目指すは「支持率No.1の旅のクリエーター」

 新聞広告やカタログ会員誌などでツアーをPRする「メディア販売」により、社会状況やツアーの成果を迅速に反映したプランの提供を実現し、顧客を拡大している阪急交通社。2002年以来、「価格競争から価値競争へ」という方針のもと、品質とオリジナリティーを重視した商品開発に努めている。代表取締役社長の生井一郎さんに聞いた。

生井一郎氏 生井一郎氏

──国内旅行や海外旅行の需要は、多くのシニア層に支えられています。その傾向はしばらく続きそうですか?

 主力ブランドの「トラピックス」のコアなお客様層は65歳以上で、海外旅行を中心に送客数は堅調に推移しています。さらに今年以降、65歳以上のニーズの高まりが際立ってくると思われます。定年を60歳とした場合、1947年生まれを中心とした団塊の世代の退職者が最も多く発生するのは2007年だといわれてきましたが、現実には定年延長や再雇用が進み、本格的に退職が始まるのは、今年か来年あたりになると考えられるからです。お金や時間の余裕ができた団塊世代が旅に目を向ける可能性は高く、この世代が70歳を超える5、6年先までは、ニーズをけん引していくのではないかと予想しています。

──団塊の世代のニーズをどのようにとらえ、プランに反映させていますか?

 私自身が1947年生まれなので、よくわかるのですが、団塊の世代は、自分の好みやこだわりがはっきりしていて、いろんなことに好奇心旺盛です。旅に対する欲求も千差万別。例えば、近年はクルーズ旅行が人気を集めていますが、わずか2通りのクルーズプランで50%ずつニーズをすくうというのは難しい。近いエリアでも複数プランを用意して数%ずつすくっていく必要があります。

 また、この世代は気に入ったことにはお金を惜しまない傾向が強く、「個人でジェット機をチャーターして世界一周」などという旅も成立し得ます。そういう意味では、上質感や希少性が味わえるツアーやオーダーメイドの旅などがますます注目されていくでしょう。もちろん、「低コストで旅を楽しみたい」というお客様もいらっしゃいます。そのとき、10万円のツアーで20万円相当のサービスが受けられれば、「大満足。また利用したい」となるでしょうし、5万円程度のサービスしか受けられなければ、「だまされた」となるでしょう。常に前者を目指していかなければならないと思っています。

──顧客満足度は、利用者の半分に及ぶというリピーター率の高さに表れていますね。

 商品ラインアップを充実させて多様化するニーズに対応していくことで、多くのリピーターを獲得してきました。月刊のカタログ会員誌『トラピックス倶楽部』もリピーター獲得の大事なツールとなっています。リピーター率の高さは、旅慣れたお客様を抱えていることを意味し、必然的に「満足」のレベルは上がっていきます。今や「感動」はあたり前で、いかに「オドロキ」を提供できるか、ということを最大限意識しながら旅づくりに取り組んでいます。

──海外旅行、国内旅行、インバウンド(訪日外国人旅行)、それぞれの現況と今後についてはいかがでしょうか。

 海外旅行のマーケットは成熟段階にあり、バブル期のような飛躍的な右肩当たりの伸長は期待できません。ただ、先述した団塊世代の取り込みと、リピーターの利用回数を増やすことによって、拡大していく可能性は十分にあると思います。

 国内旅行のマーケットは、震災の影響もあって、2011年度の旅行取扱高は前年比85%にとどまりました。ただ、当社のシェアは、海外旅行が65%、国内旅行が35%なので、大打撃ということにはなりませんでした。また、東日本方面の旅行が落ち込んだのとは対照的に、新幹線が全線開通した九州をはじめとする西日本方面の旅行が伸び、今年に入ってからは東北方面の商品も動き始めています。このままいけば、今年度は2010年度並みに回復するのではないかと思っています。

 インバウンドは、やはり震災の影響で大きく落ち込みましたが、アジア地域からのツアーを中心に戻ってきています。回復のペースはかなり早く、今後も順調に推移していくと見ています。

──かつては添乗員として、年間200日前後ツアーに同行していたとか。どのような毎日でしたか?

 お客様と出会ってご案内するのが楽しくて仕方がなかったですね。ヨーロッパ地域の添乗が多かったのですが、成田空港の税関を一歩抜けたら、もうここは外国なんだと、自分のほおをピシャリとたたいて気合を入れたものです。70年代当時はアンカレジ経由の便が多く、たいてい朝の4時か5時に現地に到着して、そこから半月から1カ月をかけて各地をめぐりました。大変なこともありましたが、元来人と交わるのが好きなので、天職に就けたと思っていました。

──経営者となった今、当時の現場経験がどのように生きていると考えていますか?

 私たちの仕事は、お客様がいなければ成り立ちません。ですから、お客様が何を考えておられるのか、何を求めておられるのか、ずっとアンテナを張って探っていました。経営者になっても、「お客様の目線に立つ」という基本姿勢は変わりません。それは、添乗の仕事以前に、旅のプランづくりから徹底して追求しなければなりません。支店を回り、現場の声に耳を傾けるようにしていますが、至らない部分はまだたくさんあります。当社は「品質安全推進部」という部署を持ち、ツアー参加者に旅にまつわるさまざまな項目において5段階評価をしていただき、評価の悪かった部分を改善する努力を続けていますが、こうした積み重ねによって、顧客満足度を高めていきたいと思っています。

──愛読書は。

 高校3年生のときに読んで衝撃を受けたのは、『「甘え」の構造』で、著者の故・土居健郎氏を欧州巡礼ツアーにご案内した思い出があります。欧州での添乗に際しては、和辻哲郎さんの『イタリア古寺巡礼』が大変役に立ちました。もともと歴史物が好きで、最近読んだのは、『ヴェネツィア帝国への旅』です。13世紀初頭から18世紀末まで続いたヴェネツィア帝国の歴史が叙情豊かに描かれ、イスタンブール、クレタ島、ドブロブニクなど人気の観光地の今昔も知ることができます。日本史では、『文藝春秋にみる坂本龍馬と幕末維新』『文藝春秋にみる「坂の上の雲」』『「明治」という国家』を興味深く読みました。

 山本一力さんの『ワシントンハイツの旋風』は、旅行会社で働いたことのある著者の経験がかいま見られる青春小説で、その時代描写に同世代として共感しました。猪瀬直樹さんも同世代を感じる作家で、西武の堤家の物語『ミカドの肖像』、その続編ともいえる、東急沿線の都市計画の変遷を描く『土地の神話』は読みごたえがありました。
 

生井一郎(なまい・いちろう)

阪急交通社 代表取締役社長

1947年東京都生まれ。71年慶應義塾大学文学部卒。同年阪急交通社入社。76年マドリード、ローマ、パリなど欧州に短期駐在。99年西日本主催旅行営業部長としてメディア販売の責任者となる。2000年取締役。02年常務執行役員。06年専務執行役員。08年副社長。10年4月から現職。

※朝日新聞に連載している、企業・団体等のリーダーにおすすめの本を聞く広告特集「リーダーたちの本棚」に、生井一郎さんが登場しました。(全国版掲載。各本社版で、日付が異なる場合があります)

広告特集「リーダーたちの本棚」Vol.35(2012年2月20日付朝刊 東京本社版)