中国の長寿の村で見た光景が発端 3世代が笑顔で暮らす時代を日本にも

 「祖父母と孫がつながる新雑誌」として2011年7月に創刊された隔月刊誌『孫の力』。創刊したのは、環境をテーマとする『ソトコト』も創刊した小黒一三氏。「『ソトコト』は、環境意識の高い人たちのつながりを横に広げた雑誌ですが、『孫の力』は、祖父母世代の経験や教養、子供世代や孫世代の好奇心を縦につなげる雑誌です」。そう語る小黒氏に、雑誌が生まれた経緯や編集方針などについて聞いた。

関心が高いのになかった「孫」の本 異なる世代が楽しく共生する暮らしを提案

小黒一三氏 小黒一三氏

──『孫の力』のコンセプトが生まれた経緯は。

 中国南西部、ベトナムと国境を接する広西チワン族自治区にある「巴馬(バーマ)」という村をご存じでしょうか。人口約25 万人のうち、100歳以上の人が80人以上と、人口あたりの長寿者の比率が世界一と言われる農村です。ここで暮らすお年寄りたちは、元気に畑仕事をし、家事をこなし、家には子や孫やひ孫、玄孫(やしゃご)や来孫(らいそん)までがいて、大家族が笑顔で一緒に暮らしています。2010年6月に初めてこの村を訪れたときに、「これからの日本に必要なのは、こういう暮らしなのではないか」と思ったのです。

 そもそもなぜ巴馬を知ったかというと、僕が1992年からケニアで経営しているリゾートホテル「ムパタ・サファリ・クラブ」に何度も泊まってくれる中国の方がいて、ある時その方に、「巴馬に『ムパタ・サファリ・クラブ』のようなリゾートを作りたい。手伝ってくれないか」と言われ、現地に赴いたのです。何より印象的だったのが、お年寄りたちの満ち足りた表情でした。このときに撮影されたのが、創刊準備号の表紙の写真です。

『孫の力』創刊準備号 『孫の力』創刊準備号

 僕は巴馬の地で、2003年に自社で出版した『百歳回想法』という本のことを思い出していました。著者は、臨床心理士・保健学博士で上智大学の教授でもある黒川由紀子さんで、黒川さんは、楽しい過去の記憶を人に話すことで認知症の進行を抑制する「回想法」というメソッドを介護療養型医療施設などで実践されています。その成果を本にするにあたって、僕も黒川さんの活動に同行し、高齢者にとっていかに会話が重要であるかを目の当たりにしました。

 巴馬のお年寄りは、病院の世話になる必要もなく、家族以外の誰かに会話の機会を設けてもらう必要もありません。僕は、「お年寄りが日々家族と会話して幸せに暮らせるこの村は、日本の社会よりもずっと進んでいる!」と感じ、そんな暮らしのあり方を伝える雑誌を作ろうと思い立ちました。

──特に「孫」に焦点を当てた理由は何でしょうか。

 きっかけは、書店でふと目にした新書のタイトルでした。のちに監修に入っていただくことになる、島泰三さんの著書『孫の力』(中央公論新社)です。ニホンザルやアイアイの生態を研究してきた島先生が、孫を“観察”した記録で、店の目立つところに置いてあったので、店員さんに聞いてみると、立ち読みする人がとても多いと言う。そこでピンときて実用書コーナーを見渡してみたら、タイトルに「孫」という文字が入った本が一冊もなかった。関心がある人が多いのに、そういう本が少ないわけです。「孫」が新しい切り口になるのではないかと直感しました。

 しかも、雑誌の世界観に「未来」や「若さ」を加えることができる。単にかわいい孫の写真が載るからではありません。例えば、当誌の中に「孫と楽しむジィジとバァバのスタイルブック」というファッションページがあるのですが、孫と競うようにおしゃれをするおじいさんやおばあさんが、「未来」や「若さ」を体現しています。高齢者市場がいくら巨大といっても、そういったものを感じなければ企業は投資しないでしょう。広告出稿を促す意味でも、「孫」というのは大事なポイントだったのです。

「孫」が加わることで広がる市場 孫世代への支出は増える

──『孫の力』の読者層は。

 当初は、団塊ジュニア世代が団塊世代に買ってあげる雑誌になるのではないかと予想していましたが、祖父母の方々がご自身で買うケースも多いです。幅広い世代に読まれるファミリーマガジンといえますね。今後は電子書籍化し、タブレット端末などで楽しめる雑誌にしたいと考えています。それに先がけて、家族写真の投稿などはウェブ上で楽しんでいただいています。家族写真を投稿してくれるのは、第2世代のお母さんが多く、祖父母と孫をつなぐ役目を果たしてくれています。おじいさんの写真を撮影して『じいちゃんさま』という写真集を出版した梅佳代さんという写真家がいますが、彼女のようなお孫さんの投稿も増えるといいなと思っています。

