都市を創り、育み、東京を、日本を元気に

 都市の大規模再開発事業を手がける森ビル。都内では、虎ノ門・六本木地区再開発事業や環状2号線再開発事業が進行中だ。アジアを中心とする海外展開にも目を向ける。今年6月に森ビル社長に就任した辻慎吾さんに話を聞いた。

──経営者として、今後目指すものとは。

森ビル 代表取締役社長 辻慎吾氏 辻 慎吾氏

 これまで東京は、アジアをリードする都市でした。それがいつしかグローバル企業のヘッドクオーターは香港やシンガポールに置かれるようになっています。このまま何の策も講じなければ、人も投資も海外に流出するばかりで、東京、ひいては日本全体が沈んでしまいます。そうした中で、改めて東京という街を見つめてみると、人口、エリアの広さ、治安の良さ、充実した飲食、人々のやさしさなど、ポテンシャルは十二分にあり、住環境や職場環境を整備し、規制緩和、融資制度、税制特例などの条件がそろえば、再び世界中から企業や人を集められる街へと成長していけると考えています。森ビルは、オフィス、住宅、交通、ホテル、文化施設など、さまざまな都市機能を立体的に集約し、新しいアイデアを生み出せるような場と時間を提供する「ヴァーティカル・ガーデンシティ(立体緑園都市)」を提唱し、六本木ヒルズや上海ワールドフィナンシャルセンターなどで実現してきました。こうした「都市を創り、都市を育む」という仕事を通じて、東京を、日本を再び元気にすることが、森ビルの社会的使命であると考えています。

──中国では上海ワールドフィナンシャルセンターなどの実績を残していますが、海外展開の展望は。

 グローバル企業やグローバルプレイヤーが集まる街づくりを「内なるグローバル化」とすれば、これと両輪でもうひとつのグローバル化、森ビル自身の海外展開も進めていきます。森ビルは1993年、現・森ビル会長で、当時社長であった森稔の英断で、中国での事業を開始し、上海、大連の都市計画に参画、上海ワールドフィナンシャルセンターなどを建設しました。そして、この事業を通じて中国の関係機関や企業と強い信頼関係を築いてきました。こうした経験と人脈は、今後のアジア展開に生かしていけると思っています。

 また、六本木ヒルズが展開してきた複合的な都市づくりの理念やノウハウは、海外から高い評価を受け、さまざまな国からコンサルティングを請け負っています。街の開発というハードばかりでなく、街の運営というソフトのノウハウも持つ企業は世界になく、この都市を舞台としたニュービジネスの創造にも力を入れていきます。

──辻さんは、六本木ヒルズの再開発で「タウンマネジメント」という新しい分野に取り組まれました。タウンマネジメントの内容について聞かせてください。

 タウンマネジメントの大きな特徴は、街のブランディングという発想です。街のブランド価値は、日本の京都やフランスのパリのように長い歴史によって育まれてきましたが、六本木ヒルズは、新しくできた街が一つの価値になるようにと、立ち上げ段階からさまざまな議論を重ねました。そして、街を構成する文化施設や店舗が連携して街づくりに参加できる仕組みが出来上がっていきました。六本木ヒルズには、森ビル社員、ブランドショップや飲食店の店員、ホテルスタッフなど数千人が働いています。オープンに際してはこの人々に研修を受けてもらい、コンセプトの共有をはかりました。その結果として街に一体感が生まれ、例えば森美術館までの道をたずねられれば、どの店のスタッフもきちんと答えられます。とてもうれしかったのは、オープン1カ月後に都内でアンケート調査を実施したところ、「六本木ヒルズ」という名前の知名度が99%にのぼったことでした。自治会を作って毎年お祭りを催すなど、一つのコミュニティーとして機能させることで、街の活気は一過性のものではなく、今も持続しています。六本木ヒルズはテーマパークに例えられることがありますが、テーマパークはファンによって支えられているのに対し、六本木ヒルズは、住む人、働く人、集う人によるコミュニティーに支えられ、街全体で情報を発信しています。こうした仕組みについて知りたい、研修を受けたいというニーズは年々増えていて、森ビル独自の売りになると考えています。

