社格・人格・品格が一貫してこそ、美しいデザインが生まれる

 インダストリアルデザイン、環境設計、グラフィックデザインなど、幅広いデザイン領域で世界的な成果を上げているGKデザイングループ。その理念や、今年2月に亡くなった前会長・栄久庵憲司(えくあんけんじ)氏の業績などについて、代表取締役社長の山田晃三氏に聞いた。

プロダクト(=道具)は、人類の「欲望の化身」

──GKデザイングループのデザイン理念について教えて下さい。

山田晃三氏 山田晃三氏

 GKデザイングループは、1952年(昭和27年)、東京藝術大学の学生6名により結成されました。「GK」とは、学生たちの活動に理解を示した当時の小池岩太郎助教授のイニシャル「Group of Koike=GK」に由来します。その学生グループのリーダーが栄久庵憲司です。のちにGKインダストリアルデザイン研究所の所長となり、亡くなるそのときまでGKデザイングループの会長を務めていました。

 栄久庵たちは、戦後の荒廃の中で、生活のための工業製品の充実による「モノの民主化」、美しいデザインによる「美の民主化」を目指し、インダストリアルデザインの道を歩み始めました。以来、音響機器やカメラ、モーターサイクル、産業機械、食器、家電、文具、パッケージ、鉄道車両、企業ロゴ、駅や街頭のサインなど、幅広い領域でデザインを追究してきました。GKは現在200名を超えるフリーランスのデザイン集団です。その事業と研究の過程で育んできたのが、GK独自のデザイン哲学「道具論」です。

 人類の歴史は、数十万年前、「道具」を手にした時から始まりました。道具は、字のごとく「人の道の具え(そなえ)」として、人類とともに進化してきました。GKは、製品も機械も設備も、人がつくりあげた人工物はすべて「道具」と呼びます。GKは、こうした多くの道具たちを、人の意志によって生まれた「心ある存在」という視点でとらえます。すなわち、「道具には心がある」という思想です。

 まだ器がなかった太古の昔、人は川の水を手ですくって飲んでいました。自分の手ですくった水を人に飲ませてやろうとも思ったでしょう。そうした行為の中から誕生した道具(器)は、人の手の分身です。さらに遠くまで移動するために靴をつくり、車輪を発明し、モーターサイクルや自動車までつくった。これらの道具は人類の足の延長、人の「欲望の化身」といってもいいでしょう。つまり、道具を研究することは、「人とは何か」を研究することと同義である。これがGKが考える道具論の骨格です。

 栄久庵はかつて、自身がデザインした「キッコーマンしょうゆ卓上びん」を指して、「ここに仏様がいる」と言ったことがあります。手を合わせたくなる気持、人とモノとの信頼関係がここにはあるというのです。日本では古来、あらゆるものに霊が宿るという思想(アニミズム)が息づいてきました。道具に心があるのならば、その心と自分とは会話することができる。道具たちが何を考えているのか、なにを僕らに言わんとしているのか、そんな声を聞き取ることができるのが、デザイナーの力ではないでしょうか。

──栄久庵さん率いるGKは、ヤマハ発動機のモーターサイクル「VMAX」、JRA、ミニストップなどのシンボルマーク、成田エクスプレスをはじめとする鉄道車両など、様々なデザインを生み出しました。中でも「キッコーマンしょうゆ卓上びん」は代表作として知られています。

※画像は拡大表示します。 キッコーマンしょうゆ卓上びん キッコーマンしょうゆ卓上びん

 キッコーマンしょうゆ卓上びんは1961年(昭和36年)に発表されました。それまでしょうゆは一升ビン入りで売られ、陶器に少量を移して食卓に出すのが常でした。その習慣を変えようと、当時の野田醤油(現キッコーマン)が、食卓に置けるビンの開発に着手しました。デザインを依頼された栄久庵たちは、一目でしょうゆの量がわかる透明なガラス、しょうゆがおいしく見える赤色のキャップ、液ダレしない注ぎ口など、画期的な発想を商品に凝縮。さらに、ビンを傾ける時の動作に、自然に左手が右手を支えたくなる形状を目指しました。この、「人に美しい作法を要求する道具」という考え方は、GKデザイングループが今日まで大事に引き継いでいます。

