「いいね!」の数よりも 自社への情熱を胸に「コミュニティー」の一員になることが先決

 スマートフォン(スマホ)の普及に伴い、ユーザー層や利用機会がますます広がっているソーシャルメディア。ユーザー間の親密なつながりに注目して、ビジネスに活用しようという企業も急増している。普及する前からフェイスブックに注目し、ソーシャルメディアを導入する企業へのコンサルティングを行っているソーシャルメディア研究所代表取締役の熊坂仁美氏に、ビジネスに生かす際の留意点などについて聞いた。

「いいね!」を増やしても真のファン拡大にはつながらない

熊坂仁美氏 熊坂仁美氏

──どのような経緯でソーシャルメディアを研究するようになったのですか。

 私は以前、「お客様の声」に特化したB to Bのコンテンツを制作していました。例えば、ある会社が新しいITシステムを導入する際、その会社のITセクションに出向いて課題や要望をインタビューしてまとめ、システムを提供するIT企業に届ける。そういう仕事です。私はこの仕事を通じ、マーケティング活動において「お客様の声」がいかに大切かを知りました。そして2009年ごろ、急速にユーザーを増やしていたツイッターが、今後「お客様の声」を届ける役割を担っていくだろうと予感したのです。お客様の好みや不満がツイッターで発信されることがあるからです。

 早速ビジネスの現場での活用を調べていくと、日本ではいい事例が見つからず、米国に事例を求めました。米国では、ツイッターはソーシャルメディアの一つでしかなく、フェイスブック、マイスペースなど様々なメディアが存在し、ユーチューブの動画を張り付けるなどして自在に使いこなしている企業が無数にありました。中でも注目したのは、フェイスブックのファンページです。コカ・コーラやスターバックスなど名だたるグローバル企業がアカウントを有しファンと交流していました。

 一方、日本でのフェイスブックの利用状況は、外資系企業数社がアカウントを持つ程度で、あとは個人利用がほとんど。そこで私は、企業向けにセミナーを開き、研究内容を提供することにしました。2010年5月のことです。このときの盛況を受けて同年11月『Facebookをビジネスに使う本』を刊行しました。

──初めにフェイスブックに注目したポイントとは。

 実名登録制です。それまで日本で親しまれてきたのは、圧倒的に匿名登録のメディアでした。でも匿名による「お客様の声」は企業の参考になりません。実名の声は信用度が高く、ソーシャルメディアは企業の反応もリアルタイムで公の目にさらされます。革命的な仕組みだと思いました。
翌年になると、日本でも企業がこぞってソーシャルメディアのアカウントを開設し、12年にはソーシャル活用は常識となりました。ただ、真の意味でソーシャルメディアを有効活用している企業は今もって少ないと感じています。

──有効活用されていないと思われる主な理由は何でしょうか。

 当社には多くの企業からソーシャルメディアの活用法について相談が寄せられます。フェイスブックに関する相談で多いのは、「自社のページは『いいね!』の数を相当獲得している。頻繁にアップしている情報もある程度は『いいね!』の数を稼いでいる。しかしビジネスに反映されている実感が持てない」という内容です。

 まず意識しなければならないのは、「いいね!」の数はそのまま企業のファンの数ではないということです。ユーザーにとって「いいね!」のクリックは、深い共感や思い入れというより “脊髄(せきずい)反射”のようなもの。その数を稼ぐことに大した意味はありません。「ファンを囲い込む」という発想もナンセンスだと思います。
他方、企業にソリューションを提供するシステム会社やコンサルティング会社は、「傾聴ツール」によってソーシャルメディア上の顧客心理が分析・把握できると企業に説き、導入を勧めています。私は、「それ以前にコミュニティーを築かなければならない」と企業の担当者にお話ししています。コミュニティーが構築されていてはじめて傾聴ツールが役に立つのですから。

 世界的にも人気の、ある日本のキャラクター商品のフェイスブックのページは、新しい画像がアップされるたびに大量の「いいね!」やコメントが入ります。ただ、コメントの中身は絵文字や「Cute!(かわいい)」といったあまり意味がないもので、傾聴してマーケティング的なヒントが得られるとはあまり思えません。

 アカウントを開設すれば勝手にファンが集まり、情報を配信すれば双方向のコミュニケーションが生まれ、傾聴システムを導入すれば販促のヒントが得られる、というような考え方では、ソーシャルメディアの有効活用にはつながりません。

 ではどうすればいいのか。ポイントは、オンライン上で顧客との永続的なコミュニティーを形成・管理していくことです。それには専門の知識やスキルを持った管理者が必要となります。米国の先鋭的な企業はその点にいち早く気がつき、「コミュニティーマネジャー」を積極的に採用しています。

──「コミュニティーマネジャー」とは耳新しいことばですね。日本でこの肩書が活躍している事例はありますか。

 さぬきうどん専門店の丸亀製麺を運営しているトリドールは、ソーシャルメディア上のコミュニティーづくりに成功しています。同社のツイッター情報もフェイスブック情報も、管理しているのはたった一人のコミュニティーマネジャーです。

