計り知れない力があるファンのクチコミ コミュニティーづくりに欠かせぬメディアの影響力

 コミュニティーマーケティングやファンマーケティングに注目が集まっているとはいえ、日本企業での本格的な取り組みはまだまだこれから。そこでファンのクチコミやコミュニティーを重視したマーケティングを支援するアジャイルメディア・ネットワークの徳力基彦氏に、その可能性と課題を伺った。

──コミュニティーマーケティングやファンマーケティングが注目されている背景について教えてください。

徳力基彦氏 徳力基彦氏

 ソーシャルメディアの普及により、一般ユーザーのクチコミの影響力が飛躍的に増したことが大きいですね。昔からマーケティングにおいてクチコミは重要だったのですが、その影響力は限定的なものでした。しかしSNSの時代になり、クチコミが広がるスピード、範囲が一気に増し、その影響力が大きくなりつつあります。その象徴が昨年の映画『カメラを止めるな!』のヒットです。あの作品は、通常の映画のような莫大(ばくだい)な広告投資なしに、SNSなどのクチコミの力によって大ブレークしました。これまでの常識では考えられなかったことです。

──広告ではなく、ファンが作品の認知を広げてくれたわけですね。

 従来のマスマーケティングは、新規顧客の獲得のために、莫大(ばくだい)な予算を投下して大量の露出をし、大きな認知を取ることを目的としていました。重要なのは大量のリーチです。いっぽうコミュニティーマーケティングやファンマーケティングで重要なのはエンゲージメントです。分かりやすくいえば熱量、感動、共感です。『カメラを止めるな!』では当初、上映後の劇場で監督や出演者が舞台挨拶(あいさつ)をし、写真撮影を許可してSNSでの拡散を奨励しました。さらに投稿に対して、監督や出演者がこまめに「いいね」やコメントをつけていました。通常の映画でそこまでされることはないですよね。映画の内容ももちろんですが、そうした行為にも観客は感激し、熱烈なファンになっていったようです。観客を文字通り感染者にできたことが、ヒットの最大の要因です。

ファンに情報発信してもらうか 情報発信する人にファンになってもらうか

── 単にリーチ数を追うのではなく、共感を得て、ファンになってもらうことが重要なのですね。

 ただそうやってお客さまとコミュニケーションをとり、ファンをつくるには、面倒で地道な作業が必要です。これまでマスマーケティングで効率的に新規顧客を獲得し、売り上げを伸ばしてきた日本の多くの企業にとっては、とても非効率な取り組みに思えるでしょう。そもそも多くの日本企業には、既存顧客とコミュニケーションをし、コミュニティーをつくって活性化するための部署がありません。よってそのための予算もないのです。

──最近ではデジタルマーケティングの部署が、ソーシャルメディアのアカウントをつくった結果、既存顧客とのコミュニケーションを担うケースが増えているようです。

 そうですね。でも実は多くの日本企業のデジタルマーケティング部署と、コミュニティーマーケティングやファンマーケティングの相性は非常に悪いのです。デジタルマーケティング部署はあらゆる施策の効果を数値化し、より効率的な施策へと徹底的にPDCAを回す傾向が強いのに対し、コミュニティーやファンづくりは効果を数値化しにくいからです。そういった意味では、ファンやコミュニティーづくりは、顧客と向き合うべきブランドマネジャー的なポジションの人が推進したほうが上手くいく印象もあります。またカルビーの「じゃがり校」にみられるように、最初はファンによるクチコミ効果を期待するよりも、まずは商品に関する顧客の声に耳を傾け、商品を一緒に考えるような「共創」の発想で始めたほうが長続きすると思います。

マスの認知よりも、ひとりの気持ちが動くかどうかを重視する

──即効性を求めず、長期的な視点で取り組むことが大事だと。

 ただコミュニティーマーケティングやファンマーケティングの効果はデジタルの数値ではまだ可視化しにくいですが、立体的に考えれば投資対効果は高くなりやすいとも言えます。例えば「ネスカフェアンバサダー」では、本来であれば社員が担うべき業務をお客さまが喜んで行ってくれています。「共創」と呼ばれるようにお客さまが企業と一緒に商品を改善したり、世の中に広めたりするために貢献してくれれば、企業にとっての価値は大きいものになります。うまく機能すれば、広告やマーケティングだけでなく、リサーチや商品開発、営業やサポートなどのコスト削減にもつながります。いずれはそのような効果もある程度可視化できるようになるかもしれません。

──貴社が提唱しているアンバサダープログラムとはどのようなものですか。

 商品やサービスのファンやアンバサダーを軸に、クチコミが拡がる仕組みを模索していくマーケティング手法です。インフルエンサーマーケティングと違うのは、影響力よりファン度を重視していることです。どんなに影響力のあるインフルエンサーでも、自分が好きでもない製品をすすめていることは、消費者に伝わります。場合によっては「やらせ」として炎上します。消費者の心を動かし、購買に結びつくのは、自腹を切ってその商品を買い、実際に使い、その良さを実感しているファンの声です。ですからアンバサダープログラムでは、10万人に影響力があるインフルエンサーより、100人とつながっているファン1,000人を大切にしたコミュニティーづくりを行っています。

──アンバサダープログラムは朝日新聞の広告特集紙面「Bon Marché/ボンマルシェ」でも活用していますが、メディアがコミュニティーをつくることの意義をどうとらえていますか。

徳力基彦氏

 メディアにとっても、広告主にとっても非常に有益なことだと思います。日本のメーカーにとってのお客様は流通や小売りで、消費者との直接の接点をもっていません。個人情報保護法の影響もあり、キャンペーンなどで集めた貴重な顧客データも捨てがちです。そこでまずは新聞や雑誌などの読者コミュニティーを、自社の製品やサービスのために活用する、と言う発想も有効です。とくに新聞読者は社会的なリテラシーが高く、ある程度の経済力をもっています。そのようなクラスターとつながれる価値は、企業にとって非常に大きなものがあるでしょう。またSNSのクチコミは、マスメディアとの組み合わせで、より大きな影響力を持ちえます。最近は新聞広告のようなアナログの広告の方が、SNSで拡散されやすい傾向もあります。今後は、ファンのクチコミを新聞の広告企画と組み合わせることで効果を上げるような取り組みも増えてくるでしょう。アンバサダープログラムと新聞の相性は、非常に良いと思います。

徳力基彦(とくりき・もとひこ)

アジャイルメディア・ネットワーク アンバサダー/ブロガー

1972年生まれ。NTTにて法人営業やIR活動に携わった後、2002年にアリエル・ネットワーク入社。情報共有ソフトウェアの企画や、ブログを活用したマーケティング活動に従事。2009年2月アジャイルメディア・ネットワーク代表取締役。ネットマーケティングに関する複数の執筆・講演活動を行っている。個人でも「tokuriki.com」「ワークスタイル・メモ」等の複数のブログを運営するなど幅広く活動。著書に『デジタル・ワークスタイル』、『アルファブロガー』など。