グローバルな潮流を把握したうえで地域性を考慮して進められるアジアのCSR

 日本企業の多くが事業展開する途上国、とりわけアジア各国において、CSRをどう考え、取り組んでいくべきなのか。三井物産戦略研究所研究員の新谷大輔氏に聞いた。

グローバルに考えローカルに動け

── アジア各国のCSRの潮流は。

新谷大輔氏 新谷大輔氏

 まだ始まったばかり、社会貢献活動の域を出ないという段階です。また、一言で「アジアのCSR」と言っても、地場企業と、その国・地域に進出した外資企業とでは、そのアプローチが異なります。地場企業に関しても、国民一人当たりのGDPが日本よりも高いシンガポールと、カンボジアやラオスなどでは経済成長のレベルに大きな違いがあり、単純に比較できるものではありません。

 ただし、いくつか事例は出てきています。たとえば中国では、先進国の多国籍企業が数多く進出した沿海部を中心に、その周辺にできた地元の下請け企業で、CSRの取り組みがまず進んでいます。工場やラインを作るときに、労働環境など、先進国企業が厳密なルールを決めており、それを守らなければ下請け先として認めてもらえないからです。先進国企業への対応から、すなわち、グローバルな潮流の影響を受け、一部の中小企業が対応し始めています。また、中国やシンガポールなど、政府がCSRの推進役となっている国もあります。

── 多くの先進国企業がアジアに進出しています。現地でのCSRをどう考えればいいのでしょうか。

 「シンク・グローバリー・アクト・ローカリー」という表現がありますが、CSRもまさにそうで、グローバルな潮流を把握した上で、その国の地域性、社会的な課題、どんなステークホルダーがいるかなど、ローカルの事情を認識し、それをどう反映して進めるのかを考える必要があります。

 興味深い事例を紹介します。ドイツのメルクという製薬会社が、タイで現地法人「メルクタイランド」を展開しています。この現地法人が作る広報誌「CSRマガジン」では、自分たちのCSRや、その考え方に基づいて取り組んでいる活動について、すべてタイ語で説明しています。それをサプライチェーンの企業や下請け先 、取引先といったステークホルダーに配っているのです。社会貢献活動についてもどんな意味があるのかを現地の言葉で伝えていこうとしている。そこに明確なビジネス戦略があるかどうかはわかりませんが、少なくとも、タイの社会にCSRを伝えていくことが自分たちの責任だという強い意識があります。こうしたアプローチは、非常に注目すべきだと考えます。

「自社」だけではなく「地球」規模で考える

── 日本企業の取り組みについてはどう見ていますか。

2008年 7/8 朝刊 三井物産 2008年 7/8 朝刊 三井物産

 CSRについて理解が進んできたとは思いますが、まだ課題が多いと思います。たとえば欧州の動きを見ると、ビジネス戦略としてCSRに取り組むようになってきており、さらにここにきて「サスティナビリティ」という言葉がことさら注目されています。環境問題の側面から、温暖化や生物多様性の話がよくされますが、途上国の貧困や感染症の問題、人権問題なども、地球の持続可能性を考えるうえで無視できないテーマなのです。特に欧州では、CSRのSはサスティナビリティである、という考え方がもはや一般的になりつつあります。

 一方、日本企業では「サスティナビリティ」というと、まずは自社の持続可能性を考えているケースが依然として少なくないようです。そういう考え方だと、貧困や感染症といった問題には「なぜ我々がそこまでしなければいけないのか?」となってしまう。サスティナビリティの考え方を含め、CSRの本質をもっと理解することが、日本企業が今後取り組むべき大きな課題でしょう。

── CSRの理解を進めるため、新聞などマスメディアの広告に期待することは何ですか。

 先日、タイであったCSRアジアサミットで、著名な社会起業家であるミーチャイ氏が講演の中で「CSRの未来は、詰まるところ、ISRだ」と表現していました。ISRは「Individual Social Responsibility」の略で、「個人の社会的責任」の意です。個人が社会的責任を認識することがCSRにつながっていく。その考え方に立てば、広告を通して一人ひとりに浸透させていくことは重要だといえるでしょう。

 とはいえ、企業の立場からすれば、広告はあくまでも自社のブランドや評価を上げることが、第一に優先される目的です。しかし、だからこそ誰に対して何を伝えていくかをはっきりさせるべきだと思います。たとえば三井物産が社有林の新聞広告を出稿しましたが、そこでは、地球のサスティナビリティのために、森林を大切に管理していることを伝えると同時に、森林が持つ様々な機能を伝えました。やり方を間違えると、不都合なことを隠すためにいいことを宣伝する、いわゆる「グリーンウォッシュ」との批判を受けかねません。社会に対して何が必要なのか、自分たちはどういう姿勢で取り組んでいくのかを明確に伝えるCSRコミュニケーションが、今後さらに求められるようになってくるでしょう。

新谷大輔(しんたに・だいすけ)

三井物産戦略研究所研究員

1998年上智大学大学院博士前期課程修了。専門分野はCSR、NPO/NGO、ソーシャル・キャピタル論、社会的企業など。立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科兼任講師(CSR基礎論担当)、NGOの視点と企業の視点の両者を合わせたCSR戦略の策定に取り組む。NPO法人社会的責任投資フォーラム運営委員。著書(共著)に、『会社員のためのCSR入門』(第一法規、2008年)、『アジアのCSRと日本のCSR 持続可能な成長のために何をすべきか』(日科技連出版社、2008年)。