「2.5世帯」

 親世帯と子世帯が一緒に暮らす家屋を二世帯住宅と呼ぶ。親子とはいえ、親しき仲にも礼儀あり。二世帯分の独立スペースを確保しながらも、リビングやダイニングなどで集えるレイアウトの家屋が代表的な二世帯住宅のイメージだ。
  そして今、この従来の二世帯に加えて実家暮らしの独身の子供も加わった2.5世帯居住が注目されている。旭化成ホームズが提唱した新概念だが、今や徐々に一般名詞化しつつある。
  ちなみに最近は、実家暮らしの独身の子供のことを「独身実家族」と呼ぶらしい。いわゆる「パラサイトシングル」と同義だが、パラサイト(寄生)の否定的語感よりもニュートラルな呼称であり、そのような生き方を普通のこととして肯定しつつある社会風潮を反映しているようで興味深い。

 もちろん、0.5世帯はこの独身実家族を指しているわけだが、なんとなく半人前と言われているように感じてしまうのは単に私がひねくれているからだけだろう。

 家族の人数が多くなれば家の中がにぎやかになったり、ちょっとした頼みごとがしやすくなる。また、孫にとっても大勢の大人に囲まれて育つことで多様性や人生術を自然と学べるかもしれないし、シックスポケットがセブンポケットに増えて金銭的に潤うかもしれない。
  このように考えれば、2.5世帯居住で暮らすメリットは確かに大きく、ハウスメーカーの広告に登場する絵に描いたような富裕ファミリーならば、きっと2.5世帯居住はパラダイスに違いなかろう。

 しかし一方で、多くの独身実家族を取り巻く現実は非常に厳しいことも忘れてはいけない。そもそも、なぜ独身実家族が増えているかと言うと、未婚化・晩婚化の進行で30、40代の独身者が急増していることに加えて、長年の不況下で長じても親から衣食住のサポートを必要とする「いつまでも親離れできない子供」も同時に増えているという残念な社会的背景がある。

 親世代が現役でそれなりの収入があれば、独身実家族の生活費も吸収できるであろう。しかし、やがてリタイアして年金暮らしともなれば、老後の貯蓄を切り崩して子供を養い続けざるを得なくなり、その先に待っているのは最悪のケースで共倒れである。

 その意味で2.5世帯居住は、さまざまな問題点を露呈しつつある現代の日本社会を映したあだ花なのかもしれない、と思う。

 とはいえ、マーケティング戦略としては、この2.5世帯は極めて秀逸だと感心せざるを得ない。
  今や、多くの日本企業は既存製品の改良競争に明け暮れて四苦八苦しているが、マーケティングの大家であるコトラー教授の「ニーズとは欠乏状態から生まれる」という基本に立ち戻れば、基本機能を継承する改良型製品に対してのニーズは元来的に弱くて当たり前。
  2.5世帯住宅も実質的には以前の二世帯住宅の改良に過ぎず、強いニーズが存在する商品とはなりにくいはずである。

 しかし、マクロ環境や生活者意識の変化を背景に2.5世帯という、従来とは一線を画す住宅カテゴリーをぶち上げることで巧みに新しい欠乏感を創出することに成功しており、さらに言えば最初に提唱した企業はこの領域のトップブランドとして君臨し続ける可能性が高い。
  画期的な技術進化が期待しにくい成熟カテゴリーならではの妙手として、住宅以外の広範な商品ジャンルでも参考にすべきマーケティング戦略なのではないだろうか。

 さてさて、最後にごあいさつさせていただきます。
  このコラムは複数の広告会社で交代しながら書いていますが、実は私、この3月末をもちまして電通を退社するので今回が最後となります。長きにわたり拙文にお付き合いいただきましてありがとうございました。