グローバルマーケティングのポイントは「スピード」「現地適合化」「チャネル」

 世界規模で事業を展開する日本企業は、成長する巨大市場である中国でいかなる戦略を打ち出しているのか。日本企業の海外戦略に詳しい明治大学経営学部教授の大石芳裕氏に、注目される事例や、中国でのビジネス展開の課題について聞いた。

商品やサービスに適した都市から攻略する

──日本企業のグローバルマーケティングにおいて欠かせないポイントとは。

大石芳裕氏 大石芳裕氏

 「スピード」「現地のニーズに合った製品開発」「チャネル」という主に3つのポイントがあります。「スピード」と「現地のニーズに合った製品開発」は密接にからんでいて、例えば、現地法人が地域のニーズを確かめて「こういう製品じゃないと売れない、新しい製品開発に着手すべきだ」と判断したとき、本社がどれだけスピード感をもって対応できるか。欧米企業は、この意思決定がとても迅速です。「グローバルコンシューマリサーチセンター」を設立し、現地主導の商品づくりを強化しているパナソニックなど、日本にも意識の高い企業はありますが、本社の決裁待ちに時間を浪費している企業がいまだに多いのが現状です。

 「現地のニーズに合った製品開発」には悩ましい問題もあります。中国の場合、体裁を重んじる国民性から、製品に豪華さが求められます。トヨタの「カムリ」を例にとると、車体のカラーに対するニーズの9割が高級車を象徴するブラックで、好まれる内装は革張りです。世界標準化とコスト削減を進めたい企業にとって、本来の商品追求をどれだけできるかということも大事なテーマとなっています。

 「チャネル」づくりにおいては、広大な中国では、ローカル企業との連携とマーケティングがものをいいます。花王は、中国上陸当初、国内で大きな強みとしてきた販売会社(販社)制度を導入しましたが、思うようにチャネルが拡大せず、2年前に方針転換してローカル企業と組むようになってから成長軌道に乗りました。

 これまでの日本の企業は、「いい製品さえ作れば売れる」という考えが主流で、マーケティングの重要性に長く気づきませんでした。しかし、いい製品に加えてマーケティング戦略がなければ、グローバルビジネスは成功しません。マーケティングの巧さでいえば、ファーストリテイリングが展開する「ユニクロ」です。広告で街頭をジャックするなどプロモーションに注力し、チャネルを拡大しています。また、資生堂は、ビューティーコンサルタントを大量投入するなどして、中国専用ブランド「オプレ」を中国全土に広げています。

──中国都市部の消費者をとらえるために必要な戦略とは。

 都市部といっても、地域によってし好や消費傾向は全く異なります。以前、博報堂との共同研究で、北京、上海、香港、台北の広告を140点ほど中国人院生に見てもらい、感想を集めたところ、多くのことがわかりました。香港の人のセンスは大阪人に近く、派手でひょうきんな広告を好みましたが、同じものを北京の人に見せても受けませんでした。別の調査では、上海の人はハイセンスなイメージがありますが、意外に節約家が多いことがわかっていますし、成都の人は宵越しのお金を持たない江戸っ子気質のような人が多く、新製品への反応もいいということもわかっています。所得調査に加えて、商品やサービスの特性に合致した都市を的確に見極めることが重要なのです。

 セブン&アイ・ホールディングスは、北京から「セブンイレブン」の進出を始めました。もともと中国でコンビニ文化が発展しているのは上海ですが、すでにローカルのコンビニが大量出店していて、激しい競争下に置かれると読んだからです。また、上海には別の形態で参入しているということもありました。北京の「セブンイレブン」は、店内調理によるできたて弁当によって集客効果を上げています。ただ、スピード感をもって店舗数を増やしていくうえでは、1日3回フレッシュなチルド弁当を棚に上げて売る日本流は効率的です。最近では「セブンイレブン」も店内調理をしない店舗も展開しています。現地流と日本流の兼ね合いをいかにはかるか、試行錯誤は今も続いています。

──中国ビジネスの先進的な取り組みについて、聞かせてください。

 企業のグローバル展開には、いくつかの段階があります。第1段階は、本国でやってきたビジネススタイルをそのまま持ちこむ。第2段階は、本国のビジネススタイルに現地のスタイルを若干取り入れる。第3段階は、大幅な現地適合化する。第4段階は、世界標準化と現地適合化のいいとこ取りをする(複合化=ディプリケーション)。第5段階は、現地適合化をイノベーションまで高め、それを世界に向けて横展開する(リバースイノベーション)。

