クリエーティブの力でより良い世界をつくりたい

 2016年に渡英、ロンドンのクリエーティブエージェンシーで約5年間の海外勤務を経験するなど、国内外で活躍を続ける電通のクリエーティブディレクター 武重浩介氏。グローバル視点で見た日本の広告業界や、ご自身が数多く手がけてこられた社会課題解決型の広告と新聞の相性についてうかがいました。

社会課題への向き合い方が異なる日本と欧州

──海外のクリエーティブエージェンシーに長く在籍されたご経験から、海外と日本の広告の違いをどのようにお考えでしょうか。

 大枠は一緒だと思います。例えばDXや顧客のデータベースを広告にどう生かしていくかなどは、国を問わずクライアントの大きな関心事ですし、広告会社のビジネスもこうした方向にどんどんシフトしています。
 その上で、私が違いを感じた点は2つ。1つ目は、ヨーロッパで大きなキャンペーンを展開する際には多数の国で共通のコンセプトや素材を使用すること。国によって文化、歴史、言語、宗教などが違う中で、同一コンセプトでキャンペーンを展開するのは簡単ではありません。シンプルで力強いメッセージが必要になります。一方日本は国内のマーケットに向けて主に日本語で、日本に特化したコンテンツを作っています。だからこそ受け手に解釈してもらうリテラシーが必要なハイコンテクストな表現でも通用するのだと思います。
 2つ目は、ヨーロッパではビジネスと同じくらい社会課題への向き合い方が重視されている点です。例えば、ヨーロッパは環境への配慮からガソリン車やディーゼル車からEVへのシフトも早くから行われてきましたし、GDPR(EU一般データ保護規則)により個人情報の扱いも厳格です。

──海外で手がけられた数多くの仕事のなかで、印象に残っているのはどのような広告・キャンペーンでしょうか。

 ロンドンでは日系企業などのグローバルキャンペーンを中心に手がけました。個人的に面白かったのは、JFOODO(日本食品海外プロモーションセンター)が日本酒を海外でプロモートしたキャンペーン。イギリス、フランス、北米で展開したのですが、日本酒と現地のフードをペアリングして楽しんでもらおうというコンセプトを基に、日本酒の消費を促進するアイデアを考えました。日本人が考えたことを英訳するのではなく、現地の生活者目線でクリエイティブアイデアを構築していきました。たとえば「FOR CHEESE,SAKE」というコピーをつくりましたが、そこには「チーズに酒が合う」という意味だけでなく、「チーズのために(チーズ・セイク)」という洒落を効かせた意味を持たせています。細かいことですが、こういった英語ネイティブに興味をもってもらうアイデアを積み上げていく取り組みは、現地で生活したからこそできたことでしたし、とても学びの多い経験でした。

 コロナ禍でイギリスの国営医療機関の総称であるNational Health ServiceNHS)を応援する活動をお手伝いしたことも印象に残っています。医療従事者を応援するロンドン市民のありのままの姿をプロのフォトグラファーが撮影し、コロナ禍でキャンセルになった屋外広告の空き枠に掲載しました。ロックダウンに入った当初で、社会の先行きが見えない中どんなメッセージングにすべきか難しい状況でした。そこで、あえてコピーを入れずに写真のもつエモーショナルなパワーで表現することに振りきり、共感を得られた手ごたえがありました。社会課題を解決するために何をどう表現すべきか、そしてその表現は、その企業の実態との整合性がとれているか?を丁寧に紐解くことが大切だと改めて感じました。

──社会課題解決型広告という分野に置いては、ヨーロッパと日本に差があるのでしょうか。

 欧州では社会課題と一般の人との距離が近い気がします。おそらく日常的にテロがあったり、難民問題やホームレスが多かったりするなど自分に身近なところで社会課題に直面している人が多いからではないでしょうか。そういった意味で日本は多少異なる環境とはいえますが、近年はデジタル化によって世界が均一化している、とも思います。どの地域でも企業姿勢が購入に大きく関与する時代、社会課題に向き合う姿勢で欧米との差はなくなってきていると思います。
 僕らの仕事の先には、何かしら社会をよくする活動がほしいと日々思っています。基本的には社会課題解決型の広告を作るのが好きですし、日本でもさらに増えてほしいと思っています。

