヒットするようになりました。ニュースや情報番組でも取り上げられ、偉そうな言い方かもしれませんが予想通りの展開です。

――その後、発売された他社の商品にも0.00%と表記されていますね。

梶原 ノンアルコール・ビールテイスト飲料のスタンダードを先駆けて作れたのだと思います。

――新聞広告について聞かせてください。4月から現在まで、2回、出稿していますね。

梶原 4月8日に発売したのですが、発売後に注文が殺到し品薄となってしまったんです。4月19日に掲載した広告は、商品を扱ってくださる流通の方々へ向けたメッセージも含まれています。お客様も含め、一度に多くの方々にお知らせするには新聞が一番効果的だと考えました。営業担当が取引先に行くときは、その広告を見せて説明しました。2回目の出稿は品薄の状態から生産が追いついてきた7月。増産中というご報告の広告を出稿しました。

2009年4月19日付朝刊 キリンビール2009年4月19日付 朝刊
2009年7月5日付朝刊 キリンビール2009年7月5日付 朝刊

――2010年2月にはリニューアルも予定されています。

梶原 後味の甘みや酸味を改善し、アルコール0.00%でありながら「より飲みごたえのある爽快(そうかい)なおいしさ」に進化します。

石井 CMでは様々な飲用シーンを紹介して、日本をフリーにしていきますよ。

梶原 ビールファンから、授乳中の女性や病気療養中の方など、幅広い方に飲んでいただけているのは本当にうれしいです。お客様センターにも約9,000件の反響が寄せられていて、その中のご意見などもヒントにしています。

石井 この仕事を通じて実感したことがあります。それはメーカーは本当にいいものを作ることが重要だということです。偽装したりごまかしたり、体裁だけ整えてもすぐに見破られる時代ですからね。ポスターだけかっこよくても意味がありません。

――最後にクリエーターと企業は、どのような関係が理想だと思いますか?

石井 キリンフリーというコンテンツを一緒に作っていく、そんな意気込みで仕事をしています。アートディレクターやコピーライターは「クリエーター」という呼ばれ方をすることが多いのですが、実際にモノを作っているのはメーカーなんです。だから、企業こそが本当のクリエーターであるべきです。僕らはコミュニケーションのプロとして関係していくことが、健全じゃないかと思います。

 

梶原 奈美子(かじわら・なみこ)

キリンビール 営業本部 マーケティング部 商品開発研究所 新商品開発グループ

1982年生まれ。外資系消費財メーカーを経て、2006年キリンビール入社。商品開発研究所に所属し、現在は、主にキリンフリーをはじめ、ビール類の開発を担当。

石井 原(いしい・げん)

風とバラッド クリエイティブディレクター/アートディレクター

1969年生まれ。博報堂を経て2005年、風とバラッドに参加。世界初アルコール0.00%のビール、KIRIN FREEのコミュニケーションデザインや宝島社 企業広告シリーズを手がける。KIRIN NUDA/Levi's /PARCO/TOYOTA ISTの広告や井上陽水 奥田民生「ダブルドライブ」/井上雄彦 Making of バカボンド「DRAW」のジャケットデザインなど。朝日広告賞、毎日広告デザイン賞、東京ADC賞、日経広告賞など受賞。