 キッコーマンしょうゆ卓上びんの最大のポイントは、「亀甲萬」という屋号を、商品ロゴ(キッコーマン)として、誰もが目に留める家庭の食卓に載せたことです。これが企業の顔となり、ついには社名を変えるほどのブランドになりました。半世紀も前の出来ごとですが、プロダクトデザインがブランディングに寄与した象徴的な例と言えると思います。

ヤマハ発動機のモーターサ イクル「VMAX」
JR東日本「成田エクスプレス」

人間の感度や能力を高めてくれる道具たちが、カウンターパワーに

──プロダクトデザインに関して、最近の日本で見られる潮流はありますか。

 戦後の経済成長・産業の発展は、大量生産・大量消費を経て、多品種少量、さらにはカスタマイズ(特注生産)をも簡単に実現できる多様な仕組みを生みだしました。急速なテクノロジーの進展によって人と道具の関係も変わりつつあります。デジタル通信機器や電脳家電など、人間の脳の役目をサポートする機能が進化したことで、極端な言い方をすると、便利になったものの、人間が道具に使われている現象さえあるように思います。効率化や合理化、安全のためのテクノロジー追求は今後も主流であり続けるでしょう。一方で、いわゆる揺り戻し現象も起きています。

 例えば、携帯やパソコン操作で音楽が聞ける現代において、レコード盤の音楽に親しむ人が増えている。スマホを時計代わりにしている人がいる一方で、アナログ式腕時計を愛用している人たちがいる。レコードを聞くためにはプレーヤーがいる。レコード盤の上に自分で針を乗せなければなりません。面倒ですが、そこに能動的な動作が生まれます。アナログ式腕時計はゼンマイを巻かなければ時間が遅れてしまいますが、「しっかり巻いてくれよ」「しっかり巻いてやるよ」というモノとの対話が生まれます。道具に「愛着」が生まれるのが後者です。

 人間の脳の役目をサポートする道具に対して、レコードやアナログの腕時計は、人間の感度や能動性を高めてくれる道具です。こうした道具たちがカウンターパワーとして見直されつつあると思います。おそらく、道具を通して「自分と向き合う」ことの大切さに気付きはじめたのでしょう。

──山田さんが注目している動きはありますか。

 企業の取り組みとして最近注目しているのは、自動車メーカーのマツダです。自動車各社がクルマの利便性や安全性、自動運転化をアピールする中で、マツダは「Be a driver」というスローガンを掲げ、クルマの運転はあくまで人間主体である、さらにクルマはアートである、という視点に立ち「Design」を全面に打ち出しています。デザイナーだけでない、モデラーやエンジニアが一丸となって美しいクルマづくりに取り組んでいます。「美しい」という価値は、数字に置き換えることが難しい。少数でも信者的なファンをつくろうという本来的なブランド戦略です。

 もう一つ注目しているのは、日本が得意としてきた超多機能、超高性能なモノづくりへのアンチテーゼといえる、機能のそぎ落としです。高齢者向け携帯電話などは早くからそうしたニーズに対応していましたが、一般にも「この機能だけで十分」という価値観が広がっている。そぎ落とすことによって、シンプルな美しさが生まれる。家電メーカーのバルミューダなど注目されています。大手ではできない試みです。これらは注目すべき傾向だと思います。

長きにわたり愛されるモノには、「品格」が具わっている

──「いいプロダクトデザイン」とは、どのようなデザインだと思いますか。

 キッコーマンの卓上しょうゆビンのように、企業のブランディングに寄与し、長きにわたり愛されるデザインです。そのためにはモノに「品格」を与えることが重要です。人には人格があり、人格者という評価は、長きにわたり信頼を置かれる人物のことです。同じようにモノにも品格が大切です。モノづくりの背景に、強い意志がなければなりません。

