今抱える問題に直ちに、未来に向けた課題に果敢に

 吉野家創業111周年という節目を迎えた昨年、持ち株会社吉野家ホールディングスの社長と兼任する形で、吉野家の社長に約2年半ぶりに復帰した安部修仁さん。「吉野家は今、大きな歴史の分水嶺(ぶんすいれい)にある」と社員に変革を求める。

吉野家代表取締役執行役員社長 安部修仁氏 安部修仁氏

――現場指揮に復帰以来、「分水嶺」という言葉を盛んに使っています。

 これまで吉野家では、「年商1億で年間1,000万円以上の営業利益。投資は年商の半分の5,000万円で、投資に対する利益リターンが2割以上」をミニマムなビジネスモデルとしてやってきました。ROI(投資収益率)でいえば、単純計算20%ということです。

 年商1億の店舗というのは、1日のお客様が700~800人です。少子高齢化が進む今後は、ファストフード市場全体は縮小します。供給過剰が常態化し、競合環境も変化する中で、1店平均の売り上げは放置すれば減ります。それでも私たちはROIがグローバルなビジネスモデルの基軸と思っていますから、現状以上を維持できるスキームにするには、端的にいえば売り上げは小さくなっても、技術革新や構造の転換で利益率を上げなくてはなりません。これが「分水嶺」で求められている、守備力の醸成(じょうせい)です。

 一方で、そういった構造の中でも、我々の独自性やビジネスバリューをいかに高め、単位あたりの売り上げをいかに上げるか、獲得客数を増やすか、という攻撃性も求められます。これはビジネスという戦場での相対評価として、優位性をもつ、あるいはお客様の新しい要請に応える自己革新を行う、ということです。二律背反のように聞こえるかもしれませんが、二つを両立することが、経営の課題です。

――売り上げが伸び悩んでいる店舗のボトムアップや、コスト構造の修正にも熱心に取り組んでいるようですね。

 まだ道半ばですが、「売り上げ2割アップ」という目標を掲げ、現状で12~13%増まできています。それとコスト構造の修正というのは、「人減らしをする」ということではありません。ハード面のオーバースペックもありますが、さらに大きな問題は過剰な常識観。年商1億を前提とする考えから変えてみるというのが、復帰以来の私の意識改革です。

 当社は体質的に発想の転換に慣れているのですが、それでも危機感は放っておくと、恐怖感に変わります。これは思考停止を呼びます。危機感を社員の問題認識、問題解決の意欲へと導かなくてはなりません。ただ、問題解決というと、総花的になりがちです。よほどセンスのいい社員でも、同時に解決できるのは三つまで。普通は一つできればいいのです。「それ以外のことはしなくていい」というのも、問題解決のマネジメントです。

 その際に重要なのは、「問題」と「課題」を取り違えないことです。問題というのは、過去から現在の時間軸で取り組むべきテーマです。一方、課題というのは、目標観が現在の延長ではない別の新しい水準をもっていることです。しかもそれに時限を切って、スピーディーに取り組むものです。普段通りでは達成できない高い目標に、期限を決めてチャレンジすること自体が、社内に活性を生みます。

――愛読書を教えてください。

 最近の本では、『文明の崩壊』(ジャレド・ダイアモンド著)が印象的な一冊です。本書では、過去のさまざまな文明の歴史を研究し、何をしたことが滅亡につながったのか、何が継続や繁栄につながったかが、詳細に解析されています。人間の長い歴史には、その時は必然的あるいは善意の行いだったものが、結果として自らを滅ぼしてしまうことがあります。この本はそのことを、立体感をもって表現していると感じました。

文/松身 茂 撮影/星野 章

安部修仁(あべ・しゅうじ)

吉野家ホールディングス 代表取締役社長/吉野家 代表取締役執行役員社長

1949年福岡県生まれ。福岡県立香椎工業高校卒。プロのミュージシャンを目指し上京。音楽活動のかたわら、株式会社吉野家でアルバイトとして勤務。その後、音楽の道をあきらめ、正社員として吉野家入社。77年には九州地区本部長を務め、同社倒産後の83年には取締役として経営参加。88年常務取締役。92年、当時42歳の若さで代表取締役社長に生え抜きで就任。2007年10月の持ち株会社化により、吉野家ホールディングス社長に就任。2010年4月より株式会社吉野家の社長を兼任。

※朝日新聞に連載している、企業・団体等のリーダーにおすすめの本を聞く広告特集「リーダーたちの本棚」に、安部修仁さんが登場しました。(全国版掲載。各本社版で、日付が異なる場合があります)

広告特集「リーダーたちの本棚」Vol.23(2011年2月21日付朝刊 東京本社版)