ブランドビジョンは、ブランドのあるべき、そしてそうありたいと目指す姿を目に見えるように描いたもののこと。ブランドの様々な活動を方向づける役割を持つ。かつては、「ブランドアイデンティティー」と呼ばれていた。
この9月にデイブの新しい本が出た。
「ブランド論」。ブランドの権威、デービッド・アーカー氏(米カリフォルニア大学バークレー校名誉教授)の『Aaker on Branding』の翻訳だ(ダイヤモンド社)。新刊だが、内容はこれまでの著作の集大成のようなもので、なじみ深いトピックスが並ぶ。
さてこの本で、一つ新しいことがある。今までブランドアイデンティティーと言ってきたものを、ブランドビジョンと言い換えた点だ。アイデンティティーは、もともと心理学の言葉。ブランドが、いつも変わらず保ち続けるものを、人格の自己同一性になぞらえたのだった。
一方のビジョンとは、視覚とか視野を意味する「vision」、つまり「目に見えるがごとく描き出された」ということ。ブランドビジョンは、ブランドのあるべき、そしてそうありたいと目指す姿を目に見えるように描いたもののことだ。
旧約聖書にはこのvisionという言葉がよく出てきて、邦訳では「幻」と訳される。幻は、まだそこには実現していないけれど見えてしまう像のことで、聖書では神の啓示のことでもある。箴言(しんげん)に言う。「幻がなければ、民はほしいままにふるまう」(新改訳)。英語では、「people perish.」。「perish」は果物などが傷んでしまうことだから、ビジョンがなければ、社会や組織は腐敗する、と言っているのだ。
ブランドアイデンティティーは、ブランドが一貫して変わらず備える意味や価値というニュアンスが強い言葉だった。ブランドビジョンという新しい呼び方ができて、その意味はそのままに、事業や組織、コミュニティーなど、ブランドが関わる様々な営みに方向づけを与えていくもの、というブランドの動的な性格がより鮮明になったように思う。
このコラムの「ブランディング」の回でもご紹介したが、今日のブランド戦略は、ブランドに価値創造戦略のドライバー役をさせようとしており、この点からも今日的ですっきり腹落ちする言葉である。
よいブランドビジョンはどのようなものであるか、という問いも答えが明解になった。ブランドがその機能を発揮しやすくすること、つまり、描かれたことを目指してその価値や姿を実体化する活動がよりどころにしやすいこと、これが要件なのである。
ブランドビジョンではないが、優れたビジョンの例としてよく引き合いに出されるものにマーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師の演説がある。1963年8月に人種差別の撤廃を求めたワシントンD.C.での大行進の集会で話されたものだ。
スピーチを丁寧に読んでいくと、現状の認識、ベースにするフィロソフィや価値観、夢の姿、意志の共有、そして夢が達成された暁の報い、などがコンパクトにそろっていることが分かる。ブランドのふるまいや活動をリードするブランドビジョンにも、またこのセットが必要だ。
ことに、ブランドが最終的に何を目指し、何を実現したいのかという大義のようなものは最も大切だ。これをブランドのパーパス(目的、意図)と呼んでいる。事業も組織も社会的な存在意義がより問われるようになってきている今日、パーパスはブランドビジョンに欠かせない要素になってきた。
ここで、あなた自身が関わっているブランド、事業や組織のブランドビジョンを見てみよう。そのブランドが、こうありたいという姿が、あたかも目に見えるように描かれているだろうか。特にパーパスは含まれているだろうか。あらまほしい(ありたい)姿にどうすれば近づけるか、示唆に満ちているだろうか。顧客にとどまらず、そのブランドを支える人たち、そのブランドに投資をする人たち、そうした人たちにもそのブランドが意義あるものとして描かれているだろうか。
ブランドビジョンは環境が変化する中、ときにアップデートが必要だ。ブランドの動的な働きを強めるためにも、たまにブランドビジョンの点検をしてみてはいかがだろうか。
電通 マーケティングソリューション局 ブランド・クリエーション・センター 部長
電通の戦略コンサルティング部門であるブランド・クリエーション・センターの立ち上げに加わり、現在、このグループのディレクターとして、国内外のクライアントのブランド、マーケティング、イノベーションなどの課題について「戦略から実体化まで」一貫して支援するサービスをリードしている。最近では多国籍企業のグローバルブランド管理、価値創造戦略のためのイノベーションなどのプロジェクトを担当。訳書に「ブランド価値を高めるコンタクト・ポイント戦略」(共訳 ダイヤモンド社)、「ブランド価値で戦わずして勝つ カテゴリー・イノベーション」(共訳 日本経済新聞出版社)など。
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