圧倒的なクラフト感で「命への祝福」を具現化 ライオンズヘルスの初代グランプリを獲得

 今年新設された「Lions Health(ライオンズヘルス)」において初代グランプリに輝いたのは、日本の作品の「Mother Book」だった。デザイン部門でもゴールド、シルバーを同時受賞。制作に携わった電通の土橋通仁氏に、制作の舞台裏や苦労を聞いた。

制約の多い医療広告 「話題化する」コミュニケーションを模索

土橋通仁氏 土橋通仁氏

――「ライオンズヘルス」で初代グランプリの受賞、おめでとうございます。

 正直、びっくりしています。初代グランプリですし、中部支社からの受賞なので多くの方に注目していただきました。実は、中部支社がカンヌライオンズでグランプリを取ったのは初めてで、帰国後、支社内からも「勇気をもらった」と言われました。個人的には、昨年もコピーライターズクラブ名古屋の年鑑「STICKY NOTES ANNUAL」でデザイン部門のゴールドを受賞し、2年連続受賞なのでとてもモチベーションが上がっています。

 昨年、中部支社から自費でカンヌに行った若いメンバーがいます。彼らは僕が表彰されているのを見て、とても悔しかったそうです。そんな彼らが今年、ニューヨークADCやD&ADなどで数々の賞を取ったんです。僕たちの受賞が起爆剤となって若手に火がつき、名古屋から世界に羽ばたくうねりが出てきたのはうれしいことです。

 それぞれの地域の広告に特徴があると思うのですが、例えば「関西はユーモア」とか。名古屋にはこれといってイメージが定着してない気がします。これらの受賞を足掛かりに名古屋のクリエーティブをもっとアピールできたらと思います。

――「Mother Book」を制作したきっかけについて教えてください。

 医療業界は広告規制が非常に厳しく、ポスターなどを使って「うちの病院に来てください」と呼びかけることができません。広告主の葵鐘会(きしょうかい)さんからは、「この病院で出産したい」と共感を呼び、「早期分娩(ぶんべん)予約」を増やすコミュニケーションを考えてほしいと相談されました。そこで、妊婦さんの間で話題となり、口コミが広がるようなツールやイベントを考えましょうと提案しました。

 また、海外進出を視野に入れ、戦略的にカンヌライオンズを狙いたいというご要望をいただいていました。海外ではカンヌライオンズでの受賞は影響力があり、名刺代わりになります。そのことをよくご存じで、世界で通用するブランディングを構築したいというお考えでした。

――どのようなメッセージを訴求しようと考えたのですか。

 妊婦さんのためになるものを作りたいということが第一でした。僕自身、子どもが3人いて、妊娠中につわりでつらそうな妻を見てきました。それに、子どもが生まれてからの思い出はたくさんありますが、生まれる前の思い出は、母子手帳やエコー写真ぐらいしかありません。

 デザインの力で、妊婦さんの大変さを少しでも和らげ、生まれた子どもへのすばらしいプレゼントになるような、今までにないものを作りたいと思いました。例えば、反抗期を迎えた子どもが開いて、「こんな思いで産んでくれたのか……」とお母さんに感謝するような。

最初のアイデアはカレンダー 試行錯誤で本に

――制作時に工夫した点や苦労したところは。

 言い出したらキリがありません(笑)。電話帳一冊分ぐらいアイデアを出し、方針を固めるだけで半年近くかかりました。結局、オリエンテーションは去年の4月ごろで、納品はクリスマスに合わせて12月24日でした。

 最初は、妊娠期間270日分の日めくりカレンダーを考えました。カレンダーをめくっていくと、少しずつお母さんのおなかが大きく盛り上がる立体的なデザインです。妊婦さんのおなかの3D立体像を作り、それをCTスキャンのように輪切りにした画像を制作しました。何日目にどれぐらいのサイズや形状になるか計算して、270日分の紙が一枚一枚美しいフォルムになるよう試行錯誤しました。

 ところが、造形を施した紙は重すぎて壁にかからず、めくっているうちに壊れてしまうと職人さんたちから言われたのです。しかも一冊あたり20万円もコストがかかると・・・・・・。

 この難題を解決したのが、「一週間見開きで40週の本にする」というアイデアでした。本にすれば、お母さんのおなかの形もより美しくなりますし、めくった紙を捨てる無駄もなくせます。コストも安くなったので、その分、へその緒を入れる箱と同じ、桐(きり)で外箱を制作できました。

 見開きの左ページはその週の出来事を書き込むメッセージスペース、右ページには赤ちゃんの成長にまつわるデザインとコピーを入れました。これは生まれてくる子どもへの最高のプレゼントになります。1週目は「さあ、新しい生命の始まりです」、2週目は「男の子か女の子か決まります」。おなかにいる赤ちゃんに食べ物の味が伝わる26週目は、お母さんのおなかを洋梨に見立てたデザインに、「赤ちゃんが味をわかるようになります」というコピーを添えました。全ページを床に並べ、前のページとどうめりはりをつけるか、一冊を通して一気通貫した流れがあるかを意識して作りました。
  最初は120冊だけ制作しましたが、9月1日からは分娩予約された妊婦さん全員に無料配布する予定です。こちらはより多くの方に使っていただくことを優先し、量産化に見合う素材を使っています。

※画像は拡大します。

見開きで一週間 自由に書き込める 見開きで一週間 自由に書き込める
桐の外箱付き(右上はカンヌライオンズのトロフィー) 桐の外箱付き(右上はカンヌライオンズのトロフィー)

ソーシャルグッドな広告も商品広告も クリエーティブで広告主の課題を解決したい

――映像の公開はどのようなメディアを使いましたか?

