行動デザインとは、従来の認知主導のマーケティングに対して、まず行動変容をつくり出すことを主眼に置いたマーケティングプロセス、およびそのプランニング手法である。
近年、多くの企業が利益創出に苦慮するなかで、マーケティング費用のより効率的な使い方が厳しく問われている。通販の世界では「認知」から「行動」に変容する歩留まり(コンバージョンレート)を指標としてマーケティング費用を管理していくことは以前から常識になっているが、コンビニエンスストアやドラッグストアなどリアルな小売りチャネルを主戦場とする消費財のマーケティングにおいては、現時点ではまだデータが一元的に把握できないので、コンバージョンレートを指標にマーケティングを管理していく、という段階ではない。
従って当面は、「買う」「来店する」など企業の利益に直結する顧客行動をより強く喚起できるコミュニケーションやプロモーションを開発する、あるいはより行動を喚起する力のある新商品を開発する、という視点でマーケティング活動を「改善」していくほうが可能性があるだろう。
今までもその改善活動がおろそかにされていたわけではないが、過去のマーケティングプランニングの主眼は、情報の到達量(リーチ)の確保など、コミュニケーション課題の解決に過度にフォーカスされていた。そのため、「より到達確率の高い」コミュニケーションの「改善」活動がマーケティング活動の花形であった事実は否めない。インターネットの普及とともに生活者が接する情報量が幾何級数的に増大し、企業発の情報が生活者に届きにくくなっているという問題意識がその背景にある。
その結果、とにかくインパクトが強い、あるいは好感度の高い(=ソーシャルメディアでシェアされやすい)コミュニケーションの開発が命題となってきた。だが、そのような「到達力の高い」コミュニケーションが、行動を喚起する力においては実は必ずしも高くないこともある、という状況が大きな課題となっている。到達確率が高くても、行動変容に至らなければ最終的な費用対効果は改善されないからだ。「人は共感したからといって必ずしも行動に移るとは限らない」という真実を直視する必要がある。
このように、マーケティングプロセス全体を認知主導軸から行動変容軸に転換させて、より効率の良いマーケティングを行おうと考えたときに、意外にもそのための方法論が確立されていないということが、昨今明らかになってきた。これが「行動デザイン」という新しい方法論が生まれてきた背景だ。
行動デザインのアプローチにおいては、生活者の「やってみたい!」という本能的な感情を刺激し、行動の第一歩を踏み出させるための装置(コア体験装置)と、その行動を促すメッセージ(エンゲージメントテーマ)を開発し、それらを顧客動線上にインストールする、という作業が中心となる。
従来の認知主導マーケティングとの大きな違いは、
① 体験性(テレビCMなど視聴覚体験に主眼をおいた従来のコミュニケーションに対し、店頭、ショールーム、試供品などを「コア体験装置」化し、触覚など五感で体験させることで行動喚起力が高まる)
② 持続性(従来のキャンペーン型の広告・販促活動は一過性で終わることが多かったが、行動デザインアプローチでは商品パッケージそのものや、店頭、使用行動など顧客の生活の中の持続的な接点を「コア体験装置」とすることで中長期的な接触機会を維持することができる)
③ 統合性(従来のマーケティングがコミュニケーション課題偏重になっていたのは、店頭領域が対流通・営業活動の部類とされ、広告活動と別個に運用されていたからである。行動デザインアプローチでは、広告以外に店頭や販促、商品自体など全ての要素・資源を「コア体験装置」のパーツとして捉え、顧客の“やってみたい!”を誘発するシナリオを設計していくので、必然的に「統合型マーケティング」が実現する)
の3点に集約できると考えている。
現代人はとかく脳(思考)を起点にものごとを考えがちだ。仮に「ゴミを減量することでエコ社会を実現したい」という目的を設定したときに、我々は「まずエコの重要性を認識することが大切だ」と考えてしまうが、例えば江戸時代の日本人は別にエコという概念が先行していたわけではなく、ただ紙や布の角をきっちりそろえて、できるだけ小さく畳むといった行動が日常の基本動作になっていただけだろう。しかしこの動作を徹底できるかどうかがゴミの減量に大きく関係している。
つまり、「地球のことを考えよう」的な頭でっかちなメッセージよりも、「きれいに畳みたくなるパッケージデザイン」を開発し、「畳んでみたい!」と本能的に思わせて「畳む」アクションを誘発するコミュニケーションのほうが、より結果を出す現実解なのである。これが「まず行動変容をつくり出す」、という行動デザインの基本的な考え方である。