「公共善」を胸にチャレンジを続ける 新たなステージでも業界を触発していきたい

 1999年にADSLの商用サービスを開始して以来、高速で安価で快適なブロードバンド環境を実現してきたイー・アクセス。今年は、3月に次世代移動通信システム「LTE」に対応した「EMOBILE LTE」サービスを開始。同月、データ通信と音声を合わせた「EMOBILE通信サービス」400万契約突破。6月、700メガヘルツのプラチナバンドの割り当て決定、などトピックが続いた。そして10月1日、ソフトバンクとの経営統合を電撃発表。創業以来掲げてきた「すべての人に新たなブロードバンドライフを。」という企業理念は、新たなステージに入った。代表取締役会長の千本倖生さんに聞いた。

 

千本倖生氏 千本倖生氏

──ソフトバンクとの経営統合を決断した経緯と、その理由は。

 統合に関しては、9月19日にソフトバンクが「iPhone5」のテザリング(スマートフォンそのものに中継機の役割を持たせ、パソコンなどをインターネット接続できる機能)の開始を発表した後、孫正義社長から熱烈なオファーを受けました。非常に速いテンポで検討し、10月1日の取締役会で決定しました。

 当社は、1999年、「すべての人に新たなブロードバンドライフを。」を企業理念として創業。その後、我が国のインターネット環境にADSLを導入し、ブロードバンドの爆発的普及をけん引してきました。2007年には、モバイル事業「イー・モバイル」を開始し、革新的なサービスを提供してきました。

 そして今、企業理念は次のステージに入ります。具体的には、当社の世界最高水準のLTEネットワークを「iPhone」と組み合わせることで、わが国のモバイルブロードバンドを世界のトップレベルに引き上げていきたい。理念の達成のためには、当社単独よりも、ソフトバンクグループの一員となったほうが、お客様に高い価値を提供できると考えました。

──今年3月、モバイル事業において、LTEに対応した高速データ通信サービスを開始しました。スマートフォン市場に大きな刺激を与えましたね。

 スマートフォン市場に本格参入したのは昨年ですが、他社に先がけてテザリング対応の機種を発表し、かつ無制限で利用できる料金体系を実現しました。音声通話を柱としてきた携帯電話大手3社の製品と比べ、高速データ通信に注力してきた当社のスマートフォンは、通信速度や駆動時間において優位性を保ってきました。テザリング・サービスは他社も充実し始めているので、次なる魅力的なサービスを模索していかなければならないと思っています。

──通信業界においてどのような役割を担っていきたいと考えますか?

 アメリカの産業界では、「第4のキャリアー」は大変重視されています。新興企業が既存企業にシャープな刺激を与えることで、マーケット全体が膨らむという考え方があって、シリコンバレーからツイッターやフェイスブックといった新しい提案が次々と生まれるのも、大小さまざまな企業が激しい競争をしているからです。当社も「第4のキャリアー」として、上位3社を触発し続けてきました。大量のイワシを生きたまま輸送する際にナマズを一匹入れておくと、淡水魚のナマズが海水の中で暴れるためにイワシの活動が衰えず、死なずに目的地に到着する、という話を聞いたことがあります。ソフトバンクグループに入っても、マーケット全体が長生きできるように、安定しようとする動きにピッと刺激を与える一匹のナマズのような存在であり続けたいと思っています。

──日本の情報通信産業をどのように見ていますか。

 情報通信産業には、端末、ネットワーク、アプリケーション、ソーシャルネットワークサービスなど、さまざまな事業があります。日本は、端末やネットワークにおいては世界レベルですが、アプリケーションにおいてはアメリカやヨーロッパにかなり立ち後れています。その傾向は、ここ20年変わっていません。それどころか、一時期のベンチャー・ブームはすっかり鳴りをひそめ、マーケット全体が「縮退・安定」の動きに向かっているように思います。ベンチャー精神のある若い起業家がもっと出てきてほしいですね。また、日本社会全体で若い起業家を応援していかなければならないと思います。

──大きな職責に執着することなく、何度も起業されてきました。そのエネルギーの源とは。

 心のどこかに、いつも「公」の概念、「公共善」という意識がありました。42歳まで勤めた日本電信電話公社(現・NTT)を辞めてDDIを起業する際は、無一文になることも覚悟しました。今まで何不自由なく暮らしていたものを投げ出すとなったとき、損得やリスクを考えてしまうとブレーキがかかってしまいます。「自分が行動することで、日本の多くの消費者によりよい通信サービスを提供したい」という大義があったからこそ、力がわいたのだと思います。

──今後の展望について、聞かせてください。

これまでは、業界4番目の会社として頑張ってきましたが、携帯市場に風穴を開け、モバイルブロードバンド革命をもたらしたという意味で、イー・アクセスは設立当初の目的を果たしたといえます。今後はソフトバンクグループとして、モバイルブロードバンド革命を一歩進め、新たなスマートフォン革命にチャレンジしていきたいですね。

──愛読書は。

 『聖書』です。幼い頃からキリスト教の教義にひかれ、18歳のときにクリスチャンになりました。聖書につむがれた「ことば」の数々は、ずっと心の支えになってきました。
  小説の最高傑作を一冊選ぶとしたら、『カラマーゾフの兄弟』です。さまざまなテーマの深層には「信仰」という大きなテーマがあり、私は『聖書』の小説版というとらえ方をしています。

千本倖生(せんもと・さちお)

イー・アクセス 代表取締役会長

1942年奈良県出身。66年京都大学工学部電子工学科卒。67年フルブライト交換留学生として渡米し、フロリダ大学大学院修士課程・博士課程修了・工学博士。66年日本電信電話公社(現・NTT)入社。84年第二電電(現・KDDI)を共同創業、専務取締役。94年同社取締役副社長。96年慶応義塾大学大学院教授就任。99年イー・アクセス創業、代表取締役社長。05年同社代表取締役会長兼CEO。イー・モバイル(10年イー・アクセスに吸収合併)を創業、代表取締役会長兼CEO。10年から現職。

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広告特集「リーダーたちの本棚」Vol.43(2012年10月22日付朝刊 東京本社版)