海外新聞社のデジタル化にみる情報の個人最適化

 日本よりも早く新聞のデジタル化に注力してきた海外、主に米国では、どんなサービスが成功しているのだろうか。インターネットの技術進歩とともに変化してきた情報収集の方法に対応し、ユーザーの支持を得ている先端のサービスや、そのビジネスとしての可能性は――。 日本のメディアが参考にできる示唆を得るため、海外のメディア最新事情を幅広くウオッチし、ブログ「メディア・パブ」で発信する田中善一郎氏に話を聞いた。

インターネットユーザーの情報収集が変化し個人それぞれに情報をカスタマイズするサービスの可能性

――インターネットの普及で、情報の提供側である新聞などのメディア、受け手であるユーザー、それぞれどう変化してきたのでしょうか。

田中善一郎氏 田中善一郎氏

 1990年代の「インターネット第一世代」では、新聞社や雑誌社はメディアのブランド力を利用して、ユーザーに自社サイトのトップページに来てもらい、そこから関心のあるニュースを選んで読んでもらう、という情報発信が一般的でした。新聞や雑誌を買ってもらい、その中で興味のある記事を読んでもらうという、紙媒体の延長線上にあるスタイルだったと言えます。複数のニュースサイトからニュースを集めて、それをトップページに置く「ヤフートピックス」もありますが、ユーザー側からすればいずれもデスティネーションサイトに自分から見に行って、そこで提供されるニュースを読んでいた。つまり、圧倒的に提供側が主導権を握っていたのです。

 しかし一方で、ニュースサイトでは情報を無料で提供せざるを得なくなりました。特に新聞の場合、記事の多くは天気やスポーツ、エンターテインメント情報など、いわゆるコモディティー化した情報で、読者の多くもそうした情報を入手するために新聞を購読していました。コモディティー化した情報がインターネットでタダで見られるようになったら、お金を払って情報を買う必要はなくなる。だから、ニュースサイトの情報が無料で開放されたのは、必然の流れだったといえます。

 そうこうするうちにインターネットは技術革新が進み、2004年ごろから「ウェブ2.0」の時代に突入します。象徴的なのがブログの普及です。それまではメディアに属している人しかできなかった情報発信を、誰もができるようになった。さらに、グーグルなどの検索エンジンの台頭やRSSの登場により、ユーザーは自分が欲しい情報だけを探し、収集することも可能になりました。結果、ある種パッケージとして情報を提供していたデスティネーションサイトの記事は、その1本1本が「単品」として検索対象となってしまった。完全に主導権がユーザーに移行したわけです。

――その後はニュース収集の仕方にどんな変化があったのでしょうか。

 こうした能動的なニュース収集は個人でもできますが、一つひとつチェックしたり検索したりするのは時間も手間もかかります。そこで注目されたのが、ニュースアグリゲーターです。インターネット上のニュースサイトやブログから、特定分野のニュースをかき集め、再編成して見せるサービスです。その分野に関心のあるユーザーからすれば、いちいち自分でニュースを探す手間がかからないという点で支持され、米国のいくつかのニュースアグリゲーターは拡大成長を続けています。

 しかし、情報が無限に増える中、アグリゲーターのように機械的に情報を振り分けられてしまうと、必ずしも自分が読みたい記事にたどりつけなくなりました。そうしたタイミングで急速に普及したのが、ツイッターやフェイスブックといったソーシャルメディアです。自分自身が「目利き」と信用する人が発信する情報であれば読みたい、読んでおかなければ、と思うでしょうし、当然、自分にフィットした情報が手に入るようになるでしょう。人の手を介したことで、集めた情報の精度や満足度がより増すわけです。

――ツイッターの流行と同時期にスマートフォンも売れました。

 ソーシャルメディアの普及をさらに後押ししたのが、スマートフォンやタブレットといった新しいデバイスの登場でした。こうしたデバイスは、メディアの側にも期待感をもたらしました。紙の媒体のときにパッケージとして有料で売ることができた情報が、ウェブ2.0の時代にバラバラにされ、無料で読まれるようになってしまった。しかし、読者の中にはきっちりとした情報をパッケージの形で送ってもらい、それを読みさえすれば安心、という形態を好む、いわゆる「カウチポテト派」も少なくないのです。スマートフォンやタブレットならば「アプリ」というパッケージでのダウンロードが可能になるので、かつてのようにトップページから選んで読んでもらうことができる。パッケージになっていれば、有料に対する抵抗感も少なくなるはずです。

