企業とは、社会の中核的存在

 バブル崩壊後、その深刻さがもっとも色濃く日本を覆った1998年に社長に就任。「後ろを振り返りたくなる心を奮い立たせてくれたのは、『経営者の役割は今日と違う明日を作ること』というP・Fドラッカーの言葉でした」。金融界の激変の歳月に立ち向かってきた高橋温氏は、金融市場に信頼回復が叫ばれている今こそ、「我々の時代」だと語る。

高橋 温さん 高橋 温氏

――昨年来の世界的な金融システム不安を、どう受けとめていらっしゃいますか。

 アメリカ的なマネー・キャピタリズムが経済の牽引(けんいん)者になったことは事実ですが、今日の問題の根本には、金融仲介業というもののポリシーを忘れ、金もうけの手段としか考えない集団が金融市場の姿を変えてしまったことがあると思います。今、求められているのは、金融を本来の姿に戻すことであり、その土台となるのは、社会からの信頼です。

 信託銀行である当社は、お客様の資産の運用・管理において、一貫して「信頼」をキーワードとしてきました。経済環境が悪い中で、運用面の成果を提供できていないという短期的な課題はありますが、長期的には我々の理念は間違っていません。むしろ時代の流れは我々のほうに来ているともいえますし、経営の柱である銀行、不動産、信託という三つのシナジーをより高めたサービス提供が、今こそ強みになっていくと思っています。

――社長時代から提唱されていた「7:3の仮説」は、金融界のみならず有名です。

 経営では、将来を予測することもありますが、予測して分かるのは7割程度まで。残りの3割は分からないものです。その未知の部分に自分の夢や能力を注ぎ込みながら、いかに挑戦するかが、職業人のロマンであり、企業にとっての活力になります。

 例えば利益についても、その7割は配当や給与など短期的な部分に充てなければいけません。ただ3割は企業が社会と共に歩みながら持続、成長していくための長期的な投資に配分しなければいけないと思っています。

――愛読書を紹介してください。

 ドラッカーの『現代の経営』です。当時の私は入社3年目の若手社員で、企業人としての自画像をまだつかめていませんでした。五里霧中で日々を過ごす中、偶然にも書店で手にとったのが本書であり、「企業とは社会の中核的存在」という定義に出会った時は、前途に光明を見いだした思いでした。今日に至るまでこの言葉は、銀行マンとしての自分の羅針盤となっています。

 ドラッカーによれば、「人は何かを、しかもかなりの何かを成し遂げたがる」ものです。人間を働きたがらないものと思うのは誤りであり、むしろ働く意欲をそいでいるのは組織だと彼は説きました。半世紀以上も前のドラッカーの言葉は、今も輝きを失っていません。普遍的な価値というのはそう大きく変わらない、ということでしょう。

文/松身 茂 撮影/星野 章

高橋 温(たかはし・あつし)

住友信託銀行 取締役会長

1941年、岩手県生まれ。京都大学法学部卒業後、1965年住友信託銀行に入行。東京支店、新橋支店勤務等を経て、1987年業務部長、1991年に取締役。1998年社長に就任。苦境が続いた金融業界にあって不良債権の処理を加速させ、2004年1月に公的資金を完済。財務体質立て直しに成功した。2005年に会長に就任。

※朝日新聞に連載している、企業・団体等のリーダーにおすすめの本を聞く広告特集「リーダーたちの本棚」に、高橋温さんが登場しました。(全国版掲載。各本社版で、日付が異なる場合があります)

広告特集「リーダーたちの本棚」Vol.1(2009年1月25日付朝刊 東京本社版)