朝日新聞社編集局が2006年12月、部制からグループ制に移行したのに伴い、医療グループが新設され、包括的な医療報道体制がスタートした。同グループを統括する渥美好司エディターに、医療を取り巻く問題、報道する新聞社の役割について話を聞いた。
医療グループの新設で多面的な報道を展開
── 朝日新聞の医療報道の体制はどうなっていますか。
医療報道は「技術」「事件」「政策」の三つの側面で成り立っています。グループ制になる前は、治療や診断の技術は科学医療部、医療過誤や診療報酬の不正請求といった事件は社会部、医療政策については生活部・経済部・政治部が、それぞれ担当してきました。人間にたとえれば、頭と胴と手と足が個別に動いていて、走ろうとしてもスムーズに走行姿勢がとれない弱みがありました。関係部から記者を集めて医療グループができ、より多面的、総合的な医療報道に取り組めるようになりました。現在はエディター、デスク、編集委員を含めて22人です。局の壁を超えた医療チーム会も定期的に開かれ、社全体での情報共有、新しい企画づくりが進んでいます。
医療にかかわる事件は地方で起きることが多く、医師不足も過疎地が深刻です。全国展開している総局・支局の取材網をフルに活用して、地方の医療問題を掘り下げることに力をそそいでいます。読者に身近で有益な情報を伝えていくことが、医療分野ではとくに大切なことです。
── 紙面での展開は。
医療グループのスタートに先駆け、06年4月から連載「患者を生きる」を始めました。週6回の掲載で、すでに700回を超えました。がん、うつ、脳卒中、妊娠・出産でのトラブル、糖尿病、認知症などおもに病気別でシリーズ展開しています。患者自身と患者を支える家族が、どんなことで悩み、どんな治療法を選んだのか、患者と家族の視線で描きます。各シリーズが終わるごとに、記事の評価を聞くための読者懇談会を開いています。昨年は製薬会社のファイザーが主催する「ファイザー医学記事大賞」を受賞しました。読者だけでなく、専門家からも評価されました。
日本はいま、医療崩壊と呼ばれる危機に瀕しています。医療グループが中心となった取材班は、危機のさまざまな側面をさぐる「医療再生へ 選択のとき」(朝刊3面)を12回連載しました。大きなイラストを真ん中に置き、わかりやすい表現を心がけました。同じ3面下段で二つの連載もしました。一つは、危機を乗り越えようと奮闘する医師や政策関係者の言動をつぶさに追った「ドキュメント医療危機」。もう一つは、患者にとって最も身近な存在である看護師に焦点を当てた「歩く 看護師が病院を変える」。医師・看護師や介護士の人材不足、職場環境の過酷さは、これからもしっかりと追っていきます。
医療記事を書くとき、三つのレンジのどれでいくかを検討します。写真に例えると、遠景で撮ったほうがいいのか、マクロレンズで接写するのがいいのか、あるいはその中間なのか。「患者を生きる」はマクロレンズでの接写で、患者の日常を克明に描きます。一方、医療崩壊や医療危機にからむ政策・制度は、遠景でとらえないと全体像が見えません。経済、病院経営、医師教育など、さまざまな状況を多面的に提示し、医療にかかわる人々、患者のみなさんに自分の利害を超えた視点で考えるきっかけをつくる。医療リテラシーを高めるのが医療報道の使命と考えています。
「すぐに役立つ医療情報」も欠かせません。毎週日曜の医療面のトップでは、さまざまな病気の原因や治療法、制度上の問題について実例を交えて紹介。読者の質問に名医が答える長寿コラム「どうしました」は、一つの病気にいくつかの治療法をあげ、選択の助けとなる情報を盛り込んでいます。
病気の予防や健康増進についても読者の関心は非常に高い。深刻な治療の話ではなく、ライトな健康・食情報へのニーズに応えるため、日曜beで「元気のひけつ」、月曜夕刊で「体とこころの通信簿」「食の健康学」を掲載中です。働きざかりの30・40代をおもなターゲットにし、科学的裏付けのある確かな健康と食の知識を提供しています。
新聞社の看板に適した「質」と「量」の情報を
── 読者の「医療リテラシー」について、新聞が担う役割は。
患者・家族と医師がしっかりコミュニケーションをとり、QOL(生活の質)まで考えて治療法を決めるのが医療のあるべき姿だと考えます。しかし、現実は厳しい。基本的な情報や知識が共有できていないことが多いのです。患者側に「医療リテラシー」がないと、医師のいいなりになりがちで、ベストの選択肢を知らないまま治療が進んでしまいます。
患者は必死に情報を探します。しかし、医療情報は整然と腑分けされて存在するのではなく、氾はんらん濫しています。インターネット上の医療系サイトは日々増殖していますが、玉石混交です。どれが信頼できるデータか、耳を傾けるべき提言か、判断することは難しい。新聞社は「質」の高い信頼に値する情報を選び抜き、十分な「量」を読者に届ける役割を担っています。今後も質・量ともに向上させていかねばなりません。
── 今後の展望は。
新聞社主催の医療シンポジウムや医学系学会と連携した市民公開講座などのイベントは、これまで以上にいろいろな仕掛けをしていくつもりです。インターネットでの展開も大きな課題。医療従事者、患者、患者サポーターの方々にネットコラムでたっぷり語ってもらうなど、紙面を補完する企画を考えています。紙面、ネット、イベントの連動で、読者の高い要望に応える医療情報を立体的に提供していきます。