 ソーシャルメディアと新たなデバイスの広まりは、ユーザーの「自分向け情報の収集」を可能にしました。その象徴的なサービスが、iPad向けアプリ「フリップボード」です。たとえばツイッターの情報を集めてみると、140字のツイートが並ぶだけでメリハリがなく、さらにほとんどがリンクを張ってあるだけです。また、信頼している人のツイートでも、中にはあまり関心が持てない内容や個人的な話題もあり、それは見なくてもいい。フリップボードは、自分が情報を得るために参照している先の情報を自動的に収集し、ノイズを取り除き、自分にとって有益な情報だけを選び出し、それをリンク先の文章や写真まで取り入れて、雑誌風にきれいにレイアウトしてくれるのです。ソーシャルの要素を考慮したフィルタリングをして、情報を個人にカスタイマイズしてくれるニュースアグリゲーターと言えると思います。非常に革新的なアプリとして称賛され、今では類似のサービスが続々と登場してきています。

 今後はますます、ツイッターやフェイスブックのようなソーシャル的な「目利き」を通して選ばれたニュースや情報のほうが読まれやすく、高い評価を得ていくのでは。さらに、より個々人に最適化された形での情報収集の仕組みへのニーズはますます高まっていくとみています。

ネット企業の買収を通じ進化を続けるデジタルサービスに 意欲的に取り組む「ニューヨーク・タイムズ」

――広告ビジネスについてはどうですか。

 日本でも海外でもニュースへの需要は高まっている一方、広告収入はいずれも苦戦しているのが現実です。ウェブ2.0以来、検索やSNSなど広告スペースは増えたものの、その分、紙の時代に比べたら広告単価はどんどん下がっていく流れにあります。検索連動型の広告など伸びている分野もありますが、マスメディアの既存の収入からすれば微々たるもの。ページビューが増えたとしても、広告収入そのものが頭打ちになってしまっている状況と言えるでしょう。

――海外のメディアの取り組みで注目すべき事例は。

 ニューヨーク・タイムズは、早くからオンライン版を立ち上げるなど、一般紙としては先進的な試みにいち早くチャレンジしています。オンライン版は非常に充実していて、本紙に掲載された記事だけでなく、記者や外部筆者によるブログが100本近くあり、多くの読者をひきつけています。それがすべて無料で閲覧できたため、ウェブ2.0時代には、それらの記事1本1本が検索の対象となりました。ところが、米国の新聞は記事の見出しにキーワードが入っていることが少なく、ちょっと文学的な表現が使われがちで、これでは検索では引っかからない。そこでニューヨーク・タイムズは、トラフィックの8割近くが検索エンジン経由の情報サイト「アバウトドットコム」を買収し、同社の編集者が検索に引っ掛かりやすい見出しの付け方、キャプションや記事の書き方を、ニューヨーク・タイムズの記者に徹底的に教え込んだのです。

 さらに、150年分を超えるニューヨーク・タイムズの過去の記事すべてをパーマリンク化、アーカイブ化して検索できるようにし、ブログやツイッターのユーザーから高く支持されました。また、ブログのサーチエンジンである「ブログランナー」というベンチャーのニュースアグリゲーターを買収し、信頼できるブログのみをピックアップできるようにしました。こうした取り組みによって、ネットユーザーから「ネットの文化を理解している」「自分たちのことをわかってくれている」と評価され、結果、インターネット上の新聞サイトの月間ビジター数はトップを誇っています。

「ニューズミー」 「ニューズミー」

 そして今年4月から、いよいよオンライン記事の一部が有料化されました。先ほども触れた「フリップボード」のような、ユーザー一人ひとりに合わせてニュースを選び、編集して配信する「ニューズミー」という有料サービスの提供も始めています。

