1月8日、ロックファンの間を驚きのニュースが駆け抜けた。イギリスのロックスター、デヴィッド・ボウイが、自らの誕生日のこの日、約10年の沈黙を破って新曲「ホエア・アー・ウィ・ナウ?」を発表したのだ。
ロックファンを驚かせた「スーパースターの復活」
そのときの衝撃を、ソニー・ミュージックジャパンインターナショナル マーケティング2部部長の白木哲也氏はこう振り返る。
「全世界のソニー・ミュージックに何の通知もなく、噂すらなく、いきなりiTunesで新曲が配信されたのです。そして、この新曲が収録されたアルバム『ザ・ネクスト・デイ』も、3月13日に世界中で発売される、と知らされました。デヴィッド・ボウイは大病を患った時期もあって一部では引退説もささやかれていましたし、ニューアルバムのリリースは待たれていたものの、誰も予想していなかったのです」
さらにこう続ける。
「配信の瞬間までまったく情報がリークされませんでした。ソーシャルメディア全盛の時代、ここまで秘密裏にレコーディングから製作、配信までをやってのけたのは、ボウイ自身のレーベルだからとはいえ、本当に『すごい!』としか言いようがないですね」
ニューアルバムのジャケット写真もセンセーショナルだった。1978年に発売された「ヒーローズ」のジャケット写真の「HEROS」の文字に線を引いて消し、ニューアルバムのタイトル「The Next Day」と記されただけの白い大きな四角形が「ヒーローズ」のジャケットを覆い隠すようなデザイン。「ホワイトスクエア」と称されるこのアートワークは、「今最もすばらしいポップ、もしくはロック・ミュージックのスピリットの象徴であり、過去を忘れる、または抹消することを意味する」と、後にデザインを手がけたジョナサン・バーンブルック氏が語っている。
ソニー・ミュージックでは、グローバルのプロモーション戦略として、このジャケットデザインの世界観を軸に展開することを決めた。海外では、化粧品や香水の広告にホワイトスクエアを大胆に使うなどのプロモーションで、大きなティザー効果を上げたという。
日本のソニー・ミュージックでは、デヴィッド・ボウイが表紙になった音楽雑誌の裏表紙広告に、表紙と全く同じデザインを使用しホワイトスクエアを大胆に載せた広告デザインを展開。さらに「新聞、それも日本の一般紙を代表する朝日新聞でやったらおもしろい」(白木氏)と、発売当日の3月13日、新聞への出稿にも踏み切った。
「新聞記事の上に大きなホワイトスクエアをレイアウトしたクリエーティブを企画したが、実際の記事を使う訳にはいかないので、新聞体裁のオリジナル紙面を作成して、それをベースにデザインしました」(白木氏)
右上には新聞の題字風に漢字で「出火吐暴威(「デヴィッドボウイ」と読む)」をレイアウト。これは、1973年のワールドツアーのときにファッションデザイナーの山本寛斎氏が衣装デザインに使ったもので、「オールドファンなら懐かしく、新しいファンにとっては新鮮に感じられるはず」と採用された。ホワイトスクエアに隠れない部分の記事には、今回の復活についての情報を盛り込んだ。
しかし苦労も多かったという。アーティスト側から提供されたのは、ジャケット写真と朝日新聞にも掲載したアーティストの写真、そしてわずかな情報のみ。デヴィッド・ボウイ本人は何も語らない。海外ニュースやインターネットで関係者が語ったわずかな言葉を拾うなどして情報をかき集めたという。
「大変な作業でしたが、そのミステリアスさはデヴィッド・ボウイらしい。ファンは少ない情報からいろいろな想像をめぐらせることができます。情報があふれている時代に、突然の復活、そして何も語らないことが、大々的で派手なプロモーションよりも大きなインパクトにつながりました」
ボウイ独特の世界観を軸に
ソーシャルやイベントも含めたプロモーションを展開
広告掲載の前日、ツイッターの公式アカウントで「明日の朝日新聞で何かが起こる」という趣旨のツイートを投稿したところ、一気に拡散した。また、掲載後にデヴィッド・ボウイのオフィシャルサイト「davidbowie.com」やフェイスブックのオフィシャルページで「日本の新聞にこんな広告が載った」とアナウンスされたため、世界中にも広がったという。
「新聞広告とインターネットやソーシャルメディアがうまく連動し、効果的に話題が広まっていきました。情報が少ないという飢餓感が人々の想像力をかき立てたのだと思います」(白木氏)
また、日本公式サイト(www.davidbowie.jp)では、坂本龍一さん、布袋寅泰さん、モデルの栗原類さんなど、ファンや縁のある著名人がデヴィッド・ボウイへの思いを語っており、テレビ番組などで取り上げられた。様々な形で大きな話題となったこともあり、発売直後からCDは予想を超える勢いで売り上げを伸ばし、iTunesのアルバム・チャートでは64カ国で1位を獲得。日本でもオリコンチャートで歴代最年長でトップ10入りという記録を樹立した。
ファンの盛り上がりを受けてイベントも実施した。銀座・ソニービルに店を構えるブリティッシュ・パブ「パブ・カーディナル」で「David Bowie Cafe」を、東京駅前の丸の内ビルの「Tokyo Soul Station」では「BOWIE’S BAR」を3月末日までの期間限定で開催。連日満員の大盛況で、改めてデヴィッド・ボウイの根強い人気が証明される形となった。
「かつて僕自身もそうでしたが、アルバムでその世界観に魅せられ、生き様に感銘を受け、『一生ついていく!』というほどアーティストに憧れたものです」と語った上で、白木氏はこう締めくくった。
「40代後半から50代のファンは、家庭や仕事などいろいろな事情で音楽から離れてしまっていますが、何かきっかけがあればCDを買ってくれる層でもある。その一方で、今回のデヴィッド・ボウイの作品が新鮮に映ったのか、若いリスナーからも非常に好評です。これからはもっと幅広いロックラヴァーに響くプロモーションやコミュニケーションを企画し、ロックの魅力、音楽のすばらしさを届けていきたいですね」