「人間拡張(ヒューマン・オーグメンテーション)」

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人間拡張、またはヒューマン・オーグメンテーション(Human Augmentation)とは、人間の能力をテクノロジーによって増強・拡張させる技術や、人に寄り添い能力を高めるシステムなどを総称する概念。たとえばAI、ロボティクス、VR/AR/MRなどを組み合わせて身体機能や感覚機能を拡張したり、分身ロボットなどを通じた感覚共有などを通じて人間の存在を拡張するなど、さまざまな領域への応用が研究されている。

人間のあらゆる能力を拡張する「人間拡張」とは

 人間拡張とは、人間の能力を拡張するテクノロジーの総称である。人間拡張に含まれるテクノロジーは多岐にわたるが、おおむね「人間とデバイスの一体化」と「人間の能力の拡張」という2つの共通点があり、人間の可能性を劇的に広げることを目的にしている。

 たとえばスマートグラス、ヘッドマウントディスプレイ、パワードスーツなどを装着することによって人間の能力を補うテクノロジーなどはイメージしやすいだろう。フィクションやSFの世界だと、身につけることで超人的パワーを発揮できる『アイアンマン』や『バットマン』のスーツ、人間が搭乗して動かす『パシフィック・リム』や『機動戦士ガンダム』のロボット、特殊な衣服を着たりサイボーグ化することで身体をカメレオンのように見えなくする『攻殻機動隊』の光学迷彩などは、一種の人間拡張と言える。

 いま人間拡張が注目されている理由のひとつが、日本などの先進国における少子高齢化問題だ。日本の生産年齢人口比率は2050年に全人口の50%程度まで減少するとの予測もある中で、一人あたりの生産性を向上させることが大きな解決の糸口になり得る。人間拡張テクノロジーをうまく活用できれば、人間がいまの能力以上の生産性を発揮できるようになったり、働く意欲のある高齢者や障害者の方々がもっと働けるようになる可能性がある。そのことで、より少ない人間でより多くの価値を生み出し、豊かな社会の実現に大きく寄与するかもしれないと期待されている。

人間とデバイス、コンピューターなどがつながることで広がる可能性

 そもそも、すべてのテクノロジーは何らかの意味では人間拡張という側面を持つ。たとえば顕微鏡・望遠鏡などが発明された17世紀ころから人間拡張という概念は存在したとも言われている。もっと広義に捉えれば衣服、メガネから自転車、自動車、飛行機、そしてパソコン、スマートフォンまであらゆる道具や機械は、人間の能力を拡張する目的で使われている。エディンバラ大学哲学教授のアンディ・クラーク氏によれば、言語(特に書き言葉)すら、思考の効率的な貯蔵、伝達を可能にする人間拡張テクノロジーだと定義できるという。

 昨今注目を集めている人間拡張がこれまでと異なるのは、ロボットやデバイスなどの機械工学、インターネットなどの通信技術、AI(人工知能)などのソフトウエア技術などの進化によって、人間と機械をより一体化させて人間の能力を劇的に向上させることを目指している点だ。いままでにない身体能力の向上という文脈で、ロボットなどの「デバイスと人間」がつながることでシームレスに動く状態を人馬一体になぞらえた「人機一体」という概念が登場している。また「コンピューターと人間」がつながることで能力の拡張を目指す用語として「IoB(Internet of Bodies:身体のインターネット)」「IoH(Internet of Human:ヒトのインターネット)」「IoA(Internet of Ability:能力のインターネット)」などの概念も提唱されはじめている。

身体拡張と存在拡張による、社会課題への新たなアプローチ

 人間拡張は、人間の身体や感覚(五感や脳機能など)を拡張する「身体拡張」と、ロボットなどの別の身体と感覚共有したり操作することで物理的な存在の制約を越える「存在拡張」という2つに大別できる。

