広告研究の領域が拡大 若手研究者の育成と国際化を進めたい

 広告に関する理論的・実証的研究の発展を目指す日本広告学会。昨秋に駒澤大学で開かれた第43回全国大会の成果をはじめ、研究報告から見えてきた課題、広告研究の現状などについて、会長で東京経済大学経営学部教授の岸志津江氏に聞いた。

広告主の視点が加わった画期的な大会に

岸 志津恵氏 岸 志津恵氏

──第43回全国大会は、どのような内容となりましたか。

 統一論題は「広告とメディアの新たな関係を探る─広告マネジメントの視点から」でした。開会にあたり学会長として、

  1. 広告の本質、すなわちコミュニケーションを用いた課題解決を再認識すること
  2. 広告効果の理論的枠組みの再構築
  3. 広告マネジメントのあり方、新しい方法論の開発

という3点を学会が取り組むべきこととして挙げさせていただきました。

 基調講演は、日本民間放送連盟研究所の木村幹夫氏、電通レイザーフィッシュ社長の得丸英俊氏、駒澤大学グローバル・メディア・スタディーズ学部教授の各務洋子氏の3氏が行い、続くパネルディスカッションは、司会の猿山義広運営委員長と講演者3氏、さらに広告主の立場である日本アドバタイザーズ協会専務理事の藤川達夫氏を加え、それぞれの観点から広告とメディアの関係などについて語っていただきました。これまでは、メディアの変容やその対応策などについて、広告業界の立場から意見が述べられることが多かったので、広告主の立場である藤川氏が参加された点が大変新鮮でした。

 現在、日本アドバタイザーズ協会が広告主の広告担当者を対象に実施している「重点広告課題の方向」というアンケートの監修を担当しています。その回答の中でとても多いのが、「広告会社は、広告取引のコストの内訳を明示してほしい」という意見です。そうした広告主の声を代表する方が参加されたことに意義を感じています。

──学会での研究発表で印象に残った発表は。

 当学会が研究費を出している研究プロジェクトの成果報告が2件(「トップ・クリエイターにとっての望ましいクリエイティブ・マネジメントに関する国際比較研究」「小売企業のブランド構築とコミュニケーション─ネットスーパーへの拡張を求めて─」)、自由論題報告が18件ありました。自由論題報告は、「全国新聞総合調査(J−READ)にみる、震災後の意識変化と新聞・新聞広告の価値の再評価」「屋外広告における業界統一指標の策定について」といった媒体関連をはじめ、広告表現と効果、広告取引、クチコミ、インターネット広告、モバイルなど、多岐にわたっていました。

 個人的に印象的だったのは、各務洋子先生の「メディアは変わるものだが、コンテンツは変わらないものである。変わらぬものを流すためにメディアがある」という言葉でした。変わるものばかりを追いかけるのではなく、広告の本質を忘れてはならないとの思いを新たにしました。各務先生はコンテンツ政策を専門とし、政府の委員もされています。日本のコンテンツ産業の海外展開は意外に伸びていないそうで、ソフトパワーの強化に向けた提言なども興味深く聞きました。

日本広告学会全国大会の様子 日本広告学会全国大会の様子

──大会を通じてどのような課題を見つけましたか。

 先の話と関連しますが、広告を含めてコンテンツ産業の海外展開は今後ますます重要になってくると思います。私は80年代に米国に留学した経験があり、当時日本の自動車や電化製品のシェアが世界的に伸びていました。ただ、米国メディアなどから、「製品だけが市場に浸透して企業の顔が見えない」とたびたび指摘されていました。日本企業は、「モノで勝負」という技術と品質に対するプライド、圧倒的な国の経済力から、そうした批判を見過ごしてきたように思います。しかし、中国や韓国の製品が世界を席巻している今、日本企業の理念や価値観、ひいては日本という国そのもののブランド価値を明確化することの意義は増しています。広告はそれに貢献できると思っています。

細分化、多様化が進む広告研究

──広告研究の現状をどのように見ていますか。

 歴史の古い心理学をベースとした広告効果研究から、クリエーティブ、媒体、予算といった特定分野の管理、マーケティング・サイエンス技法を応用したそれらの精緻(せいち)化、広告の歴史や文化的側面に関する研究など、学際的な分野であるため、多様な研究テーマと研究方法が併存しています。近年は、インターネット広告やソーシャルメディア上のコミュニケーションを対象とした研究も増えています。広告効果の理論的基盤としては、80年代から認知心理学に依拠した情報処理パラダイムが浸透し、60年代の研究よりも精緻化されています。今後の課題はいろいろありますが、効果研究では消費者の1つの広告への反応を説明するだけでなく、クロスメディア環境での広告効果を説明できる理論的枠組みを発展させることだと思います。

──マスメディア、とくに新聞の今後についてはどのように考えますか。

 新聞は社会背景も含めてニュースを知ることができます。インターネットで興味のある情報だけを見て、仲のいい友達とだけSNSでつながって……というだけでは、偏った知識しか得られません。私は新聞広告もニュースとして見ています。企業の意思表明、新しい活動の紹介、新商品の提案などを通じて世の中の動きを知るために。特に正月広告などには企業姿勢がよく現れていると思います。

──自身の研究テーマは。

 これまで、媒体接触(フリクエンシー分布推定)、広告コミュニケーション効果の理論、購買意思決定プロセスにおける広告効果などを研究してきました。新しい現象を追うだけでなく、過去に蓄積された広告効果研究の整理と再評価の必要性を感じています。また、消費者行動における感情の役割についての研究もしています。かつては広告への感情的反応についての研究を行っていましたが、現在は、より長期的に持続する行動プランニングにおける感情の役割に関心を持っています。

──学会の展望は。

 若手研究者を増やし、将来の広告研究の担い手の育成を目指していきたいと考えています。国際化の推進も大きな課題です。若手研究者の育成と学会の研究水準向上のために、国内および国外の学会との交流を促進する助成金制度も現在整備中です。

 新しい広告業界の動きにも迅速に対応していきます。例えば、デジタル分野などで活躍する気鋭のクリエーターやプランナーを招いて講演会やポスター・セッションなどを行う「クリエーティブ・フォーラム」というミニコンファレンスを2008年から開き、好評を得ています。当学会ならではの企画といえますし、会員の刺激になっています。こうした取り組みを交えながら、学会の独自性の維持と研究領域の拡大に努めていきたいと思います。

岸 志津江(きし・しずえ)

日本広告学会 会長/東京経済大学 経営学部 教授

国際基督教大学教養学部卒。米国イリノイ大学大学院コミュニケーションズ・リサーチ研究科博士課程修了(Ph.D. in Communications)。名古屋市立大学経済学部教授などを経て、1998年より東京経済大学経営学部教授。日本広告学会会長(2010~12年度)、日本消費者行動研究学会会長(96年度)。『現代広告論(新版)』(共編著、有斐閣、08年)、『戦略的マーケティング・コミュニケーション―IMCの理論と実際』(J.R.ロシター&S.ベルマン著、監訳、東急エージェンシー、09年)などの著書・翻訳書の他に、Journal of Advertising Research, Journal of Marketing Research,『広告科学』、『消費者行動研究』、『日経広告研究所報』、『マーケティング・ジャーナル』などに論文や書評を掲載。

■日本広告学会ウェブサイト http://jaaweb.jp/