書評は真剣勝負 活字が立つまで読み込む

 保阪正康氏は、100冊を超える著作、4,000人に及ぶ聞き取りを通して昭和史に迫ってきた。歴史に対して誠実に、事実に対して謙虚に向き合う姿勢で知られ、近現代の核となる事件や人物に新たな光を当てている。昭和史研究の第一人者は、名うての書評巧者でもある。最近の出版界や朝日新聞の書評委員としての心構えなどを聞いた。

本気で書かれた本は 作者と評者につながりが生まれる

 ――2009年から朝日新聞の書評委員を務め、掲載された書評は100点近いですね。

保阪正康氏 保阪正康氏

 朝日新聞で書評を書くようになって一つのスタイルができました。長いものでも短いものでも、とにかく読みながらメモを取るのです。著者もいろいろでストレートに意見を表明する人もいれば、こっそり「どうだ」と意見を潜ませる人もいます。でもメモを取るうちに、共通する思考のパターンというか枠組みが見えてきて、書き手の真意が分かってきます。

 400字の小さな評ではずばり本質を、800字の書評ではその本質をいくつかの視点から検証します。一番大きな1,100字を超す書評では今の時代とどう切り結んでいるのかといった状況も提示したいと思っています。私の書評には必ず一つは引用を入れるようにしていて、そこだけ読んでもその本の魅力が伝わるエキスのようなものです。

 もともと多読・速読で一日に2、3冊は読んでいました。好きなタイプの本は机で読みますが、読みたくないけれど仕事で読まなければならない本を読むときは、仕事場の畳の上に正座して読みます。手元の明かりはつけますが、部屋はちょっと暗くして、一定のリズムでページをめくっていくんです。そうすると、大切なところの活字が浮き上がってくるというか、そこだけライトを当てたように見えてきます。それがその本のテーマなんです。

 こんな話をすると「保阪さん、神がかっているんじゃない」とからかわれますが、これは確かにあるんです。それを集中力といってもいいし、テーマにかかわる単語は出現頻度が高いので、そこから著者の意思を読み取っているといってもいいのかもしれません。

――書評の面白さとは何ですか。

 自分の本を書くのと、書評を書くのはまったく違いますね。おそらく自分の中で主観と客観を分けて、自分を相対化できる人が書評家に向いているのではないかと思います。
本を書くことは、25歳なら25歳までの、60歳なら60歳までの人生が集約しています。書評で多くの本を読んでいると、この作家は本気で書いているんだなというのが伝わってきます。一生懸命書いた本は、こちらも一生懸命評して面白さを伝えようとします。著者と評者に見えないつながりが生まれて、朝日の紙面で読者に「どうだ、面白いでしょう」と力を合わせて紹介するのです。

 例えば歴史の研究書でも、まず史実を理解・確定しようとする熱意と誠実さを持った作品を紹介していきたいと思っています。09年に書評した『死者たちの戦後誌 沖縄戦跡をめぐる人びとの記憶』(お茶の水書房)を読んだときは衝撃を受けました。著者の北村毅さんは当時まだ30代の早稲田大学准教授でした。沖縄の戦後について「死者と生者」という視点から分析していく手法が見事に沖縄の本質を浮かび上がらせています。

 第2次世界大戦におけるイギリスのドイツへの爆撃のほとんどが1945年の1~3月に集中していて、これは「報復」だったとするイギリス人ジャーナリストの研究や、アウシュビッツの存在をドイツ人の多くはうすうす知っていたとするドイツ人研究者の本など、新しい世代の研究者がタブーとされてきた史実の覆いを取るような意欲的な研究を次々に発表する一方で、日本では新しい才能が育たないのだろうかと思っていたので、うれしい発見でした。

 まだ若いのに戦場の心理を鮮やかに描く作家の古処誠二さんも書評委員会にかかった本で初めて知りました。歴史家の役割に史実の確定とともに、次代への継承があるように、書評家は書かれたものを了としたら、読者が手にとる応援をしたいと思います。

私の「知る権利」 新聞に代行委託

保阪正康氏

――保阪さんと共著も多い半藤一利さんの本を書評したのは、この5年でわずか一度だけですね。

 親しい人、よく知っている人の本ほど書評してはいけないと思っています。知っているからこそ、あえてハードルを高くしなければ、あいつは情実で書いていると思われてしまいます。著者としては「私の本もたまには書評に載せてほしい」という思いはあります。しかし、書評委員の本は載せないどころか、書評委員が推薦文を書いた本さえ対象からはずすという厳しい規則を朝日新聞は設けています。

 私が家で朝日新聞をとっているのは、私の知る権利を朝日新聞が代行していると思っているからです。権力と癒着したり、誤った情報をあえて流すようであれば、明日にでも購読はやめます。書評というのは「こんなに面白い本があるよ」という情報提供で、知る権利を補佐するものだと思います。だから不誠実な情報提供は問題外だし、厳しい規律を設けることに賛成です。

 毎朝、何紙かを読み比べてみると、朝日新聞はとくに書籍の広告が充実していていると思います。他紙に比べると一面のサンヤツに並んでいる本の内容が高尚で、これを見るだけで朝日という新聞の格が分かりますね。

保阪 正康(ほさか・まさやす)

ノンフィクション作家、朝日新聞書評委員

1939年北海道生まれ。同志社大学卒。編集者などを経て72年に『死なう団事件』でデビュー。独力で刊行を続ける『昭和史講座』などで菊池寛賞受賞。著書に『昭和陸軍の研究』『あの戦争は何だったのか』『田中角栄の昭和』など。