国際社会の目が向かない地域こそ活動エリア 一人でも多くの患者さんの命を救いたい

 世界約70の国と地域で緊急医療援助を行う国境なき医師団(MSF)。MSF日本会長の黒﨑伸子さんに、世界各地での活動内容や、エボラ出血熱対策など目下の課題について聞いた。

 

黒﨑伸子氏 黒﨑伸子氏

──現在の活動内容について。

 私たちは、国際機関や国、他団体の医療援助が行き届いてない地域や、緊急性の高い医療ニーズのある地域で活動しています。資源のない国などには国際社会の目があまり向かず、国連や大国が介入して初めて窮状がニュースになることも多いですが、MSFはいち早く現地に入って活動を続けています。
  例えば、中央アフリカ共和国は、キリスト教系とイスラム教系の宗教対立、武装勢力による蛮行、農耕民と遊牧民の対立、そして報復の連鎖と、様々な対立構造があり、紛争に巻き込まれた負傷者の治療をはじめ、生活環境の悪化による肺炎、下痢、結膜炎、皮膚感染、マラリアなどの患者の治療に当たっています。

 南スーダンは2011年に独立を果たすも、民族間抗争などが絶えず、深刻な食糧難や医療施設への攻撃などにより栄養失調児が急増しています。また、避難した人々が暮らすキャンプは人口過密で衛生環境が悪く、雨期にはコレラも大流行しました。命の危機が続くこの国で、MSFは30年余り活動しています。

 そして、西アフリカで流行しているエボラ出血熱。MSFでは流行初期の今年3月から援助を続けていますが、国際社会を挙げての感染拡大防止や治療への対策が追いつかず、さらに現地の医療従事者が感染を恐れて病院を去ってしまう地域もあり、リベリアでは主要病院が閉鎖されました。エボラ出血熱の感染者だけでなく、本来助かる病気の治療を受けられずに亡くなる人が増えています。現地活動従事者の増員や緊急物資の追加支援に加え、ワクチンや治療薬の開発などにも援助が求められます。
  また、凄惨(せいさん)な紛争が続く地域では、ケガの後遺症や、心的外傷後ストレス障害(PTSD)など、二次的被害に苦しむ人たちがおり、緊急医療援助以外の取り組みも求められています。

──MSF日本の活動状況は。

 MSFの海外派遣スタッフは、医療従事者(医師、看護師、助産師、薬剤師、臨床検査技師、臨床心理士など)が6割、ロジスティシャン(物資調達、施設・機材・車両管理や、状況に応じて医療・財務・人事以外の業務全般を担当)やアドミニストレーター(現地活動の財務・会計・人事管理を担当)など医療以外の活動従事者が4割という構成で、MSF日本では約300人が登録し、年間約100回の派遣を行っています。現在は特に、麻酔科医、産婦人科医、精神科医、臨床心理士、水・衛生管理専門家を募集しています。異文化の人々をつなぐ調整力や、地道にこつこつと仕事に取り組む日本人スタッフに対する国際的評価は非常に高く、困っている人を助けたいという思いのある人はぜひトライしてほしいですね。日本事務局では50人が人事、資金調達、証言活動などの後方支援に当たっています。

──MSFの活動は寄付金に支えられています。日本には寄付文化があまり根付いていないと言われますが、実際はどうなのでしょう。

 決してそんな事はないと思います。例えば、東日本大震災では被災地に多額の寄付金が寄せられました。また、日本には古くから、先祖の墓を守る寺院への寄付を欠かさない文化もあります。ただ、確実に信用できる相手でないと寄付しない慎重さがあるので、活動内容を丁寧に伝えていくことが重要だと考えています。MSFは、支出に占める援助活動費が約80%と高いので、その点をしっかりアピールしていきたいと思います。

──日本の企業に期待することは。

 医療分野では、新薬やワクチン、検査技術の開発に期待しています。従来、この分野の開発は先進国のニーズに主眼が置かれてきました。しかし人道的見地からも国際社会の課題としても、開発途上国のニーズへの対応は不可欠です。エボラ出血熱が複数国で流行してから慌ててワクチンや治療薬を開発している現在の状況を見てもそれは明らかです。マラリアやエイズ、結核など、日本で流行していない病気に対しても新薬の開発は有意義で、他国に先がけるチャンスでもあると思います。

