【寄稿】「ヒューリスティックマーケティング」という新潮流の予感

 昨年はスマートフォンが普及して、「O2O(オー・ツーオー)」のようにソーシャルメディアを活用したマーケティング手法が話題になった。2014年はどのようなマーケティング手法が注目されるのか。元電通総研の研究主席で現在、四元マーケティングデザイン研究室代表の四元正弘氏に今年の潮流について寄稿してもらった。

ソーシャルメディアをやるほど短絡的になりやすい?!

 「前頭前野皮質」とは、意思決定と感情抑制に関係する脳の部位だが、米国テンプル大学神経意思決定センターがMRI(磁気共鳴画像)機器を使って行った脳の実験が興味深い。紹介記事によると、前頭前野皮質は情報が増えるにつれて活性化するが、さらに情報を増やすと突然、作動を停止し、判断力の低下や感情の乱れも観察されたということだ。この現象はあくまで実験に過ぎないが、現代人への警鐘として括目すべきと感じるのは私だけではあるまい。

 近年はソーシャルメディアの普及で我々を取り巻く情報が爆発的に増加しており、この警鐘はリアリティーを持つ。つまり、ソーシャルメディアを楽しんでいるうちに情報負荷が脳停止の一線を越えてしまい、「バカ」に堕してしまっている現代人が急増しているのではなかろうか。おっと失礼。バカは露骨すぎるので、せめて短絡的や感情的と言っておこう。

 最近は、ソーシャルメディアで反社会的行為を自慢したり、問題発言を書き込む事例が社会問題化しており、「バカ」(やはり!)と「Twitter」を組み合わせた「バカッター」という新語もできた。この種の事件は、個人のモラルの問題として処理されるのが常だが、実はソーシャルメディアがもたらした必然的悲劇だとすれば、より問題は深刻で悩ましい。マーケティングの分野でも最近はビッグデータが注目されているが、個人的には懐疑的だ。情報量を増やせば良いものではないというのは、生活者もマーケッターも基本的に同じこと。ビッグデータブームが「バカケッター」を増やさないことを祈りたい(笑)。

ヒューリスティックマーケティングという新トレンド

 とは言え、ソーシャルメディアが現代人に色濃く影を落としている現実を認めざるを得ない。「ソーシャルメディアが短絡的・感情的な消費者を増やす」という仮説が正しいならば、この社会潮流に合わせてマーケティングもまた変化すべきだが、このとき参考になるのが行動経済学だ。行動経済学とは、合理的に行動する人間像を前提にする一般的な経済学ではなく、「どのような状況下でどのように行動するか」を究明する、新しく実践的な経済学で、社会心理学と内容的に重なる部分も多い。そこで分かってきたのは、「人間は合理的判断ができない場合、過去の経験に基づいたヒューリスティック(注)に従いやすい生き物だ」ということ。

 マーケティングに関連して、私が注目するのは以下の6つのヒューリスティックである。

ヒューリスティックの概要 マーケティングへの展開例
【返報性の法則】
他者から何かを与えられたら、自分も同様に与えるように努める
無料・廉価でモノを提供したり、特別に優遇・譲歩することで、消費者に恩を感じてもらい、買わなければいけない気にさせる
【コミットメントと一貫性の法則】
自分の言葉、態度、行為を一貫したものにしたい、あるいは他人からそう見られたい
軽度なコミットメントを引き出し、ロイヤルユーザーに育てる。消費者自身を投影できる物語で商品を規定すると最強コミットメントに
【社会的証明と同調性の法則】
社会的証明(自分と似た人が多数やることは正しい)を信じ、周囲に同調する
一般的商品なら「普通の人々」、高級品なら「富裕層」が好んで使っていることを自然体に示す
【好意の法則】
好意を感じる対象に肯定的態度をとる
好意の形成要因として、身体的魅力・類似性・親近感が特に強力。「同じゴールを目指す」という目標の共有も有効
【希少性の法則】
希少性を感じると、より価値あるものとみなす
初・独占・限定・特別・終了・間近が代表的キーワード。何か大切なものを失いつつあるという気付きを与えるのも有効
【権威性の法則】
権威(者)の要求に対して、自ら考えずに機械的・自動的に従いやすい
権威の象徴として、肩書・服装/装飾品・専門性が特に有効。さらに、私心が感じられない権威に対して絶対的信頼を置く

 この法則を駆使して、短絡的・感情的になりやすい現代人の消費意欲を自社製品に向けさせるマーケティングを、私は「ヒューリスティックマーケティング」と呼ぶ。
実はなんてことはない。マーケティングが学問として確立する以前の「商売上手の知恵」に立ち返ろう、と言っているだけだ。ソーシャルメディアやO2Oなどマーケティングの道具立ては次々と新登場してくるが、肝心の消費者インサイトは今も昔も大差なかろう。そのインサイトに切り込むうえで「ヒューリスティックマーケティング」は大いに役立つはずだ。

 ただし、正しく使えば「巧みなマーケティング」だが、悪用すれば「悪徳商法」で、その差は紙一重。その使用については各自の良心と責任の下で行い、決して悪用しないようにお願いします(笑)。

(注)ヒューリスティックとは、人が複雑な問題解決などのために暗黙のうちに用いている簡便な解法や法則のこと。これらは過去の経験に基づいて形成されることが多いため、経験則とほぼ同義。ただし、自分だけの経験だけに留まらず、家族、民族、人類の経験まで包含する。



四元正弘氏 四元正弘氏
四元正弘

四元マーケティングデザイン研究室 代表

1960年神奈川県生まれ。84年東京大学工学部卒。サントリーでのワイン製造新技術の開発の後、電通に転職。メディアビジネス関連の調査研究やコンサルティング業務を経て、消費者心理分析に従事。電通総研局次長兼研究主席を務める傍ら、筑波大学大学院客員准教授も兼任。2013年3月に独立。同年10月から公益財団法人21あおもり産業総合支援センターにて青森県内の企業活性化のサポートにも従事。専門領域は消費心理・動向分析やマーケティング理論研究、コミュニケーション・デザイン、商品開発支援など。著書に『団塊マーケティング』『消費と広告の心理学』など。