20世紀の清算と21世紀の創造がクロスする2009年

 今世界は、「気候変動」と「経済危機」という二つの危機に直面している。ここで、環境への取り組みの手綱を緩ませることは、地球環境の危機を加速化するのみならず、当該企業の持続可能性にも大きなダメージとなるはずだ。国連環境計画 金融イニシアチブ特別顧問の末吉竹二郎氏に、環境問題を取り巻く世界の動きと日本企業の問題点をうかがった。

なぜ環境に取り組むのか、「そもそも論」に立ち返る時

―― 環境問題をとりまく現状をどうご覧になっていますか。

 苦しい経済状況の中で、多くの日本企業がまっ先に経費削減の対象としているのが、CSRや環境対策です。欧米社会では、長い時間をかけて企業が社会との関係を考えてきました。そうした歴史の上に今日のCSRや環境への取り組みがあります。ところが日本では、わずか3年前に巻き起こったブームの中で、外圧を受けてわりと安易に取り組みを始めました。それが今になってぶれている要因です。経営者が「環境問題やCSRこそビジネスを支える最重要事項」ということを本当に理解していればこんなことにはなりません。自分たちにとってそれがなぜ必要なのかという「そもそも論」が欠けていたということです。

 地球環境の悪化は、人間社会の景気がよくないからといって待ってくれません。大不況を理由に環境への取り組みを減速させた企業は、やがて景気が回復したとき消費者や投資家にどう説明するのでしょう。お金がなかったからCSRを中断したとでもいうのでしょうか。今回の金融危機から生まれた反省は、「自分のことしか考えなかった」「収益のことしか考えなかった」という利益至上主義はもうやめようということなのです。いまこそ、短期主義からの転換を図り、我が社にとっての環境問題とは何なのかと、改めて突き詰めて考えることが求められています。

 ―― オバマ米大統領は、環境対策と景気対策の両立を目指した「グリーン・ニューディール」政策を打ち出しました。

 グリーン・ニューディールは、「これまでの不況回復策と異なり、地球温暖化対策などを大きく取り込んだもの」です。この言葉自体、どちらかというと政策の手段に重きをおいた言葉です。しかし環境への取り組みは不況対策の一部で終わるのではありません。不況回復後に我々が目指すべき経済は持続可能なものでなければなりません。あらゆる観点で環境に配慮しながら経済の再構築を目指すことを、世界では「グリーンリカバリー」と呼び始めました。その先に描く社会像を「グリーンエコノミー」と呼ぶことが多くなりました。

 不況から早く回復しなくてはいけませんが、今まで通りのやり方ではだめです。なぜなら20世紀型の大量生産方式ではもう地球が持たないからです。今回の世界的な不況があまりにも直下型の激震であったが故に、人々のマインドの中に生まれたのは、20世紀型の経済運営はもうだめだという基本的な問題意識だからです。これからの回復策は予算の一部を環境に充てればいいという話ではなく、公共工事などを含め100%が環境を意識したものでなくてはいけません。仮に景気が回復しても、20世紀型を残したままでは、それは短期的なものに終わるでしょう。だから回復策はグリーンリカバリーでなくてはならず、グリーンエコノミーという新しい経済を目指すことが必要なのです。20世紀の清算と21世紀の創造がクロスするのが2009年だと思います。

 ―― 日本企業の環境への取り組みをご覧になって、問題点を感じられることとは。

 世界レベルで見た時、日本企業には技術的な可能性もありますし、個々の取り組みをみれば、それぞれいい方向にはあると思います。しかし一番の問題は、社会に向けてオープンなメッセージを出していないということです。日本では社会に何か意見を言う時、自分の名前を言わずに業界団体の名前で言う傾向がありますが、「みんなで渡ればこわくない」式の時代は終わりました。企業にはそれぞれの企業文化に照らした独自の戦略があるはずですから、それを堂々と打ち出してほしいと思います。

 地球温暖化問題は、企業経営にとってリスクとチャンスをもたらす非常に重要なテーマです。普段は同じ業界の中で食うや食われるかの競争をしているのに、こんな企業の死命を制するような重要な問題で一緒になれるわけがありません。それが一緒になれるとしたら、よっぽどいいことか、自分が前面に立ちたくないよっぽど悪いことのどちらかでしょう。「我が社はこう思います」「だから皆さんはどう思いますか」、「賛同していただけるなら、一緒にやりませんか」。これがあるべきメッセージの出し方のはずです。