 身体拡張の分野では、パワードスーツやスマート義手などで文字通り身体機能を拡張する技術、スマートグラスやウェアラブルデバイスなどとVR(仮想現実)/AR(拡張現実)/MR(複合現実)などを組み合わせて感覚機能を拡張する技術などはイメージしやすい。最近では、脳機能を拡張する研究も進み始めている。

 たとえばイーロン・マスク氏が2016年に創業したニューラリンク社は、ヒトの脳とコンピューターをつなぐ「ブレイン・マシン・インターフェイス(BMI)」の開発に取り組んでいる。デバイスを脳に埋め込むことで、まずは脳の障害などで意思伝達に困難が伴う人などを対象に、思考するだけでコンピューターに文字を直接入力できるシステムの開発を目指している。また将来的にはこのシステムで記憶喪失、脳卒中、中毒症状などのあらゆる神経疾患の改善に役立てるといったことや、ユーザーの健康状態をモニタリングして、例えば心臓発作を起こしたら警告を発する技術などの開発まで視野に入れているという。

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▲ニューラリンク社が2019年に発表したデバイス(左)と、2020年に発表した改良型デバイス(右)

高齢化社会やコロナ禍の社会課題と、分身ロボットによる存在拡張

 もうひとつの存在拡張の分野では、分身ロボット(アバターロボット)技術などが注目されている。テレプレゼンス、テレイグジスタンスなどとも言われるこの技術は、遠隔地にいるロボットやデバイスなどに人間がログインすることで、まるで別の場所に存在しているような状態をつくりだすことを指している。

 たとえば、吉藤オリィ氏が2012年に創業したオリィ研究所は、遠隔地から操作できる分身ロボット「OriHime」「OriHime-D」と、障害者の方が視線操作でこれらを操作できる「OriHime-Eye」などの多種多様なインターフェイスを開発している。筆者が担当した同社の「分身ロボットカフェ DAWN ver.β」では、これらの技術を使って障害者の就労支援につなげるための社会実験として、さまざまな障害者の方が遠隔地から接客してくれるカフェを期間限定でオープンした。

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▲オリィ研究所「分身ロボットカフェ DAWN ver.β」では、遠隔地の障害者が操作する分身ロボットがカフェで接客を行う。

 人は誰でも将来「寝たきり」になる可能性がある。この分身ロボットカフェでは「寝たきりの、先へ行く。」というコンセプトを掲げており、あらゆる人が分身ロボットを使って自由に移動したり社会参加ができる未来づくりを目指している。日本における高齢化や寝たきり人口増加などの課題や、コロナ禍における移動や外出の制約などの課題に対して、分身ロボットなどの人間拡張テクノロジーは相性がよいため、今後の技術開発や社会実装の進歩によるさまざまなイノベーションが見込まれている。

人間拡張テクノロジーの社会実装には、マーケティングが必要不可欠

 このように人間拡張テクノロジーの一部は、実用化や社会実装のフェーズに入りつつある。人間拡張はその領域が広く、まだ開発フェーズの技術が多いのも事実だ。しかし昨今の技術の発展スピードはめざましい。人間拡張テクノロジーを社会実装することで解決できる社会課題も急速に増えてきている。そして社会実装には、マーケティングやブランディングの力が必要不可欠になる。

 これらの動向に注目しつつ、社会課題の解決や自社の課題を解決するために人間拡張テクノロジーをどう取り込んでいくのかという視点が、今後マーケティング担当者にも求められていくだろう。

<参考文献・引用文献>
小塚仁篤(こづか・よしひろ)
小塚仁篤氏

ADKクリエイティブ・ワン SCHEMA クリエイティブ・テクノロジスト

2009年ADK入社。デジタルのプランナーを経て、2013年よりクリエイティブ・テクノロジスト。統合型コミュニケーションをはじめ、AR・IoT・AI・ロボットなどのテクノロジーを活用したプロダクト開発・サービス開発などを手がける。