生物多様性問題を考える社会の枠組みづくりが急務

 1992年にブラジルのリオデジャネイロで開かれた「地球サミット」。そこで提起された「気候変動枠組み条約」はその後、世界的な温暖化ストップへの動きを巻き起こした。その一方で、気候変動と並んで「双子の条約」「二大テーマ」と言われる「生物多様性」への取り組みは、なかなか大きく進まない。今年10月には、名古屋で生物多様性条約締結国会議(COP10)が予定されているが、開催国でありながら、国内での普及啓発活動には様々な壁が立ちはだかっているという。
国内のNPOやNGOが手を組んだ市民組織「生物多様性条約市民ネットワーク」(以下『CBD市民ネット』)に参加する、博報堂DYメディアパートナーズ メディア・コンテンツソリューション局 環境コミュニケーション部 部長の川廷昌弘氏に、生物多様性の保全を軸としたコミュニケーションの現状や課題について聞いた。

 

理解が進まない日本
命の大切さを訴える普及啓発が急務

博報堂DYメディアパートナーズ 川廷昌弘氏 博報堂DYメディアパートナーズ 川廷昌弘氏

――CBD市民ネットが設立された経緯、目的について聞かせてください。

 CBD市民ネットは、「地球に生きる生命(いのち)の条約」と言われる生物多様性条約の目的に賛同し、①生物多様性の保全 ②持続可能な利用 ③遺伝資源から得られる利益の公正・衡平な配分 の実現に向けて地球市民の立場から活動しようと、それまで様々なテーマで活動してきたNGOやNPOが手を組み2009年1月に設立された、全国ネットワーク組織です。
設立の背景には、この条約が私たち「市民の条約」であり、私たち市民がボトムアップで声を出していくべき条約という理解を推進するためでもあります。

――そもそも「生物多様性」とは? なぜ日本で理解が進まないのでしょうか。

 「生物多様性」という言葉は、英語の造語「Biodiversity」を和訳したもので、いわば外来語。そのため、私たち日本人には言葉そのものがとてもわかりにくいのです。でも、この言葉が表現する「生き物どうしが絶妙なバランスを保ちながら生きている」「人間がかかわることでバランスのとれた状態が保全されている」という状態は、本来、私たち日本人にとっては極めて当たり前と感じてきたものです。それを象徴するのが、人の手が加わることで自然のバランスがとれている日本の「里山」です。また「いただきます」という言葉があるように、日本では古くから命に感謝し、自分たちに必要な分だけを採取して、持続可能な循環を保ってきました。

 ところが、戦後の高度経済成長で第1次産業の従事人口が減って都市生活者が激増し、その膨大な需要を埋めるために、海外からの輸入に頼らざるを得なくなった。そこでアマゾンや東南アジアなどの熱帯雨林を伐採してプランテーションを作るなどして、その結果、途上国の自然を損失させたのです。さらに、人の手が加わらなくなった日本の里山も荒廃しました。遠く離れた途上国と、自分の足元である日本と、両方の自然を壊してしまったのに、日本の都会で生活していると、途上国のことはもちろん、自分の足元でも何が起きているのか実感できなくなってしまっているのです。

 「生物多様性条約」は条約ですから、「生物多様性の保全」という概念とは少しとらえ方が違ってきて、最終的には途上国と先進国のいわゆる「南北問題」を解消することが目標です。経済大国として途上国に大きな影響を与えるとともに、自分たちの足元も脅かしているのは、世界でも日本が唯一と言っても過言ではありません。ですから、日本人の声は重みを持つものになるし、私たちこそイニシアチブをとっていかなければならない。日本では、生物多様性条約が気候変動と同様、またそれ以上に注目されるべきだと言ってもいいくらいなのです。

――気候変動に関する取り組みは、日本でも国民、企業、政府を挙げて大きなムーブメントになりましたが、生物多様性保全に関する動向はいかがでしょうか。

 気候変動については温室効果ガスのCO2を「仮想敵」とし、政府が税金を投下して号令をかけたことで、企業も動きやすかった。「CO2を減らせば温暖化の速度を緩められる」という理解が国民レベルまで広まり、「世論」として醸成されたことで、環境配慮の製品への買い換えが進むなど、経済活動の促進にもつながりました。国民レベルでも、私も運営に関与した「チーム・マイナス6%」のキャンペーンが浸透し、エアコンの温度調節やエコ製品への買い替えといったアクションが活発化、クールビズも定着してきました。

 温暖化ストップの事例を見ても、大きなムーブメントにするためには企業の参画が欠かせません。生物多様性の保全に関しては、しかし、企業がどのように取り組んで良いのか迷っているのが現状です。なぜなら、原料調達の問題を避けては通れないからです。これは各企業さまざまな問題があり、各企業で対応できるレベルが一様ではありませんし、仮想敵を一つには絞れない。だから、企業は声を上げにくいと感じていると思います。

 私は、CBD市民ネットで「普及啓発作業部会長」という立場で動いていますが、今、日本における生物多様性保全でもっとも重要なことは、「都市生活者」が身近なことから命のつながりを「考える生活者に」という普及啓発を進め、国民の理解を得ることだと感じています。自社のサプライチェーンマネジメントが十分に行き届いていないと生物多様性保全に関するコミュニケーションは一切できないということでは、普及啓発はまったく進みません。そこで、生物多様性問題について理解・努力するとともに、現場で活動する市民や団体を応援してくれるような企業を、世論が評価できるような状況を作ることも大事だと思うのです。