 例えば、十分な設備がない地域では、経口ワクチン、保冷しないですむワクチンなどがあると便利です。また、日本製の予防接種は高額で数回に分けて打たなければなりませんが、安価で一回の接種で済む薬ができれば、開発途上国で普及しやすくなります。
  通信や輸送など、医療以外の分野でも日本の先進技術が生かせるはずです。企業も含めて、日本の方々にも私たちの活動にぜひ関心を持っていただきたいですね。

──黒﨑さんがMSFに応募したきっかけは。

 医師になって20年が経ち、キャリアを重ねたことで、医療以外の仕事に時間を割かれることが多くなっていました。一人でも多くの患者さんと接したいのに、このままでいいのかと思っていた時、ふと募集ポスターに出合い、シンプルに医療に従事できる場を求めて応募しました。決断して良かったです。活動を通して視野が広がり、外科医としてのスキル向上にもつながりました。また、海外の医療事情を知ることで、日本の医療の良しあしを客観視できるようになりました。患者を尊重し、患者の家族や文化的背景を尊重するMSFの経験は、日本の医療や社会にいい形でフィードバックできるものだと思います。

 世界には、紛争や貧困によって未来が約束されていない子どもたちが無数にいます。シリアでは、爆撃によって重傷を負った生後4カ月の女児の右足の切断手術をしました。一命をとりとめた彼女の笑顔は忘れられません。すぐに顔が思い浮かぶ子どもたちは、スリランカ、ソマリアなど派遣された各国にいます。彼らが無事生き永らえているのかどうか……。
  そもそも私が小児外科医を志したのは、自分が助けた人が自分よりもずっと長生きしてくれる、未来につながる仕事だからです。しかし、厳しい環境下で生き永らえることがままならない子どもたちもいる。その子らのために、できる限りのことをしていきたいと思います。

──治安の問題で現地入りできないケースも増えているそうですね。

 その通りです。私自身、ソマリアに派遣された際、スタッフや活動施設に過激派の攻撃が及ぶ可能性があるとのことで、急きょ撤退を余儀なくされました。撤退の情報が周囲に漏れないよう、ひそかに荷物をまとめて立ち去らねばなりませんでした。一緒に汗をかいた現地スタッフや苦しむ患者を置いてきたことは、今も無念でなりません。ただ、先日、ソマリアの現地看護師から電話があって、現地の病院で働くことになったという近況報告を受けたんです。彼女が無事だったこと、私を忘れずにいてくれたことがとてもうれしかった。いつかソマリアに行って彼女や患者さんたちと再会し、人々の役に立ちたいです。

──リーダーとして心がけていることは。

 異論を含めてスタッフたちの声をくまなく聞き、結論に至るコンセンサスを透明化し、お金の使い方や、活動の方向性などについて、誰もが納得できるようにと心がけています。各国の会長とも密に意見交換するようにしています。

黒﨑伸子氏 黒﨑伸子氏

──愛読書は。

 子ども時代の愛読書は『若草物語』。親に言われずとも大切なことを学びました。現在最も心酔している作家は、カズオ・イシグロです。私の地元・長崎を舞台にした『A Pale View of Hills』(邦題『遠い山なみの光』)をはじめ、彼の作品はほとんど読んでいます。

黒﨑伸子(くろさき・のぶこ)

国境なき医師団日本 会長

1957年長崎県生まれ。長崎大学医学部卒。長崎大学病院などで小児外科医として勤務。国立病院機構長崎病院小児外科医長・外科医長を経て、現在は黒﨑医院(長崎県)院長。2001年から国境なき医師団(MSF)に参加し、これまでに東日本大震災を含め、計11回世界各地で活動。10年3月から現職。

※朝日新聞に連載している、企業・団体等のリーダーにおすすめの本を聞く広告特集「リーダーたちの本棚」に、黒﨑伸子さんが登場しました。(全国版掲載。各本社版で、日付が異なる場合があります)

広告特集「リーダーたちの本棚」Vol.66(2014年10月24日付朝刊 東京本社版)