「インサイト・コミュニティー」

  ブランド戦略の最近のホットワードの一つは、ブランドコミュニティーだ。
  ブランドコミュニティーとは、単にソーシャルメディアなどのブランドファンの集まりのことだけではない。ブランドのユーザー、パートナー、インナーなどの人々の関わりや活動、情報発信などが相まってブランドの意味や価値の共創につながっていく、そんな場のことを指しているのだ。

 さて、このブランドコミュニティーだが、どのように考えればいいか、扱えばいいかは分かっていても、いったいどうしたら作ることができるのか、が大きなテーマなのだ。ソーシャルメディアの中で自然発生的にできるのを見ることはあるけれど、作り方についての方法論は確立していない。何か方法化できないものか。

 そう考えているうちに、おもしろいものと出合った。それはインサイト・コミュニティー。パネル調査のようなしくみだ。ブランド事業の諸施策を検討するために一定のメンバーをウェブ上でリクルートし、ちょうどオンラインコミュニティーと同じようなインタフェースを通じて、モデレーターとやりとりができる。メンバー同士も情報交換できる環境で、ここで、モデレーターから質問が発されると、メンバーがさまざまな意見やアイデアを寄せてくれる。やはりオンラインでコミュニティーを用いるMROC(Market Research Online Communities)のようなリサーチにも似ているが、メンバーの数は圧倒的に大きい。

 あるアジアの航空会社は、1,000人のメンバーを抱えるコミュニティーを作って、さまざまなサービスのアイデアのテストに使った。やっているうちにメンバーが次々と、サービスのアイデア、要望、自分とこのエアラインとの関係のストーリーまで、聞かれていないうちに意見や情報を寄せてくれるようになってきたという。コミュニティーのメンバーには、特段謝礼を払っていない。しかし、彼らは喜々としてこのエアラインをどうしたらもっと使いたくなるか、アイデアを寄せ続けている。これをサポートしているビジョン・クリティカル社のアジア地域の社長ブルースから聞いた話だ。

 ここで起きているのは、まさにブランドコミュニティーの生成だ。手をいれて作ったということではないが、きっかけを作ったら、コミュニティーができたともいえる。濃い塩水に核を入れると、たちまち結晶するのに似ているかもしれない。

 しかし・・・。何が人々にスイッチを入れたのか。何がモチベーションになっているのだろうか。
  ペンシルベニア大学ウォートンスクールのアダム・グラント教授の研究によれば、組織やコミュニティーで、人は「自分のためではなく人のために」働くときに最大のモチベーションをもつらしい。なるほど、それがこうしたコミュニティーでの挙動につながっているのにちがいない。
  ブランドが押しつけがましくなく、またCRM(Consumer Relationship Management)のように意図的に自分たちを囲い込もうとする素振りもなく、意見を聞いてきているということが、これらファンのスイッチをいれたのだろう。

 ブランドコミュニティーのでき方には、ほかもいろいろスイッチがあるかもしれないけれど、これが本来マーケティングリサーチを目的として作られたスペースに起こっていることがおもしろい。

 ちなみに電通グループでは、電通マーケティングインサイトが、ビジョン・クリティカル社と提携、同社のプラットホームを使って、インサイト・サークルの呼称でコミュニティー運営サポートのサービスをこの夏に始める。

岡田浩一 (おかだ・こういち)

電通 ビジネス・クリエーション局 コンサルティング室 部長 コンサルティング・ディレクター

電通の戦略コンサルティング部門であるブランド・クリエーション・センターの立ち上げに加わり、現在、このグループのディレクターとして、国内外のクライアント のブランド、マーケティング、イノベーションなどの課題について「戦略から実体化まで」一貫して支援するサービスをリードしている。最近ではブランド戦略とグローバル・マーケティングの交差した領域に多く携わり、日系企業のグローバル化戦略、多国籍企業のグローバルブランド管理などのプロジェクトを担当。訳書に「ブランド価値を高めるコンタクト・ポイ ント戦略」(共訳 ダイヤモンド社)、「ブランド価値で戦わずして勝つ カテゴリー・イノ ベーション」(共訳 日本経済新聞出版社)など。