ディレクションを担当した朝日新聞社の西田悠亮と、クリエイティブ全般を手掛けた株式会社DEの松木啓氏、そして、クリエイティブの根幹となるオリジナル漫画を描いた漫画家のうえはらけいた氏の3人に、企画立案の経緯や反響などを語ってもらった。
関東大震災から100年が経過したいま、新聞社ができること
──今回の企画のきっかけを教えてください。
西田:関東大震災からちょうど100年のタイミングで、防災意識を改めて高めていくために何かできないか、というところからはじまりました。「これがやりたい」という明確なイメージがあったわけではありませんが、DE社さんや漫画家のうえはらけいたさんにもご協力いただいて、少しずつ企画を練り上げて行きました。
松木:最初に浮かんだのは、この100年で培ってきた知恵や技術、いわば人類の叡智を結集させれば、再び大震災が起きても、もしかしたら被害を最小限に留められるかもしれない。とういうこと。そんなメッセージを込めたコンテンツを作れたらと思い、企画内容を考え始めました。
──企画の概要やコンセプトを教えてください。
西田: 最終的には、100年前の1923年9月1日午前11時58分に何が起きたのかを、いま、2023年に生きる我々が追体験できれば、防災を考えるきっかけになるのではないか、という案にまとまりました。
松木:そこで出てきたのが「揺れる」というアイディアです。うえはらさんに描いていただいた漫画を、震災が発生するシーンで揺らす。シンプルですが驚きがあり、震災の追体験として教示のある仕組みだと思いました。また新聞やWeb、SNSなどメディアを横断して展開させました。「大震災を経験する」というテーマが、それらを貫くコンセプトとして機能し、うまく連動させることができました。
体験を生み出すコンテンツにするために。たどり着いた「漫画を揺らす」表現
──クリエイティブでこだわった点はありますでしょうか。
西田:震災というセンシティブなテーマなので、正直、「漫画を揺らす」挙動には不安もありました。震災を実際に体験された方がいらっしゃるなかで、恐怖訴求のような手法は望ましくない。しかし、うえはらさんが素晴らしい漫画を描いてくださったことで、これなら「表現」として成立すると思いました。
うえはら:決してポジティブではないテーマなので、そこに対する配慮は第一に考えなければならないと思いました。漫画という表現自体は誇張の文化なのですが、いたずらに脚色せず、客観的事実を淡々としたトーンで描くことを心がけました。とはいえ、歴史の学習漫画のようになるのも堅苦しいので、ひとつだけ漫画的表現を入れようと考えました。それが、サイコロの目が揃うという表現でした。「もしも今日が、100年前の今日だったら」というキャッチコピーに立ち返り、いつでも100年前の今日になり得ることを感覚的に伝えたかったんです。
松木:うえはらさんから上がってきた漫画の完成度が高かったので、私たちも自信を持って企画を進めることができました。ひとつだけ、紙面のクリエイティブが「時計」や「時間」をモチーフにしていたので、それと連動するよう、漫画内に時計を入れてほしいというリクエストをしました。
──掲載後の反響、読者などからの反応はいかがでしょうか。
西田:想像以上に大きな反響がありました。掲載から3日後のSNSの関連投稿は5,000件以上、インプレッションに換算すると、2,000万を超えていました。また、著名な広告クリエイターの方々も反応してくれるなど、予想を超えるリアクションがありました。
関東大震災から100年となる今日、100年前を振り返る漫画を朝日新聞さんと作らせて頂きました。今を生きる皆さんに、ぜひ読んでほしいです。https://t.co/TmiPiiehnW
— うえはらけいた|漫画家 (@ueharakeita) August 31, 2023
うえはら:X(旧:Twitter)の反応で言うと、概ね9割くらいが好意的なコメントでした。多くの人に読んでほしい、地震ってこういうことだよね、そんなコメントをたくさん寄せていただきました。意図したところだったので、率直にうれしかったのを覚えています。
松木:Webのギミックとして、漫画が揺れている最中は読者がまったく操作不能になる仕様にしたのですが、その仕様は本来はタブーであって、普通なら揺れを止めるストップボタンなどを用意すると思うんです。でも、地震は止められないものなので、あえて操作不能にしました。それを読者が好意的に受け止めてくれて、ホッと胸をなでおろしました。「きわどい表現なので注意して閲覧してください」と注釈を付けてくださるなど、読者の方々が配慮しながらSNSで拡散してくださったのもありがたかったです。
「朝日新聞だからこそ生み出せるコンテンツ」を、これからも
──新聞や新聞社が運営するWebメディアで企画やキャンペーンをすることの魅力やメリット、また、今後の展望を教えてください。
西田:新聞社の連合広告だからこそ、「漫画を揺らす」といった挑戦的な表現を選べたのかなと思います。特定の広告主のものになる広告表現では、震災というセンシティブなテーマで、チャレンジングな表現をすることは避ける傾向にあると思います。また広告以外でも、朝日新聞社全体として震災特集を組んでいましたので、その大きなモーメントのひとつとして、読者に受け入れて貰いやすかったのかなと思います。
松木:特定の商品やサービスではない、啓蒙的な内容の企画を、連合広告のような形で実施できるところに朝日新聞社の強みがありますよね。改めて漫画を読み返しても、急に画面が揺れるあの瞬間、あの感覚は、地震と近しいものがあります。体験することでしか味わえない感覚を再現できたのは、新聞という媒体の特性を活かして、新しいことにチャレンジできた結果だと思います。
うえはら:デジタルならではの漫画体験を提供できたのではないかと思います。スマートフォンが普及して久しいですが、実は、スマートフォンにおける漫画表現は意外と進化していなくて。今回の企画を皮切りに、動きや音など、デジタルでしかできない漫画表現に、より積極的にチャレンジしていきたいなと考えています。
「もしも今日が、100年前の今日だったら 関東大震災から100年」
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漫画家
1988年、東京都生まれ。コピーライターとして勤務していた株式会社博報堂を2015年に退職。
翌年に多摩美術大学グラフィックデザイン学科に編入し、以降マンガを描き始める。
2020年4月にマンガ家として独立。現在はマスナビ/noteで「ゾワワの神様」を連載中。
著書に「コロナが明けたらしたいこと(アスコム)」など。
コピーライター
1993年生まれ。千葉県出身。2017年博報堂に入社し、ストラテジックプランニング業務に携わる。2020年に退職し、現在は株式会社DEでコピーライター・プランナーとして様々な案件を担当。
アートディレクター
1989年生まれ。長野県出身。アートディレクター/UXUIデザイナーとして主にオンスクリーンメディアのコンテンツ制作に携わる。デザイン事務所で数多くの企業サイト、デジタル広告を担当したのち、広告会社に出向。フリーランスの期間を経て、2022年に朝日新聞社に入社。主な受賞歴にCANNES LIONS Titanium Lion、TIAA グランプリ、D&AD Yellow Pencil、グッドデザイン賞 BEST100、文化庁メディア芸術祭優秀賞など