 海外のコンペティション向けにプレゼンテーションムービーを制作し、ルーツアーズとユーチューブにアップしました。ユーチューブなら、妊婦さんの間で口コミが生まれ、話題になりやすいと思いました。
  また、お申し込みいただいた妊婦さん一人一人に「使ってみませんか」と声をかけていきました。「Mother Book」をお渡しした方には、実際にメッセージを記載した様子や、ママ向けのイベントに参加した感想をブログにアップするなど、アンバサダー的な役割を担っていただくことになっています。

――今年のカンヌライオンズ全体を見て、どのような印象を持ちましたか。

土橋通仁氏

 昨年は60周年の年だったので、華やかで、しかもフィルム部門でグランプリを取った「Dumb Ways to Die」をみんな口ずさんでいて、ちょっと異様な雰囲気でした(笑)。そういう意味で今年は落ち着いた雰囲気で、いつものカンヌはこんな感じなんだなと思いました。
  今年印象に残ったのは「Volvo Trucks」です。中でも社長がクレーンでつられている「The Hook」や、ジャン・クロード・バンダムの股割りで有名な「The Epic Split」はすごいとしか言いようがなかった。海外は表現が自由でいいなあと圧倒されました。

――2012年に朝日新聞に掲載されて話題になったドナルド・マクドナルド・ハウスの広告も手がけました。

 「ドナルド・マクドナルド・ハウス」は、難病のため長期入院するお子さんに付き添う家族が安価で宿泊できる施設で、名古屋に建設するための寄付金を募る広告特集でした。掲載後、別の仕事をご一緒している方々から「新聞を見て、自分も力になりたいと思った」とお声がけいただき、続編として、テレビCM、ラジオCM、ポスターの制作にまで広がりました。それぞれ大きな反響を呼び、例えばポスターは、募金箱と共に病院に掲出したところ、毎週20万円もの募金が集まったのです。

 朝日新聞の広告を起点に寄付を募る呼びかけが広まり、最終的には「ドナルド・マクドナルド・ハウスなごや」を開設できました。新聞の力はまだまだ大きいですね。

 ソーシャルグッドな広告も、商品広告も、広告主の課題をクリエーティブ表現で解決する、という姿勢は変わりません。これからも自分の得意とするアイデア力で課題を解決していきたいと思います。

土橋 通仁(どばし・みちひと)

電通 中部支社 アートディレクター

カンヌライオンズヘルス グランプリ・ゴールド、カンヌライオンズ デザイン部門ゴールド、ONE SHOW ゴールドペンシル、ADFESTグランプリ、NEW YORK FESTIVAL ファーストプライズ、全日本広告連盟(鈴木三郎助大賞)最高賞ほか、国内外の受賞多数。ADFEST審査員、NYADC会員。

世界中で安全な出産ができるように-ASEANを中心に海外進出を狙う

医療法人葵鐘会 理事 永友一成氏

永友一成氏 永友一成氏

 海外進出を見据えてカンヌライオンズでの受賞を目指していたので、率直にうれしいです。名古屋発の作品が世界で評価されたことは、東海地区を基点とする葵鐘会にとってはとても意義深いと考えています。(葵鐘会の“葵”の文字は、徳川の神草に由来します)

 医療広告は一般的に制約が多く自由な表現ができません。しかし、出産は母子の命に関わることですから、本当はしっかり比較検討して自分に合った、質の高い医療機関で出産してほしいと思っています。一般的な媒体出稿だけでは、施設の美しさは伝えられても、助産師やドクターの技術の高さ、スタッフの出産にかける思いまではなかなか伝えきれません。そこで、高品質なこのマザーブックを通じて、高度な医療と、入院した時の快適さ、スタッフの思いなどを「そこはかとなく」感じてもらえたらと考えました。

 受賞後、おかげさまで早期分娩予約が増え、イタリアや中国など海外からも、妊娠中の奥さまにプレゼントしたいと男性から多数お問い合わせをいただいています。2014年9月1日からは分娩を予約された妊婦さんへの無料配布と、料金は未定ですが一般販売も予定しており、多言語化も検討中です。

 日本では安全に出産できて当たり前ですが、例えばベトナムでは乳幼児や母親の出産時の死亡率が日本の8倍(※)だというデータもあります。これからはベトナム、ミャンマーなど、まだ安全な出産が難しい地域へ進出し、その国のウェルフェア(福祉)に貢献したいと考えています。

※2011年に世界保健機関(WHO)が公表した女性1人が生む子どもの平均数(合計特殊出生率)は、ベトナムが1.8人で、日本の1.3人の約1.4倍。しかし世界銀行によると、ベトナムでは1歳未満で死亡する赤ちゃんは1千人あたり17人と日本の8倍以上
永友一成(ながとも・かずなり)

医療法人葵鐘会 理事

2009年6月医療法人葵鐘会入職。財務責任者(CFO)。12年9月情報責任者(CIO)。同年11月理事就任。13年4月マーケティング責任者(CMO)。同年12月海外開発責任者(CODO)兼任で現在に至る。