 例えばアップルは、製品のみならず、社屋のあり方、社員の姿勢、広告メッセージ、パッケージ、店舗サービスなど、すべてに一貫した哲学を貫き、その哲学に共感する人たちが製品を使い、長くファンであり続けています。これはブランディングの一つの理想型で、つまり、モノを作る企業の「社格」、モノ作りに携わる人たちの「人格」、製品の「品格」、それを使う人たちの「人格」がきれいにつながっている。そういう発想と姿勢が大事ではないかと思います。

 戦後日本のモノづくりは、急いだあまり長期的なブランディングよりも短期的なヒットを重視し、躊躇(ちゅうちょ)なく頻繁にスタイルを変えてきました。もはやそういう時代ではないと思います。しかし、個々のブランディングに課題はあれど、海外に向けては「Made in Japan日本ブランド」という大きな強みがあります。個々のメーカーのブランド力を超えて、日本製には確固たる魅力が具わっています。日本の品格といってもいい。違う要素を器用に組み合わせるハイブリッド技術、コンパクト化の技術、おもてなしの心を具現化したきめ細かい仕上げなどは世界に誇れます。こうした、世界に冠たる要素をモノに込め、品格ある道具をつくりあげるのが、これからのデザイナーの重要な役割だと思います。

──企業経営者は製品デザインとどのように向き合えばいいのでしょうか。

東京・西新宿の交差点「Sign Ring」 東京・西新宿の交差点「Sign Ring」

 製品デザインに取りかかる際は、まず経営者が歴史をさかのぼってブランドの哲学を再確認する必要があると思います。「新しそうだから」「流行りのデザインだから」と飛びついてもブランディングにはつながりません。

 経営者の中には「自分には芸術のセンスがない」と言ってデザインの現場に関わろうとしない人もいるようです(笑)。ただ、造形的なセンスや色彩感覚に自信がなくても、経営者の人を見る目(経営のセンス)は確かなはずです。デザインは任せるとして、なぜこの形なのか、なぜこの色なのか、なぜこの機能なのか理由をデザイナーにとことん聞くべきです。恥ずかしいことではない。デザイナーが自社の哲学を理解しているか、誠実にモノづくりに向き合っているか、といったことを直に確かめればいい。ちなみにGKデザイングループには営業マンはいません。デザイナーが直接クライアントと話し、説明責任を果たしています。

 優れたデザイナーは、一般の人たちの思考のプロセスを飛び越えて、イノベーションにたどりつくセンスを持っています。そうしたデザイナーには、デザインに対する思想や哲学が不可欠です。そんなデザイナーといかに出会うか。それも経営者センスの一つではないでしょうか。

山田 晃三(やまだ・こうぞう)

GKデザイン機構(GK Design Group Inc.) 代表取締役社長

1954年生まれ。79年愛知県立芸術大学美術学部卒。同年GKインダストリアルデザイン研究所入所。92年GKとマツダなどとの合弁によるデザイン総研広島に移籍。2005年GKデザイン総研広島の代表取締役社長に就任。12年から現職。日本サインデザイン協会常任理事。日本インダストリアルデザイナー協会理事。日本グッドデザイン賞(Gマーク)審査委員など。新交通システム「アストラムライン」トータルデザインで通産省グッドデザイン金賞(通商産業大臣賞 1995年)、三菱重工「クリスタルムーバー」車両デザインにて機械工業デザイン賞グランプリ(経済産業大臣賞 2002年)、UDX特定目的会社「秋葉原UDXビル環境デザイン計画」で日本サインデザイン(SDA)大賞(経済産業大臣賞 2007年)など。
http://www.gk-design.co.jp