 ニューヨーク・タイムズも紙媒体の広告収入がマイナス成長を続け、オンラインの広告収入は増えているとはいえ、単価の高い紙媒体の広告減収分を補うにはまだまだ遠い状況です。全体としては収入が落ち込んでいく中で、有料化が起死回生の一手となるのか、果たしてビジネスとして成功するのか――。今はまだわからない、というのが私の本音です。ただ、紙の新聞が以前と同様、あるいは超えるような成長が見込めない今、デジタル化や有料化は、新しいビジネスモデルを模索するためには不可欠と言えます。

ジャンル、地域、読者層……セグメントすることが成功事例の共通点

――ほかに注目すべき事例はありますか。

 夏になるとロサンゼルスでよく山火事が起きますが、そのとき地元の人が欲しいのは、車でどの道を通ったら安全なのか、といった情報です。ロサンゼルス・タイムズでは、グーグルアースやグーグルマップを使って、火事が起きている場所を全部示すんです。写真や動画も使って、リアルタイムの情報をどんどん発信する。新聞ではできない表現法です。これが、地元の住民たちにとっては、非常に有益な情報として重宝がられているようです。

 また、2007年ごろにスタートしたワシントン発の「ポリティコ」という政治情報サイトが注目されています。米国のメディアは広告売り上げの激減などから、コストがかかる政治記者を減らす傾向にあり、政治の取材・報道がかつてよりも手薄になっている。そこを逆手にとり、ワシントンポストの政治記者経験者らを集め、ワシントンの政治関連のニュースに特化した情報発信をしているのです。ネットのほかフリーペーパーも発行しており、議会の動向だけでなく、議員のロビー活動やスキャンダルまでを網羅し、ワシントン周辺の政治関係者にとって必読の媒体になっています。するとワシントン以外の米国のほかの州でも、海外でも、アメリカの政治に関心を持つ人からのニーズがあり、有料で販売を始めました。その購読が伸びていて、ビジネスとしても成功しているようです。

 政治関連のニュースアグリゲーターとしてスタートし、現在はメディア、ビジネス、エンターテインメント、生活、スタイル、環境運動など幅広いジャンルをカバーする「ハフィントンポスト」は、そのカテゴリーをさらに増やしています。「ニューヨーク」「サンフランシスコ」という地域カテゴリーも設けられており、あたかも新聞の地方紙や地域版のようにローカル情報も充実しています。ハフィントンポストとしては幅広いジャンルのニュースを扱っていますが、カテゴリーやトピックそれぞれが独立したメディアのようになっているのです。

 紹介した事例は、いずれもテーマや地域、読者をセグメントし、そこに向けてニッチな情報を発信しているという共通点があります。読者やテーマを絞り込んでいくことで、広告がつくジャンルもあるのではないかと考えます。広告メディアとしての価値が出てくる可能性の芽はあるかもしれません。

――こうした海外の事例から日本のメディアが活かせることはなんでしょう。

 マスメディアの広告収入が減り続ける今、日本のメディアにおいても新たな収益源が模索されていると思います。実際、朝日新聞デジタル、日本経済新聞電子版など、大手新聞社がデジタル版の有料課金ビジネスをスタートさせました。ただ、米国と日本の新聞を取り巻く状況はまったく同じではありません。米国では、ニュースサイトや専門サイト、ブログが日本とはけた違い多くに存在しているので、ニュースアグリゲーターへのニーズも高まる。日本にはまだまだそこまでの情報がありません。また、日本の中だけに限ってみても、ビジネスパーソンをターゲットとしている日経新聞と、老若男女と広い読者層を持つ朝日新聞では、おそらく状況が変わってくるとも思います。

 ただし、ニューヨーク・タイムズの取り組みを見ていてもわかるように、メディアが「ニュースを生成する」という役割だけでなく、たくさんある情報をユーザー一人ひとり向けに編集することが求められるようになるのではないでしょうか。そこを掘り起こし、応えることに、新たなビジネスチャンスを見いだせそうです。

田中善一郎(たなか・ぜんいちろう)

メディア・パブ ブロガー

大阪大学工学部卒。コンピューターメーカー勤務を経て、日経BP社に入り『日経バイト』『日経コミュニケーション』編集長、インターネット担当役員などを歴任。定年退社後、ブログ「メディア・パブ」を開設。おもに英語圏の海外のメディア最新事情を発信している。