2011年度朝日広告賞・一般公募の部の最高賞は、セールス・オンデマンドの課題「アイロボット社が開発したロボット掃除機『ルンバ』」を扱った作品。全5段の2連版(計10段)の3点シリーズで、横長のビジュアルのほとんどが床だ。ちりひとつ落ちていないきれいな床の端には、猫や犬が渋い顔をしてうずくまっている。彼らの目線の先には「ロボット掃除機 ルンバ」の文字。
制作したのは、電通のアートディレクター、前田彩氏。朝日広告賞への応募は3回目だという。過去2回は、コピーライターと組んでの応募だったが、今回はたった一人で完成させた。
「応募するかどうか、締め切りギリギリまで悩んでいたので、他の人と組む時間的余裕がなかったんです」
応募を決めたのは、締め切り前日。ふだんの仕事が忙しいこともあった。ちなみに前田さんは、昨年は別の新聞広告賞で上位入賞している。
「前回は、複数の新聞広告賞に応募して、本気でグランプリをねらっていました。でも、朝日広告賞はかすりもしませんでした。なんとなく自分のなかでは一区切りついてしまっていたのですが、今回の締め切りが迫るうちに、新しい新聞広告ってなんだろうと、ふだんの仕事から離れて考えてみたくなりました。忙しい日々に流されがちな今こそ、ちゃんと考えなくてはいけないのではないかと。賞を取りたいというよりも、その思いが強かったですね」
思い立ってから、ほぼ24時間の寝ずの作業で3点を仕上げた。「ルンバ」を課題に選んだのは、「欲しいと思っていたから」だという。
アイデアの発端はユーチューブの投稿映像
セールス・オンデマンドは、今回初参加の広告主だ。審査委員からは、「商品の革新性と表現の新しさの相乗効果がうまく出ている」という声も多かった。
「既存イメージがない分、取り組みやすかったです。アイデアの発端は、ユーチューブの投稿映像でした。ネットで『ルンバ』と検索したら、ルンバに乗っておかしな動きをしている猫の映像をユーチューブで見つけたんです。動物にとっては異質なものなんだなと思いました。ルンバそのものも、人工知能でみずから働く掃除機ということで、ペットみたいな存在だなと思っていました。ルンバに出くわしたペットの反応をストレートにビジュアル化しようと決めました」
審査会では、全5段の2連版というスペースの発想も高い評価を受けた。
「最初は全15段の2連版(計30段)も検討しましたが、現実的ではないなと思い直しました。実際、デザインを考えていったら30段の必然性を感じず、横長スペースのほうが、ルンバの動きを印象づけられるな、と。3点シリーズにしたのは、フローリング、じゅうたん、畳と、どんな床にも対応できる商品特性を伝えるためです。『ペット』という見え方にしたかったので、代表格の猫と犬を配しました。毎日1点ずつ生活面の記事下などで展開するイメージでした」
コピーはなく、商品の姿も登場しないが、猫や犬の表情から、さまざまな想像をかりたてられるビジュアルだ。
「最低限の情報で成立させることに新しさがあるのではないかと考えました。猫や犬は、ブスッとかわいくない表情をあえて選びました(笑)」
朝日広告賞はハードルが高いイメージがあった
前田さんは、ふだんからグラフィック広告の制作が多く、新聞広告のほか、雑誌広告、中吊り広告、ポスターなどを手がけている。新聞広告は、キヤノンの「EOS Kiss」のクリエーティブに携わった。動物の親がカメラを持って我が子を撮影しているユニークなビジュアルの広告だ。
「新聞広告を実際の仕事で手がけるなら、やはり30段を使えるとテンションが上がるだろうと思います。一方で、たくさんの記事や広告の中で、いかに注目してもらうか試行錯誤する面白さもあります。海外の新聞広告には、『めくる』『折る』『シワが寄る』『裏表がある』といった紙特有の立体的性質を生かしたユニークな表現の広告がたくさんあります。新聞社の理解のもと、そうした発想の紙面が実現できると、表現の可能性が広がるのではいかと思います。賞の応募要項では難しいかもしれませんが、もう少し間口が広がるといいなと思います」
朝日広告賞については、どのような印象を持っていたのだろうか。
「最もハードルが高い賞だと思っていました。毎回見たことのないような表現が選ばれていて、すごい賞だなと。最高賞をいただけたのは本当に幸運で、日々の作業に追われていた自分を励ましてもらったというか……。今後の仕事でも、ちょっと気を引き締めて頑張らなくては、とも思いました」
意外にも、最高賞受賞の知らせは、あまり周囲に知らせていないらしい。
「一人で制作したこともありますし、静かにやり過ごそうかなと(笑)。家族はすごく喜んでくれました。受賞を知った仕事仲間も喜んでくれています。『賞金も独り占めだから、ごちそうして』と(笑)。お世話になった方と一緒に祝杯をあげたいですね」
最後に、今後の抱負について語ってくれた。
「もともと私は、手数をかけて画(え)を作るようなグラフィック表現を得意としていました。でも、それに頼りすぎると、アイデアの根本がぼやけてしまうこともあります。今回は、画を作り込む時間がなかった分、アイデアのみで構成しました。それが評価を受けたということは、自分にとって大きな意味がありました。受賞を糧に、作っているときからワクワクできるような『新しい何か』を探していきたいです」
電通 アートディレクター
2009年、東京藝術大学大学院修了。同年、電通入社。これまでCanon EOS KissX5、Honda Nの広告デザインに参画。MITSUBISHI CHEMICAL JUNIOR DESIGNER AWARD グランプリ受賞、読売広告賞 優秀賞受賞。