2010年の消費キーワードは、「つながる」「内メシ」「プチ贅沢(ぜいたく)」

 「食べるラー油」「3D映画」「スマートフォン」など、2010年もユニークなヒット商品の登場と共に人々の消費マインドに新たな動きが現れた。情報番組や雑誌メディアなどに多数出演し、「2010年の顔」の一人となった流通ジャーナリストの金子哲雄氏に、2010年の消費トレンドの総括と2011年の展望を聞いた。

生活のベーシックな部分で豊かさを求める「巣ごもリッチ」

──2010年のヒット商品を振り返って、生活者の消費マインドをどのように感じますか。

金子哲雄氏 金子哲雄氏

 2010年のヒット商品の特徴として、私は三つのキーワードを挙げています。それは「つながる」「内メシ」「プチ贅沢」です。

 「つながる」というのは、面と向かった人間関係は嫌だけれども、ウェブ上でゆるやかにつながる連合体をつくりたいという人々の思いをとらえた商品です。スマートフォンが売れ、ツイッター利用者が飛躍的に増えたように、「つながる」感覚をリアルタイムでオンライン化したい商品が人気を集めました。

 「内メシ」は、食べるラー油が象徴的ですね。また「プチ贅沢」では、コンビニの少しだけ価格は高いけどおいしいロールケーキなどがヒットしました。これらの背景としては大画面テレビが売れたことで、自宅の中で過ごす時間が増えているということも推定されます。外食や外出を減らして、ご自宅の中で大画面テレビなどをご覧になりながらちょっとした贅沢をする。これがまさしく「内メシ」であり「プチ贅沢」です。

──話を聞くと、景気そのものの回復はいま一歩だとしても、以前のような節約一辺倒ではなく、ささやかでも消費を楽しもうという生活者の意識があるようです。

 僕はそういう消費の流れを「巣ごもリッチ」と称しています。外ではあまりお金を使わないけれど、自宅ではリッチに過ごしたい。そんな消費者のニーズが非常に高まっています。2009年あたりは皆さん景気低迷の中で家計を締めるだけ締め、「節約疲れ」という言葉も生まれました。2010年はそうではなく、限られた収入の中でできるだけエンジョイしようじゃないかと、不景気を楽しむ消費者が増えてきたと思います。

──第一の「つながる」についてですが、近年はミクシィの登場やブログの普及によって、ウェブを通じた生活者のゆるやか連携といった現象はすでに見られていたと思われます。2010年は以前のそれらと何が異なっていたのでしょうか。

 2010年は、短い言葉でコミュニケーションする傾向が非常に顕著になってきましたね。テレビのニュース解説を見ていても、長くて難しい言葉よりも短い言葉をポンポンつなげていく見せ方が主流になりました。見出し重視、ヘッドライン重視の「キーワード社会」にますますなったということでしょう。ですから政治の世界を見ていても、キーワード発信が下手な政治家というのはりなかなか支持が得られにくい環境になっていると思います。

──次の「内メシ」でいうと、桃屋が火付け役となった「食べるラー油」のほかにも電子レンジで魚の切り身を焼く「チンしてこんがり魚焼きパック」(小林製薬)、しじみのうまみをアップさせた即席みそ汁「1杯でしじみ70個分のちから」(永谷園)なども話題になりました。

 おかずのバリエーションを増やして贅沢をするのではなく、食事のベースにあるところでちょっと贅沢をしたいという傾向が顕著でしたね。例えばお米を使うホームベーカリー「GOPAN」(三洋電機)や、ご飯のうまみを逃さない「蒸気レス炊飯器」(三菱電機など)は、家庭の中で普段召し上がる物をおいしくすることで、生活全般にうるおいを与えたいといったニーズに応えた商品です。こういった消費トレンドを僕は「生活の基礎力」といっているのですが、さらに2011年はせっけん、牛乳、アンダーウエアといった生活密着型の商品で贅沢をする傾向が強まるような気がしています。

──自宅での「プチ贅沢」ということでいえば、電器メーカー各社が力を入れている3Dテレビはどうでしょうか。

 3Dテレビに関しては、現在はまだ普及率が1%未満といわれています。本格的なブームの到来が2011年に到来するかといえば、僕としてはまだ疑問をもっています。3Dテレビの普及のためには、地上派での3D放送がどこまで広がるか、それとユーザーが欲しているパッケージソフトやコンテンツがどこまで充実するかという点がカギになると見ています。

