社会課題の意味づけを「ポジティブ」に変換する仕掛けが生活者の意識を変える

 企業の社会的責任がますます重みを持ち、SDGsといった社会課題の解決に向けた取り組みが期待されている。博報堂ブランドデザイン副代表・兎洞武揚氏に、社会価値ブランディングが注目されている社会的背景や、社会価値向上を目指すブランディング戦略のありかたを聞いた。

環境や社会格差など社会課題は経済成長と同時に解く時代に

──社会価値ブランディングが注目されています。その実情をどのように捉えていますか。

兎洞武揚氏 兎洞武揚氏

 社会価値ブランディングは、とても難しいテーマです。全世界で悩みながら進めている段階だと思います。ポイントは、経済成長は大事なことですが、今のままでは「環境」と「社会格差」という二つの側面で持続可能ではないことです。これまでは、経済成長をしながら、環境負荷を減らし、さらに社会格差をなくすことは「解けないパズル」だと諦められ、ふたをしてきました。けれども、今は「解かなければいけない時代」になったのだと思います。

 その契機となったのが、2015年9月25日に国連サミットで採択された「SDGs」ではないかと思います。SDGsには、経済成長と環境、社会格差の問題を17のゴールに全て組み込みました。要するに、持続可能な社会を実現するためには、経済成長と環境、社会格差は同時に解かなければいけないと設定したのです。

──企業の意識改革は進んでいるのでしょうか。

 社会価値ブランディングに対して、企業は大まかに三つのグループ(A,B、C)に分けることができると考えています。

 まず、グループAは「社会課題は企業価値を高めいく上での源泉で投資すべきである」と考えている企業。CSV経営にシフトするためのありがたいテーマだと捉えて、実行に移しています。ユニリーバが2010年から取り組んでいる「ユニリーバ・サステナブル・リビング・プラン」は、その好例の一つです。

 グループBは「社会課題の解決はコストやリスクになるが、宿題だからやらないといけない」と捉えている企業。日本企業の多くが属するグループです。

 そして、グループCは、「社会課題は公的機関やNPOが考える問題であり、利益を追求することが企業の役割」と考える企業です。

 博報堂としての社会価値ブランディングは、得意先が経済的なインパクトと社会的なインパクト、双方を達成するために支援していくこと。グループAはもちろん、グループBからグループAを目指す企業をサポートしていき、自らもグループAでありたいと考えています。

──社会価値ブランディングの具体的な事例を教えてください。

「それ、フードレスキュー」の値引きシール 「それ、フードレスキュー」の値引きシール

 博報堂が手掛けている事例になりますが、世の中を良くすることと経済を回すためのプログラム「bemo!(ベモ)」があります。社会課題は複雑なテーマなので、一つのセクターでは解決できません。そこで、企業をはじめ、政府・行政、NGO、NPO、研究機関など様々なステークホルダーが一つのチームになり、社会課題の全体像が見えるように、バリューチェーンをすべてたどるフィールドワークを行うプログラムを構築しました。その上で成果を考え、事業化するという内容です。フードロスや教育、人材、子育て、SDGsなど、さまざまなテーマに取り組んでいます。

 社会課題の問題を考えるとき、どうしても否定形になりがちです。それをポジティブな意味づけにすることが、事業化を生み出すポイントになります。例えばフードロスの問題も「食べ物を捨てたらいけない」と否定するのではなく、余った食べ物をどうするかポジティブに考えるのです。2016年5月23日より本州・四国の「イオン」「イオンスタイル」の各食品売り場で実施した「それ、フードレスキュー」という活動もその一つ。消費期限などが迫った商品から順番に買い、食べることはフードロスの削減につながるというメッセージを「値引きシール」に加えることで、値引き商品を買うことに、より積極的な意味合いに変えていこうという取り組みです。

 目指しているのは、コミュニケーションによる、事業化モデルを生み出すこと。今は、収益化する方法を真剣に考えている段階です。

──社会価値ブランディングの今後について。どのように変わっていくと考えますか。

■企業にとってのSDGsのインパクト 企業にとって、ESG投資、グローバル市場でのレピュテーション獲得、CSR/統合レポートなどでの説明責任としても、スタンダードになりつつある。

 企業の努力だけではなく、投資家との結びつきにも変化が出てくる可能性があります。注目しているのがESG投資です。年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が国内株式を対象にESG投資に乗り出すことを発表しました。ESG投資が増えてくれば、経済的側面だけでなく、社会的、環境的側面へも責任を果たす「トリプルボトムライン」を実現できているかどうかも、企業の指標になる可能性があります。そうなってくると企業の情報発信の仕方も変わってくるはずです。

 企業とNGOの連携は、課題の一つです。企業はNGOと連携するスキームを作るべきだと思います。海外のNGOと企業はぶつかり合いながら、いい結果を生み出すことも少なくない。それが世界的な慣例になることもあります。

 そして、なによりも大切なのは、生活者を巻き込むこと。生活者に選ばれるようになれば、企業も変わるからです。私たちは、投資家と企業、企業と生活者、NGOと企業、そのつながりをコミュニケーションやマーケティングという視点で課題解決に貢献していきたいと考えています。

──新聞に期待すること、役割とはなんでしょうか。

 ESG投資など企業を評価する指標が変わってくると、企業は社会課題を解決しながら利益を出していることをアピールする必要が出てくるはずです。そうなったとき、メディアとの付き合い方や新聞社のありかたも変わってくる可能性もあります。深掘りして多層的なコミュニケーションができるのは、新聞だからこそできるアプローチです。記事はもちろん、暮らしの中で知っておきたいさまざまな情報を生活者の視点に立ってわかりやすく紹介、解説する様々な広告企画なども展開されています。企業は生活者に情報を届ける上でも、信頼性の高い新聞広告を活用して、自社の活動をアピールすることは大事なことだと思います。新聞社は報道や新聞広告で生活者の意識づけを変えることができる重要な立ち位置になると期待しています。

bemo! bemo!

 ベモというネーミングは、インドネシアの「乗り合いバス」という意味。ステークホルダーが一緒に乗り合って考える、という思いが込められている。「bemo!」を活用し、実践されているプロジェクトの詳細はホームページで公開している。
https://h-branddesign.com/service/bemo/

兎洞武揚(うどう・たけあき)

博報堂ブランドデザイン 副代表

1992年博報堂入社。企業の今後の在り方として、経済インパクトと社会インパクトの双方を創出する進化に強い関心を持ち、マルチステークホルダープロセスによるソーシャルイノベーションの実践プロジェクト「bemo!」を立ち上げる。 主なプロジェクトとして、フードロスチャレンジプロジェクト、未来教育会議、SDGs OPEN 2030 PROJECTなど。