 COP10に向け、企業参画のプラットホーム作りはようやく動き始めました。日本経済団体連合会、日本商工会議所、経済同友会が、国際自然保護連合日本プロジェクトオフィス、環境省、農林水産省、経済産業省と協力し、生物多様性条約の目的実現のために民間の参画を推進する「生物多様性民間参画イニシアチブ」を立ち上げ、パートナーシップへの参加募集を5月から始めています。このパートナーシップが中心となり、海外に向けて日本企業がイニシアチブをとって生物多様性の保全を推進していこうという考えです。
また、今年は国連の定める「国際生物多様性年」であることに対応し、学識経験者、経済界、メディア、文化人、関連団体、自治体、関係省庁などで構成される国内委員会「地球生きもの委員会」が1月に発足しました。民間参画パートナーシップと同委員会が連携することで、国内の普及啓発活動を推進させていくべきです。CDB市民ネットでは、そうした効果的で実践的なプラットホーム作りを、政府に積極的に提言しています。

 

地球で豊かに生きるための
「5つのアクション」

※画像をクリックするとPDFファイルでご覧いただけます。
生物多様性条約市民ネットワーク 「5 ACTIONS」のパンフレット

――温暖化については「チームマイナス6%」など、国民が理解しやすく、参加しやすいコミュニケーションが展開されました。

 「チームマイナス6%」のときのノウハウやネットワークを生かし、生物多様性の保全については、国民一人ひとりができることを「5 ACTIONS」にまとめました。①旬の食材や、自分が住んでいる地域でとれたものを食べてみよう ②大人も子どもも、みんなで楽しく自然を体験してみよう ③あなた自身が、クリエーターになってみよう ④さまざまな活動に参加して、「きずな」を再発見してみよう ⑤生物多様性保全に貢献している商品を選んでみよう という5つのアクションです。どれも難しいことではありませんし、むしろ、このアクションをしてみると、日々の暮らしが豊かになると感じていただけると思います。「生物多様性」というと少し難しく感じますが、自然の恵みを感じながら心豊かに生きることなんだ、と理解できれば、日本人が忘れかけている「命に感謝する気持ち」に気づくことができるはず。その結果、CO2削減のために省エネ家電に買い換えたように、生物多様性保全につながる認証製品を購入することなどにもつながると思うのです。

――生物多様性の保全を軸とする環境コミュニケーションで、メディアに期待される役割は。

 CDB市民ネットの活動に関与するようになって、生物多様性保全の活動は「現場がすべて」と実感しています。市民がどんな活動をしているのかを、メディアにはどんどん伝えてもらいたい。朝日新聞では、名古屋本社版で「生命の五輪」という、非常にすばらしい広告特集を展開しています。こうした企画を全国版でも手掛けてほしい。色々なメディアがありますが、宣言性や説得性を持つ新聞には、地道でなかなか見えてこない保全活動や普及啓発活動を、生活者に伝えてほしいですね。

 私は、生物多様性保全のための活動は「コンテンツ」と割り切るといいと考えます。メディアや私たち広告会社は、「地球のために」という共通ゴールに向かい、コンテンツを企画や広告に落とし込んで、企業に提案する。メディアにとっても広告会社にとっても、もちろん企業にとってもいい結果をもたらし、それが生物多様性保全へとつながるはずです。そうした普及啓発活動も含めた企業活動が、環境コミュニケーションに行きつくのだととらえています。

――COP10が目前に迫っています。今後の展望、課題などを聞かせてください。

 今年は「国連生物多様性年」で、2002年に行われたCOP6で定められた生物多様性の損失を食い止める「2010年目標」の評価と次の目標の設定をする1年とされています。しかし現段階で、この目標は達成されないこと、むしろ生物多様性は劣化が進んでいることがわかっています。COP10では、2020年までの短期目標と2050年までの中期目標が検討されますが、CBD市民ネットでは2020年までの10年間を、国連に加盟しているすべての国や機関との連携を求め、より効果的で実効性のあるものとしていこうと考え、その総意を「国連生物多様性の10年決議」として政府に働きかけてきました。政府がこれを受ける形で5月にあった国際会議で提案し採択され、COP10に提出することが決まっています。CBD市民ネットは、今後も市民組織として政府に積極的に協力していく考えです。

 いかに生物多様性の保全を理解してもらえるか、CBD市民ネットを始め多くの市民活動家が模索してきましたが、小さなさざ波が大きなうねりになりつつあると、私個人、強く感じています。普及啓発活動を続けながら、次のCOPまで日本が議長国を務める2年間に、どれだけたくさんの種をまき、育てることができるか。企業、メディア、そして国民のみなさんの理解を得ながら、広げていきたいと考えています。
 

川廷昌弘(かわてい・まさひろ)

生物多様性条約市民ネットワーク 運営委員/博報堂DYメディアパートナーズ 環境コミュニケーション部 部長

博報堂DYメディアパートナーズ メディア・コンテンツソリューション局 環境コミュニケ ーション部長。生物多様性条約市民ネットワーク普及啓発作業部会長。05年の環境省 「チーム・マイナス6%」に立ち上げ直後からかかわり、環境コミュニケーション領域に専従、現在は国際生物多様性年国内委員会「地球生きもの委員会」委員、林野庁「山村再生支援センター」マッチングアドバイザーなど。社団法人日本写真家協会会員でプロの写真家でもある。

 

◇媒体資料「朝日新聞にみる環境広告」はこちらから:
http://adv.asahi.com/modules/media_kit/index.php/kankyo_tokyo.html