──金子さん自身が2010年に購入した商品で、特に印象に残っているものは何でしょうか。

 これはもう「iPad」ですね。本当に行動範囲が広がりました。たった1枚のガラス板を持つような感覚で、パソコンのほとんどの機能がこなせるわけですから。特に僕のようなフリーランスの人間にとっては、どこでも役立つまさにオンラインディクショナリーです。アップル、そしてジョブズに感謝ですね。

 iPadやiPhoneに刺激されて、さまざまなスマートフォンが登場していますが、同時にそういったハードで動くアプリケーションを開発する企業の動きも活性化しています。小規模の企業でも比較的簡単に参入でき、大きな収益が期待できる周辺産業の盛り上がりを考えますと、これからの新たな産業の創造という点でもiPadの登場は大きなインパクトだと思います。

今の広告に必要なのは、消費者の目線に立った発信

──では、2011年はどんな商品・サービスが注目されるでしょうか。

 2010年は均一居酒屋がはやりました。それを引き継ぐような形で、2011年は「空中店舗」がはやると僕は思っています。空中店舗というのは、ビルの3、4階あたりに入居する飲食店などを指します。なぜ注目かというと、これは東京・山手線の電車やホームの目線から見える高さで、地上からの視認性は良くないため賃料は同じビルの1、2階より相場は安いのに店舗自体に看板効果があるということからです。神田、秋葉原、上野といった駅のホームが高架上にあるポイントが特に激戦区になるのではと見ています。

 それと大きな流れとしては、「ランニングコストを下げられる消費財」ですね。省エネ性能の高い家電製品、LED電球など、店頭価格の絶対値は高いとしても、使い続けて得できる商品なら購入したいというマインドが高まっています。人々の生活が豊かになり、新しいライフスタイルを創造するような商品を生むことが難しくなっている中で、既存の製品のランニングコストを下げる商品に関心がシフトしているということでしょう。特に電気自動車や電気オートバイといった新しい移動手段、太陽光発電などは、「脱炭素社会」というキーワードからも注目です。

──今日の生活者の消費マインドに対して、広告コミュニケーションはどうのようにアプローチすればいいと思いますか。

 2010年は、「グルーポン」(グルーポン・ジャパン)や「KAUPON」(キラメックス)のような共同購入クーポンサイトがはやり始めました。これらの特徴は、ツイッターなどを利用して「買った人がお客を呼ぶ」という仕組みにあります。商品の性能や品質を、売り手がメッセージを発するのではなく、すでにそれを買った消費者の目線で情報発信されることで消費マインドがくすぐられている気がしますね。広告メッセージにおいても、売り手が出しているメッセージだけれども、買い手が出しているような演出手法の洗練がさらに求められると思います。

  それに関連してメディアについて話を付け加えますと、最近ではフリーペーパーが増えている一方、自分がお金を出してもいいから広告クライアントに左右されない情報も必要だという意識が消費者側に出てきている気がします。ですから僕は、2011年はそろそろ朝日新聞にウェブ版を出してほしいんです。情報が持ち歩けるという利便性を考えれば、購読料は月5,000円でもいいと思っています。特に、僕は朝日新聞の夕刊が好きなんですよ。きちんと取材をした生活情報や特集記事が充実していて、編集と広告のバランスが非常に良く、読み応えがあるんですね。新聞社の目線は、消費者の目線に近いところにあると思います、それをうまくビジネスにつなげられれば、今の夕刊の値段以上の大きな価値を生むメディアになれると思います。

金子哲雄(かねこ・てつお)

流通ジャーナリスト/プライスアナリスト

1971年生まれ。鉛筆からミサイルまで、あらゆるジャンルの流通過程を五感で追い続ける流通ジャーナリスト 兼 プライスアナリスト。94年慶應義塾大学卒業後、株式会社ジャパンエナジー(現・新日鉱ホールディングス)を経て独立。お金をかけずに売上・利益を高める手法を求めて、日本国内のみならず世界中の行列のできる店を訪問・取材。その経営ノウハウをわかりやすくルール化し各種メディアで情報発信している。近著に、監修本「告白は12時半、辞表は金曜。ベスト・タイミング・ブック」(マガジンハウス)「ボクの教科書はチラシだった」(小学館)など。