ソーシャルメディアを通じて個人が情報発信できるようになった今、マスマーケティングだけで認知や販売動向をコントロールすることが難しくなっている。「マスメディアとSNSは相互作用を持つ」という見地からチーム研究を進めた法政大学経営大学院・イノベーション・マネジメント研究科教授・小川孔輔氏に、その成果と、「環(かん)メディア現象」という新しい概念について聞いた。
アーカイブ化とヒットの2段階法則が明らかに
──メディアとマーケティングの現状を、どのようにとらえていますか。
ネットが登場する以前のマーケティングは、自社の商品やサービスをマスメディアにうまく乗せることさえできれば、消費者の認知を獲得し、行動を予測することが概ねできました。ところが、スマホやSNSの普及が進んだここ10年、マスマーケティングだけで販売動向などをコントロールすることが難しくなっています。「予定調和の世界」が「制御不能の世界」に変わったことが、マーケターの悩みになっているようです。しかも、マスメディアとSNSの世界が分断された既存のメディア研究の枠組みでは、今までと異なる情報伝達メカニズムの解明が難しい実状がありました。そこで、総勢10人の大学研究者とマーケティング実務家で二つのチームを編成し、2年間にわたって研究を進めました。その結果、ヒットの予兆を見つけることが、ある程度可能になったことが明らかになりました。
──研究結果にある「環メディア現象」という概念はどのようなものでしょうか。
研究チームは、マスメディアとSNSの相互作用を媒介するメディア機能として「中間メディア」の存在を確認しました。ツイッター、フェイスブック、LINE、YouTube、Yahoo! ランキング、Google検索ランキング、2ちゃんねる、まとめサイトなど、一般的に「キュレーション・メディア」と呼ばれるものです。中間メディアでは、情報の格付けや選別が行われています。他方、マスメディア関係者にインタビューを実施したところ、コンテンツ制作や編集の過程で、中間メディアの情報を参考にしていることが確認されました。マスメディア、中間メディア、SNS、この3つのメディアが相互に作用し、情報拡散が急激に活発化する現象を「環メディア現象」と呼んでいます(図1、2)。
■図1「環メディア」の存在とその役割
■図2 各メディアの効果、役割、カタチ
出典:岩崎 達也・小川孔輔(編著)『メディアの循環「伝えるメカニズム」』(生産性出版、2017年)49ページ
── 「環メディア現象」のメカニズムについて教えてください。
「コンテンツ・ヒットの2段階」イメージ 出典:岩崎 達也・小川孔輔(編著)
『メディアの循環「伝えるメカニズム」』
(生産性出版、2017年)55ページ
情報のブレイクに至るまでのプロセスに共通する、いくつかの要因があります。一つは、人気が沸騰する前の初期状態で、コアなファン層が存在したことです。この関心領域を共有するコミュニティーを「コクーン(繭)」と名付けました。もう一つは、際立ったキャッチコピーや、著名人のお墨付きなどをきっかけにコクーンの殻が破れ、類似した関心を持つ隣接のコクーンに情報が拡散すること。さらに、マスメディアに取り上げられることです。この前提として重要なのは、後に人気が沸騰する事象に対する記事やツイート、写真や動画などがアーカイブ化されて蓄積されていることです。個人は検索サイトや動画投稿サイトを通じてアーカイブにアクセスできるので、「ヒットの後乗り」ができるわけです。したがって、ヒット曲線はきれいな一山ではなく、後乗りの山ができることになります(図3)。第一の山はコクーンが破裂する時、第二の山はマスメディアに取り上げられ、趣味や世代の違いを超えて情報が伝播(でんぱ)する時。この現象を「コクーン・ブレイクモデル」と呼んでいます。
SNSの盛り上がりをマスメディアが後押し
── 従来のヒット現象と「環メディア現象」の大きな違いとは。
ヒットするネタが、コピーライターやクリエーターの産物ではなく、個人の自由な送受信、いわゆる「情報の民主化」の産物だということです。例えば、「保育園落ちた日本死ね」という言葉が大きな話題を呼びました。起点は匿名のブログでしたが、ツイッター上で「保育園落ちたのは私だ」というハッシュタグ(検索ワード)などができ、投稿が相次ぎました。数日内には中間メディアのネタになりました。この時点でブレイクの予兆が明らかにあったのです。さらに、新聞やテレビニュースで話題になったことで、国会でも取り上げられ、流行語大賞にノミネートされるまでになりました(図4)。
