消費者の潜在願望を探り当て、「共感」をファンの醸成につなげる

 長きにわたり広告の名作を生み続けている資生堂ジャパン。消費者や顧客の共感を呼ぶコミュニケーションは、同社の企業文化といえる。「共感」が「ファン醸成」につながる道筋や、最近の取り組みについて、マーケティング強化本部 ブランドマネジメント部 マーケティング開発室室長・下村 敦氏に聞いた。

ライフスタイルの多様化により「共感点」が見えにくい時代に

下村 敦氏

──様々な企業が、消費者や顧客の「共感」を得るためのコミュニケーション活動を展開しています。その時代的・社会的背景について、どのようにとらえていますか。

 SNS上の「いいね!」に象徴されるように、身近な暮らしの中で、共感の機会が増えているのだと思います。その一方で、人々のライフスタイルやの多様化により、マスの「共感点」が見えにくくなっている。しかも、当社が扱う化粧品は、共感を呼び得る効能効果の表現が、薬機法の範囲に限られています。したがって、効能効果によってかなえられる消費者の潜在願望まで深く掘り起こし、共感につなげることが重要だと考えています。

── 女性の「共感」から「ファン醸成」へといった文脈で展開した事例は。

 資生堂は、一時的な流行や表面的な美しさに惑わされることなく、普遍的価値を発見したいとの思いから、「美しい生活文化の創造」というミッションを掲げています。2017年4月にスタートした「表情プロジェクト」では、「しわは必ずしも悪いものではないが、それが美しい表情を縛り付けているなら、改善することで女性本来の豊かな表情を解放し、美しい世界の創出に貢献したい」と宣言しました。「しわ改善」の効能効果がある商品の誕生だけでもビッグニュースでしたが、「内面の美しさの発露」という人々の潜在願望に触れ、発信したのです。その結果、シニアを中心とする顕在層に加え、若い女性や男性のお客様にも購入層が広がりました。おかげさまで2017年の対象商品の出荷累計は150万本を突破。第2弾、第3弾とプロモーションを継続する中で、ファンは増え続けています。

──女優の杏さん、石田ゆり子さん、樋口可南子さんら6人を起用したプロモーションですね。

2017年6月21日付 朝刊315KB
6秒ドラマ「資生堂 表情劇場」資生堂特設サイトはこちら

 ひと昔前は「これぞビューティー」という象徴的なアイコンが広告の顔となりましたが、今は「いろんな美しさがある」という時代。そこで、外見の美しさばかりでなく、心や作法、ライフスタイルなどの美しさが際立つ方々にメッセンジャーをお願いし、新聞広告を実施しました。彼女たち自身が、「内面を自由に表現できたらもっと輝けるはず」と共感してもらえたのです。今年2月からは、女優陣が様々な「表情」を届けるミニ動画「資生堂 表情劇場」を特設サイトにて配信。この動画も多くの共感を呼んでいます。

ユーザーのリアルな感想が 商品への愛着や関心を育てる

──ソーシャルメディアやリアルイベントなどを軸に、顧客とのコミュニティーを形成する動きが活発になっています。

「SHISEIDO おめかし会議」のトップページ ウェブサイトはこちら
評判を呼んだ動画「High School Girl? メーク女子高生のヒミツ」 資生堂特設サイトはこちら

 当社も、自社サイトのオフィシャルコミュニティー「SHISEIDOおめかし会議」などを通じて化粧品に関する質問やお悩みにお答えしたり、商品の感想を募ったりしています。リアルイベントは、店頭だけでなく、トラフィックの多い場所での「商品との出合い」を作り、カウンセリングや肌チェックといったサービスを提供しています。

──ソーシャルメディアの活用の難しさと成功例は。

 ソーシャルの反響は企業側ではコントロールできず、意図的な仕掛けはたちまち見抜かれます。もちろん「炎上」は避けたい、かといってエッジのきかないものは共感を呼びにくい。そうした中、当社の3年前の事例ですが、「High School Girl? メーク女子高生のヒミツ」というネット動画が世界で話題となりました。カメラに視線を送る美しい女子高校生たちが、実は男子高校生だったことが、逆再生の映像を通じて明かされる動画です。社内のヘア&メイクアップアーティストの実力を駆使して世の中に新しい価値を示し、しかも低予算で大反響につながった成功例です。

──中長期的なファン醸成において留意していることは。

2017年12月28日付 朝刊653KB

 「表情プロジェクト」では、お客様センターに寄せられた商品の感想を新聞広告に反映させました。リアルな声を伝えたことで、「やっぱりいいよね。使い続けよう」という共感とともに、「そんなにいいの?」と、未購入層の関心を呼ぶこともできました。ここ数年のテーマは、「24時間、ブランド体験」の提供です。店舗に行かなくても、スマートフォンを通じて肌測定ができたり、新商品の情報が得られたり、好きなブランドを買えたりと、いつでもどこでもブランド体験ができる環境の整備に努めています。

── 今後の課題は。

 「言われてみれば、そうだよね」と、潜在願望に気づいてくださった方々に、いかに「自分ごと化」してもらえるか、商品を使って美しくなったシーンをいかに想像してもらえるか、だと思います。また、美白化粧品のマーケットの創出によって「美白=資生堂」というイメージが定着したように、しわ改善化粧品のマーケット開拓によって「しわ改善=資生堂」というイメージを定着させていきたい。そうした意味でも「共感」がカギを握ると考えています。

下村 敦(しもむら・あつし)

資生堂ジャパン マーケティング強化本部 ブランドマネジメント部 マーケティング開発室室長

国内外のマーケティングを中心に関わり、マキアージュ、インテグレートのブランド立ち上げ、アルティミューンのグローバル導入や、経営企画、事業開発、子会社社長などを歴任。2018年1月より現職。妻、娘二人の4人家族でマリンスポーツ、スキーが趣味。