──広告出稿の現状は。

 ファッション、家電、住宅、金融、百貨店、コンビニなど、当初の想定以上に各方面からの引き合いが多く驚いています。かつて『ソトコト』にトヨタのプリウスの広告出稿があった時も手応えを感じましたが、最先端を行く企業は、次世代のニーズを捉えて早々に商品化し、感度の高い層に確実に届ける手段を知っています。例えば、機械操作が苦手な人でも簡単に操作できるリモコンがついたエアコンを紹介したダイキン工業の広告など、「なるほど、こういう商品は祖父母世代にも孫世代にもやさしい」と思いましたし、ローソンの恵方巻の広告が載ったときは、高齢者のコンビニユーザーが急増していることを再確認しました。振り込め詐欺への警戒を訴える警察庁からの広告出稿もありました。ふだんから子や孫とコミュニケーションしていれば防止できる犯罪で、『孫の力』が提案する世界観への共感があったのだと思います。

──祖父母世代のニーズをどのように捉え、編集内容に反映していますか。

 雑誌づくりを通して実感しているのは、「教育」よりも「教養」を孫にしっかり身につけさせたいと願う方が多いことです。競争社会を生き抜くために学業に励んできた団塊世代は、教育の重要性はもちろん認識しています。その一方で、国際化社会の中で、自国の歴史についてきちんと語れない若者が多いことへの問題意識や、古き良き日本文化に目が向けられなくなることへの懸念を抱いているのではないでしょうか。当誌では、将棋、生け花、折り紙など、昔ながらの「習い事」を孫と一緒に楽しむ企画などを大切にしています。

 また、編集部員には、祖父母とお孫さん、あるいは3世代で楽しめるリアルな場をつくるようにと言っています。プロのカメラマンによる家族写真の撮影イベントや、孫を同行して旅行に行く「孫旅」企画など、参加型のイベントを各種用意することで、世代をつないでいきたいと考えています。
世代間交流や読者間交流を促すため、「孫の力倶楽部」というコミュニケーションの場もつくりました。現在会員は15,000人にのぼります。

『孫の力』第11号 『孫の力』第11号

──思いがけない読者の広がりや、市場の反応はありますか。

 当誌に関心を示してくれるシニア世代は、どちらかというと女性よりも男性なんです。というのも、女性は子育てを経験していますから、孫ができてもそれほど構えないんですね。ところが男性の多くは現役時代、高度成長を支えるために猛烈に働き、子育てにあまり参加してこなかった。ですから、孫の誕生や成長が目新しくて仕方がないわけです。団塊世代は知的好奇心が旺盛で、「この新しい命がどう育つか、どう育てるか」ということに対する興味も非常に強い。

 僕は、雑誌に限らず、「孫マーケット」のカギを握るのは男性だと、なんとなく感じています。家計を女性に握られても、孫への出費に関しては「おじいちゃん」の決定権は健在です。先ごろ、孫への教育資金の1,500万円まで贈与税を非課税とする税制改正がありましたが、教育以外の分野でも、孫への出費は今後ますます拡大していくのではないでしょうか。

小黒一三(おぐろ・かずみ)

木楽舎 代表取締役 / ソトコト統括編集長

1950年東京生まれ。75年慶應義塾大学法学部卒業後、平凡出版社(現マガジンハウス)入社。雑誌「ブルータス」「クロワッサン」「ガリバー」などの編集を担当。90年退職後、編集プロダクションであるトド・プレスを設立。98年木楽舎を設立。99年環境ライフスタイルマガジン「月刊ソトコト」を発刊。現在、統括編集長。スローフード、スローライフ、ロハスなどのライフスタイルをいち早く日本に紹介した。2006年からロハスなヒト・モノ・コトを広く紹介するイベント「ロハスデザイン大賞」を毎年5月に開催。 92年、東アフリカ・ケニアのマサイマラ国立保護区にリゾートホテル「ムパタ・サファリ・クラブ」を開設。「スマイル アフリカ プロジェクト」を高橋尚子さんとともに行うほか、フランス・パリ発祥で世界に広まった「隣人祭り」の日本支部を開設。一つの枠では収まらない、様々なメディアを使った新しい価値観の提案を続けている。

 『孫の力』|ソトコト