── マーケティング実務上の示唆や、その観点で注目した企業や商品の事例について聞かせてください。
ソーシャル上に魅力的な話題を提供し、企業や商品のファン同士が草の根的につながれるコミュニティー(コクーン)を形成することです。ただ、成功している企業は、ナイキやスターバックスなど米系企業に多く、日本にはまだ少ない印象があります。
日本の企業では、例えばサントリーの「レモンジーナ」「ヨーグリーナ」は、サンプリングなどマーケティング的な努力が大ブレイクに貢献したケースと考えています。いずれの商品も「オランジーナ」「南アルプスの天然水」という親ブランドが存在し、一定のファン層がついていたこともヒットの要因として注目しています。
── ソーシャル環境下におけるマスメディアとの連携、とりわけ新聞広告の役割についてどのように考えますか。
新聞広告は、商品の詳細が載せられるので、機能性表示食品など、説明が必要な商品の告知に適していると思います。最近では『この世界の片隅に』の新聞広告が印象に残っています。小規模公開に始まったアニメ映画がSNSやクチコミで広がり、マスメディアがそれを取り上げて人気に拍車をかけました。新聞広告の強みは、情報がオーソライズされていることです。また、紙面を撮影してSNS上に載せたり、紙面を取っておいて何度も見返したり、複数で読み回せるなど、反復性や共有性があります。さらに、紙面の大きさが強烈なインパクトとなることもあります。例えば、解散直前の「SMAP」に対し、ファンが資金を募ってメッセージを送った新聞広告は、大きな話題を呼びました。
「参加性」 など三つの要素がメディア間の相互作用を促す
── メディア間の相互作用を促す上で大事なこととは。
いくつかあって、一つはコンテンツの「わかりにくさ」です。例えば、『この世界の片隅に』や、アニメ映画として同じく話題を呼んだ『君の名は。』は、複数回みた人が多い。なぜかと言えば、一回観ただけでは映画に込められたメッセージのすべてがわかりにくいからです。マスメディアは、その「わかりにくさ」を補い、情報拡散に貢献しました。もう一つは、いろんな角度から語れる「多様性」です。『この世界の片隅に』も、日本の原風景、原爆、声優を務めたのんさんの芸能界復帰など、複数の話題が広く知れわたりました。もう一つは「参加性」です。「保育園落ちた日本死ね」といったコピーを始め、「二次創作」も伝播の要因となります。例えば、相模屋食料がガンダムをモデルにして作った「ザクとうふ」は、購入者がとうふでジオラマを作って投稿し合い、SNSで盛り上がりました。「わかりにくさ」「多様性」「参加性」に複数のメディアがからみ、アーカイブ化され、検索され、再訴求される。こうした現象は、「環メディア」を語る上で極めて重要なポイントだと思います。
── マーケターへのメッセージをお願いします。
研究チームは、環メディアとコクーン・ブレイクの現象を数理的に突き詰め、シミュレーションモデルとして可視化しました。コンテンツヒットの現象には、「コクーン」の存在と「コクーン・ブレイク」、コクーンとメディアを結びつけ、情報を繰り返す「環メディア」、そして「アーカイブ化」と「情報検索」による蓄積の再利用が必要です。研究では、これらの作用によって、複雑なコンテンツヒットの様子が再現されることを、コンピューターグラフィックスで示したのです(図5)。メディア環境は日々変化し、それに応じて将来の「環メディア現象」も変化していくと考えます。しかし、現時点では画期的な方法論であり、マーケティングサイエンスに新しい地平を開いたのではないかと、私たちは考えています。マーケターの皆様にも参考にしてもらえたらと思います。
■図5 コンテンツ・ヒットの3要素のシミュレーションモデル化
出典:小川孔輔「ソーシャルメディア環境下での情報伝播・拡散のメカニズム分析とシミュレーションモデルの提示」
(吉田秀雄記念財団『平成27年度吉田秀雄記念財団助成研究報告書』2016年)21ページ
法政大学経営大学院イノベーション・マネジメント研究科教授
1951年秋田県生まれ。1974年東京大学経済学部卒業。1978年東京大学大学院中退。1982年~1984年米国カリフォルニア大学バークレー校客員研究員、1986年法政大学経営学部教授を経て現職。他に、日本フローラルマーケティング協会会長。近編著に、『メディアの循環「伝えるメカニズム」』(生産性出版)。