顧客体験と訳されることが多く、企業・ブランドと顧客との何らかの取引が開始してから終了するまでのコミュニケーション、そしてそれらを通じて顧客が得るポジティブな体験や感情的価値を指す。
CXが広告業界において注目される必然性
カスタマーエクスペリエンス(CX: Customer Experience)という言葉は、決して目新しいものではない。簡潔に定義を確認しておくと「企業やブランドと顧客との何らかの取引が開始してから終了するまでのコミュニケーション、そしてそれらを通じて顧客が得るポジティブな体験や感情的価値」を指す。日本語では顧客体験と訳されることが多い。
なぜいま取り上げるのかといえば、この概念が広告コミュニケーションの環境変化をコンパクトにまとめたものになっているためだ。すなわち、これまで企業・ブランドと顧客とのコンタクトポイントは、実店舗や広告コミュニケーションといったものが中心だった。これらは企業・ブランドが主体的にコントロールすることができる。しかしながら、現在はソーシャルメディアなどが普及したことで、口コミや評判を検索したり、ユーザー自身の体験談などが気軽にUGCとなって拡散したりなど、双方向性が増しており、生活者の主体性が強くなっている。
また、CRMのようなシステムの普及も含めて、企業・ブランドが生活者と中長期的につながりをキープできる環境が整った。そのうえで、適切なタイミングでそれぞれの顧客に最もフィットしたコミュケーションを実施できるかどうかが問われるようになっている。キャンペーンの盛り上がりで山をつくるだけでは、最良のCXを提供できているとはいえないのだ。
さらに、現代ではプロダクトとサービスの境界があいまいになってきている。例えば歯ブラシにセンサーがついて歯を磨く体験をサポートしたり、ECサイトでは使っている商品が切れそうなタイミングで買い増しを提案したりする。サービスデザインの視点が入ってきたことで、生活者の「体験」の照準にフォーカスする必要がさらに高まっている。 大きく3つの要因を挙げてきたが、とはいえ、広告業界ではこうした考え方はこれまでにも存在していた。複雑化するコミュニケーション環境全体をカバーするべきという視点から、「IMC(Integrated Marketing Communication)」「コミュケーションデザイン」といった様々な概念が生まれてきた。CXはなにも新奇なものではなく、進化の延長線上にあるものなのだ。
ブランドのパーパスとカスタマーサクセス
したがって、良いCXを考えることはこれまでの広告キャンペーンプランニングにおける頭の働かせ方とそう違うものではない。
ひとつの考え方として、
ここでの顧客体験は、もちろんポジティブなものであらねばならないことから、カスタマーサクセスと名指すことも多い。カスタマーサクセスは「顧客がその商品・サービスを利用することで、期待した成果や成功を手に入れることができている状態」と定義される。いわば、理想的なCXの形だ。そしてそのためには、
例えば、コスメティクスのブランドであれば、生活者が近づきたい理想の自分を発見し、実現する体験がカスタマーサクセス(理想的なCX)といえる(=①)。ではそのためにどんな施策を打っていくべきかという視点(=②)から、例えば新商品であれば、商品説明をウェブサイトに載せる、メールマガジンで知らせる、LINEでつながっている顧客にその内容を発信する、といったことが挙げられる。さらには、メイク動画をYouTubeで発信する、インフルエンサーに使ってもらい、その使用感を各種のSNSで伝えてもらう、などの手法がある。店舗での接客も、顧客が自分らしさを引き出せるようなコミュケーションになっているかを点検しておくのが良いだろう。
このように、現代ではプラットフォームのデータやテクノロジーを活用することが必須、かつそれらを統合して、カスタマーサクセスを実現するためのCXになっているかを点検する必要がある。プラットフォーマーやマーケティングソリューションのベンダーにもそうした領域を担う人材が増えていることを鑑みて、広告業界でもそれらに対応できるCXプランニングの人材育成や横断的な組織体制の確保が重要である。
電通メディアイノベーションラボ 主任研究員
1986年生まれ。東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。 若年層の消費行動やSNSの動向に関するリサーチ/執筆/コンサルティングが専門分野。近著に『ビジネスはスマホの中にある―ショートムービー時代のSNSマーケティング―』。その他、『シェアしたがる心理』、『SNS変遷史』、『情報メディア白書』(共著)等。セミナー登壇やメディア出演の経験多数。