環境広告は企業のコミットメントであるべき

 ―― 広告活動をはじめとする、具体的な企業のコミュニケーションについてご提案は。

 何よりもウソを言わないこと、そして過大広告をしないということです。企業活動全体のうち1%しかグリーンでないのに(それを全面的に環境に配慮しているとして)、まるで100%がグリーンであるかのようなメッセージを発信することはやめてほしいと思います。

 多くの消費者は、すべてがグリーンな企業があるとは思っていませんし、だからといって、それが悪いとも思っていません。今、大切なのは、問題の重大性に気づいて、一刻でも早く、少しずつでもグリーンな方向に動き出さなくてはいけないということを、社会全体で共有することです。そんな時に、去年まで一度も環境配慮について何も言っていなかった企業が、一晩明けたら全部がグリーンになったような言い方をしても、消費者に見透かされるだけでしょう。

 つまり企業にとって広告とは、単なる情報提供なのか、それとも企業のコミットメントなのかということです。この商品はカーボンフットプリント(原料採取から製造、購買・消費、廃棄に至るまでに発生するCO2排出量を算出してラベルなどに表示する制度)に対応しているかなど、数値的な情報を出すことも重要です。しかし、より大切なのは、その環境負荷をこれからどう減らすのか、有害なマテリアルをどう除去していくのかというコミットメントです。真剣に取り組み始めた自分たちの決心を伝え、消費者に対してそれを見守ってほしい、支援をしてほしいというメッセージこそ、社会が求めているものです。

 ――来年10月には名古屋でCOP10(生物多様性条約第10回締約国会議)が開かれます。自然の保全にも、人々の注目が集まると思われます。

 自然保全や生物多様性については、まだ一般的な認知度が低いのが現実です。人々が持つイメージがバラバラです。生態系に何が起きているかという情報もほとんどない。数年前、日本では「タマちゃん」ブームが起きました。多くの人々が一頭のアザラシに一喜一憂し、涙を流しました。ではその人々は、ホッキョクグマが地球温暖化のために絶滅の危機に瀕(ひん)している現実になぜ目をくれないのでしょうか。なぜ、1歳になれずに死ぬ子熊が4割以上いるという事実を知らないのでしょうか。

 生物多様性の問題は、CO2削減などのテーマと違い、個人の対応が難しい問題のように思われがちです。しかし、生態系破壊の原因は人間の乱獲や環境破壊であり、人間の行動を起源とした問題という意味では、他のあらゆる環境問題と同根です。私たちの生活にとっては食の連鎖を脅かすものであり、それ以前に「動物が生きる権利を脅かす権利が私たちにあるのか」という問題があります。自分たちが便利に使っている製品や、日々口にする食材を消費するその裏側で、私たちがどのようなことに加担しているかを知らなくてはなりません。

 企業が最終商品としてのよさだけを前面に出している限り、その生産プロセスを私たち消費者は知ることはできません。アメリカでは「プラグの裏側」といいますが、どのようなコストや犠牲の上にその商品は成り立っているのか。消費者がその情報を目にすることができる。その結果、環境コストが少ない選択をすることで、失われる命を救うことができるはずです。そういった選択肢を、これからの企業は消費者に与えていかねばならないと思います。

末吉竹二郎(すえよし・たけじろう)

国連環境計画 金融イニシアチブ特別顧問

1945年鹿児島県生まれ。1967年東京大学経済学部卒業後、三菱銀行(現三菱東京UFJ銀行)入行。ニューヨーク支店長、取締役、東京三菱銀行信託会社(ニューヨーク)頭取、日興アセットマネジメントを経て、2003年国連環境計画・金融イニシアチブ(UNEP FI)特別顧問に就任。2008年から内閣府に設置された「地球温暖化に関する懇談会」の委員となり、国の政策にもかかわる。一般社団法人日本カーボンオフセットの代表理事も務めている。おもな著書に『ビジネスに役立つ!末吉竹二郎の地球温暖化講義』(東洋経済新報社、2009年)、『最新CSR事情―共存を考える企業の責任と貢献』(泰文堂、2008年)など多数。