──ビジネス信条は。

 「オープンマインド」です。街づくりには、幅広い分野への関心と知識が求められ、自分も社員も常に勉強が必要だと思っています。少し脱線しますが、六本木ヒルズにある森美術館は現代アートの美術館で、僕は最初、現代アートの良さがよくわからなかったんです。でも、オープンから8年経った今は、「これ、いいな」と思えるものがあるんですね。さらに脱線しますが、街づくりは、ハードが完成してからが真の意味でのスタートで、六本木ヒルズがオープンした時は、喜びとともに恐さもありました。ただ、街を歩けば人々の笑顔が生まれている場所が立ちどころにわかって、「こういう場所が愛されるのか、ではもっとこんな仕掛けをしたらどうだろう」と、新しいアイデアが生まれてきます。僕は今も六本木ヒルズの中を歩き回っていますし、社員にもそうするように言っています。

 オープンマインドの話に戻りますが、既成概念にとらわれず、人の意見に耳を傾け、好奇心を持ち、変わり続けようとすることを大切にしたい。森ビルの歴史は挑戦への歴史です。常に新しいことにチャレンジしながら、森ビルの発展と、東京、日本の復権を目指していきたいと思います。

──愛読書を教えてください。

 『建築行脚』は、建築科で学んでいたときに親しみました。磯崎新さんの建築評論と篠山紀信さんの写真の取り合わせが絶妙で、建築の構造や物理を学ぶ硬めの専門書と違い、建物が持つ美しさや歴史を楽しむことができるシリーズです。

 『いい加減 よい加減』も好きな本です。著者の野村万之丞さんは、44歳の若さで病で亡くなってしまいましたが、公私共におつき合いのあった方で、狂言の世界でしっかりとした基礎を築いたうえで新しい芸術を創造しようとする姿勢をとても尊敬していました。食、日本語、教育、伝統芸能などテーマを自由に行き来し、野村さんの持論が軽妙な語り口で展開されていく1冊です。
特に心に残っているのは、「これからは、おもがる(重軽)の時代」という章。万之丞さんの御祖父・万蔵さんが、60歳を過ぎて洒脱(しゃだつ)さを身につけ、努力と真面目一辺倒の「重重」から、重いものを軽く演じることができる「重軽」へと変わっていったそうで、「新しい芸術へと進んでゆくその過程にはしっかりとした基礎があり、そこを突き抜けてこそ軽いものに到達できる」と続きます。万之丞さんもまさに「重軽」の人。難しいからこそあこがれる生き方です。

 もう1冊は、森ビル会長である森稔の著書『ヒルズ 挑戦する都市』です。社長として就任した自分が果たすべき第一の使命は、森ビルの街づくりの思想を受け継ぎ、発展させていくこと。「トップの信念や夢、それを形にした企業理念、そして道を踏み外さないための企業倫理がしっかりしていないと、会社は伸び続ける事ができない」など、本書に書かれた森会長の思想や理念は、自分にとって目指す方向であり、常に読み返していくバイブルのような存在とも言えます。

辻 慎吾(つじ・しんご)

森ビル 代表取締役社長

1960年広島県生まれ。85年横浜国立大学大学院工学研究科建築学専攻修了。同年森ビル入社。99年六本木六丁目再開発事業推進本部計画担当課長。2001年タウンマネジメント準備室担当部長。05年六本木ヒルズ運営室長兼タウンマネジメント室長。06年取締役 六本木ヒルズ運営室長兼タウンマネジメント室長。08年常務取締役 中国事業本部タウンマネジメント部長兼務。09年1月常務取締役 営業本部長代行兼務、12月取締役副社長 経営企画室・営業本部・タウンマネジメント事業担当。11年6月から現職。

※朝日新聞に連載している、企業・団体等のリーダーにおすすめの本を聞く広告特集「リーダーたちの本棚」に、辻慎吾さんが登場しました。(全国版掲載。各本社版で、日付が異なる場合があります)

広告特集「リーダーたちの本棚」Vol.28(2011年7月26日付朝刊 東京本社版)