 同社のツイッターやフェイスブックには、「かき揚げうどんおいしかった!」などとコメントを添え、店を訪れた客がスマホで撮った写真が常に投稿されています。コミュニティーマネジャーは、この中からいい写真をピックアップし、昼食前の時間帯をねらってフェイスブックのウォールに掲載しているのです。その際には、「ありがとうございます♪ 大きなかき揚げは、冷たいうどんにもあいますよ^^」などと必ずリプライコメントを添えています。これを見たファンたちは、「この食べ合わせもおススメですよ」などとさらにコメントを寄せる。双方向コミュニケーションが成立しているのです。最近では、それらの写真をまとめた「丸亀製麺スタグラム」(写真を撮影して共有できるスマホ用アプリ「インスタグラム」をもじった命名)というサイトもオープンさせ、ますますユーザー参加のコミュニティ化を進めています。

 投稿者は写真が載ったらうれしいし、取り上げてもらえるような写真を撮ろうと奮起します。こういったエバンジェリスト(伝道者)の育成も、コミュニティーマネジャーに課せられた仕事の一つです。

ユーザーと情報を共有し、仲間感覚でコミュニティー化を促す

熊坂仁美氏

──企業の取り組みの現状をどう見ていますか。

 現在、日本の企業の中でソーシャルメディアの管理を行っているのは、広報、マーケティング、PRなどの部署が多いと思います。しかし、コミュニティーマネジャーには部署を越えた発想が求められ、実務的にも従来要求されてこなかったスキルが必要です。調整力、コミュニケーション力、持続力、マメさ、時にはユーモア……。メールマガジンのように一方的に情報を「発信する」という従来の考え方から、ユーザーと情報を「共有する」という意識にシフトすることが求められているのです。

 もちろん、企業や商品に対する愛情や情熱を持っていることが大前提です。愛情があればこそ熱心にファンと交流したいと思えるわけで、要するに自分自身もコミュニティーの一員であることを楽しめる人でなければならない。不思議なことに、そういう気持ちはソーシャルメディア上でファンにしっかり伝わります。

 また、企業を背負って発言する覚悟と責任感も必要です。担当者の一存で発言できず、いちいち上層部に許可を取らなければならないような企業体質ではソーシャルコミュニケーションは成功しにくいと思います。ちなみに世界最大級のビジネス専用のソーシャルメディア「リンクトイン」は、コミュニティーマネジメントのスキルの注目率が前年比43%も増加していると発表しています。

──熊坂さんがソーシャルメディアについて研究し始めた頃はスマホが普及していなかったと思います。普及の影響についてどのように考えますか。

 パソコンでつながるオンライン情報は検索情報が中心ですが、スマホやタブレット端末の場合はニュースやソーシャルの世界の情報が中心です。日本よりも先にスマホが普及した米国で実施されたアンケートによると、スマホユーザーの多くがキッチン、リビング、寝室、車中、旅行中、通勤中、ショップ、レストラン……と、屋内外を問わず、いつでもどこでもスマホの情報に接触していることがわかります。つまり、ソーシャルメディアに接触する人も時間も増えている。日本では「ガラケー」と言われる従来型携帯電話からスマホへの移行が進んでいますが、「ガラケー」が主にメールや電話など1対1のコミュニケーションである一方、スマホは主に1対多(ソーシャル)です。こうした変化に対応する上でも「コミュニティー化」がキーになってくると思っています。

──スマホの普及とともに注目されているサービスについて。

 注目しているのはEC(Eコマース)の分野です。いま通販で高額商品が売れています。通販サイトでのショッピングが定着し、通販サイトへの信頼度も上がり、かつては実店舗で実物を確認してからしか買わなかったものも、自宅のソファでモバイルを使って購入するユーザーが増えてきたのです。ユーザーにとっては、気に入った店であれば、どこで買ってもかまわない。それにはオンライン、オフライン、PCとモバイル、どこででも同じ商品、同じ買い物体験ができる環境を作ることが重要です。

 実際に楽天市場では、最初は実店舗を持つ企業が通販ショップを運営するところから始まりましたが、その後、初めから楽天ショップだけで運営する企業が増え、今は、楽天で成功した企業が実店舗を作るという傾向にあると聞いています。

 モバイルの普及によって、オンラインとオフラインのシームレス化、あるいは一体化が今後ますます加速していくでしょう。

──今後、ソーシャルメディアはどう進化していくと思いますか。

 「コミュニティー化」がキーになる世界では、いかにキュレーション(選別)された、価値の高いコンテンツをユーザー同士で共有できるかが重要になります。そういう意味では、ユーチューブとの相性もよく、新たに「コミュニティ機能が加わった、「Google+(グーグルプラス)」が伸びてくると予想しています。フェイスブックのようにサイドバーやニュースフィードに広告が入らず、ユーザーの投稿だけに集中できるのも魅力です。

 ソーシャルメディアの普及はまだまだ始まったばかりです。国土の狭い日本は、たとえば米国などと比べてオフラインの活動がしやすく、結束の固いコミュニティーが作りやすいという大きなメリットがあります。企業はそういったメリットにもっと目を向け、さらにソーシャルメディアの活用を進めていってほしいと思います。

熊坂仁美(くまさか・ひとみ)

株式会社ソーシャルメディア研究所 代表取締役

ソーシャルメディアコンサルタント、講演家。慶應義塾大学文学部卒業後に結婚。専業主婦19年の後、42歳で不動産会社のアルバイトとして社会人デビュー。その後営業職、インタビューライターを経てコンサルタントに転身。異色のキャリアはNHK『グラン・ジュテ』、テレビ東京『ワールドビジネスサテライト』で紹介された。著書に日本初のFacebookビジネス書『Facebookをビジネスに使う本』、『Facebookを集客に使う本』(ダイヤモンド社)、共著に『Pinterestビジネス講座』(翔泳社)がある。