──日本で社会課題を解決する広告が増えていくためにはどのようなことが求められるのでしょうか。

 商品やサービスがどうすれば売れるのかを突き詰めていくと、おのずと社会課題を捕まえないとコミュニケーションがうまくいかない時代になっていると思います。プロダクトインサイトとターゲットインサイト、社会的インサイトをうまくつなげて戦略を作って行くのは、クリエイティブ戦略を考える上でベーシックなアプローチですが、社会的インサイトは今後より重要になってくると思います。

新聞は社会課題を語る際の親和性がもっとも高い媒体

──社会課題解決型の広告において、新聞の位置づけや役割をどのようにお考えでしょうか。

 個人的にも新聞はとても好きな媒体です。まずそもそもの成り立ちや核がジャーナリズムであり、その他の媒体と比較しても社会課題との相性が際立っていると思います。信頼性や正確性が高いのでソーシャルを含めたバズの起点にもなっている。僕自身も海外で情報を集めたいときは新聞社のサイトを最も参考にしていました。
 毎日発行され、日付が明確であることも他メディアにはない特徴です。メッセージを最適なタイミングで発信できるので、PRの起点をつくりたいとき、ここぞという日に発信したいときは新聞をベースにするーこの特性は欧州も日本も変わりません。

──これからの新聞に期待するのはどのようなことでしょうか。

tageshige_profile
武重氏

 新聞の紙媒体としての価値は唯一無二、と言えると思います。世の中がデジタル化している今だからこそ、紙としての価値が再発見されてしかるべきでは、と感じています。
 人それぞれ価値観に違いがありますが、街中や電車でほとんどの人が小さなスマホの画面を見ている姿はちょっと滑稽で、生活の中における行動としては貧しいような気も。朝自宅でコーヒーを飲みながら新聞を広げ、その日のニュースについて家族で会話をするーそんな時間が今はむしろ貴重で豊かといえるのではと感じます。
 また、新聞社のプラットフォーマーとしての役割にも期待しています。各都道府県に支局などのネットワークがあり、有識者とのつながりもある。場所や団体、人をつないで何か新しいソリューションや価値を作っていく可能性があると思います。そしてデジタルとアナログの融合も今後楽しみな分野のひとつ。新聞社の持つ莫大な情報とAIをかけあわせたら何が生まれるのか―可能性は無限大だと思っています。

──若手クリエーターや、クリエーターを目指す方々にメッセージをお願いします。

 今はクリエーターの定義自体が多様化していますが、これはすごくよいことだと思っています。今までの定義にはまることなく、好きなことや興味のあることを追求することが近道。肩書にとらわれずに好きなことを追求すれば道は開けてくると思います。

──今後は日本で活動されるとのことですが、今後手がけてみたい領域やビジネスについて教えてください。

 僕自身も今までの広告クリエーティブのビジネスの枠組みにとらわれず、海外で得た知見を活用しながら新しい領域に挑戦したいと思っています。事業開発、ビジネスデザインやブランディングのフィールド、UXUIデザインを含めて、今までの広告領域に縛られずにもっと広い領域を切りひらいていきたいですね。

武重 浩介(たけしげ・こうすけ)

電通 クリエーティブディレクター


電通入社後、日本・海外で6年間の営業職を経て、クリエイティブ局に転局。クリエイティブ・ディレクター/コピーライターとして国内外で、ブランディングから広告キャンペーンまで実績多数。2016年より5年間ロンドンのmcgarrybowenにクリエイティブ・ディレクターとして勤務。数多くのグローバルクライアント業務に携わり、グローバル/欧州/USを対象にしたキャンペーンを現地スタッフとともに企画実施。CANNES LIONSD&ADなど海外広告賞受賞。東京コピーラーターズクラブ会員。2016年カンヌライオンズ審査員。