 第4、第5段階は、欧米の先進企業が得意としていて、特にリバースイノベーションは、BOP(Base of Pyramid=世界の所得別人口構成における最低所得層)やPPP(Popularly Positioned Products=低所得者でも手の届く価格帯の栄養価の高い製品)関連ビジネス、CSR活動、フェアトレードといった観点から戦略的に挑んでいる企業が増えています。ネスレは、PPPの売上高がグループ総売上高の10%を占めるまでになっています。GEが中国の辺地医療のために開発した低価格のコンパクト超音波診断装置やインドの農村向けに開発した低価格の携帯型心電計は、今や欧米の救急車に搭載されています。エルメスは2010年に開発した中国専用ブランド「上下(シャン・シャ)」をパリでも通用すると判断して逆輸入することにしましたが、日本企業はこうした取り組みに立ち遅れている感がありますね。

「性能」よりも「機能」と「買いやすさ」を訴求すべき

──グローバルマーケティングのポイントをうまくおさえ、成功している事業例は。

 中国の消費者には、手に取れない商品は信用しない、クチコミに影響されやすい、というような傾向が見られます。DHCは、無料サンプルを大量に配り、使用感についてのクチコミがSNSなどで広がる中、ネット販売と店舗数の拡大を行い、一連の流れはとてもスピーディーです。中国の法令では、店舗を構えないとネット販売の経営認証が降りないことになっています。実際には抜け道がたくさんあるのですが、そもそもリアルな店舗がないとネット販売商品に手を出さない消費者も多く、また、路面店の看板は、マス広告以上に絶大な影響力を持っています。そうした特徴をうまくおさえたビジネスの一例です。

 「現地のニーズに合った製品開発」のわかりやすい成功例は、江崎グリコの「プリッツ」です。「四川料理味」「北京ダック味」「広東フカヒレスープ味」など、現地で好まれる味を開発し、人気商品として定着させました。

 「チャネル」づくりにおいて堅実な動きを見せているのは日産自動車で、日本では強みとなる4S店(新車販売、アフターサービス、部品供給、顧客情報の4つの機能を持つ販売店)にこだわらず、都市部は新車販売のみ、郊外では修理や部品供給も担うなど、ローカルに根ざしたサービスを個別に機能させることによって、成長著しい内陸部にチャネルを広げています。

──コピー商品の横行や違法行為への対応も必要ですね。

 業種を問わず、商品の中身が詰め替えられて売られたり、正規ルートに乗せたのにもかかわらず横流しが発生したり、というケースが後を絶ちません。これについては、北京政府に摘発を働きかけながら、避けられない問題だと覚悟する必要もあるでしょう。

 売掛金の支払いを先延ばしにされたり、払ってもらえなかったりするケースもあります。そのため、販売代理店に対して現金決済しか認めないコマツのような会社もあります。ただし、代理店から建設業者へは割賦販売が主流です。そこで活躍しているのが、同社が開発した「KOMTRAX(コムトラックス)」です。建機の稼働状況を遠隔監視するもので、もともとは盗難防止のシステムでしたが、返済が滞っている業者には、建機のエンジンを止めることで支払いを促せます。中国のどこで活発に開発が行われているのか、どこで開発のスピードが落ちているのか、といった景気動向を探るうえでも有用な技術として注目されています。

──中国の消費者の日本ブランドに対するイメージは、どのようなものだとお考えですか。

 悪いわけではありませんが、イメージよりは品質の良さで評価されている印象があります。ただ、日本製品は値段が高いので、「その値段を出すのであれば、あこがれの欧米ブランドを買う」「その値段は出せないので、よく似たデザインの安いローカル製品を買う」ということになりがちで、非常に中途半端な位置にいる気がしますね。

 味の素は、3つのA(Affordable=誰でも気軽に買える Available=どこでも買える Applicable=使っておいしい)を重視し、現地の消費者の懐具合に合わせ、商品を小分けにして買いやすい値段で販売することで「味の素」のファンを獲得しましたが、そうした柔軟性も大事だと思います。

──中国でのビジネス展開において日本企業が留意すべきことは。

 日本の製品は品質重視で、もちろん必要なことですが、中国の消費者が求めているのは「性能」よりも「機能」と「買いやすさ」です。携帯電話やテレビでいえば、画素数の高さを誇っても、あまり価値を置かれません。しかも「性能」は、価格に反映しにくいものです。アップル社の「iPad」や「iPhone」は、機能面の破壊的なイノベーションによって新しい価値を提供しましたが、こうした商品は高価格帯でもよく売れています。要するに、「最低限の性能があればいいので安く買いたい」と同時に「他社製品にない機能があれば高くても買う」という市場の雰囲気あり、商品開発においてもブランドマーケティグにおいても、「絶対品質」以上に、商品の優位性を実感できる「知覚品質」の追求に力を入れていくべきではないかと思います。  

大石芳裕(おおいし・よしひろ)

明治大学経営学部教授

九州大学大学院経済学部卒。九州大学大学院経済学研究科博士後期課程中退。主な業績は『国際マーケティング体系』、『経営学への扉』、『グローバル・ブランド管理』、『日本企業のグローバル・マーケティング』、『日本企業の国際化』など。グローバル・マーケティング研究会・代表世話人。