読者の声に耳を傾けて役立つ教育情報を多面的に伝える

 教育問題への関心が過熱する中、新聞が果たすべき役割とは何か。朝日新聞社 教育グループの前田史郎エディターに聞いた。

「主役は子ども」を常に心がける

前田史郎氏 前田史郎氏

 一連の政府の改革で教育はまさにその俎上(そじょう)に上り、一昨年には教育基本法が改正されました。昨年は43年ぶりに全国学力調査が復活、教育再生会議の議論を経て教員免許の更新制が導入されるなど、この2~3年で制度面が大きく変わり、教育全体がひとつの過渡期を迎えています。

 そうした状況の中、高まる読者ニーズに合わせた紙面づくりを目指そうと、朝日新聞社では教育を戦略的に取り組むべき重点分野だと位置づけて、2006年12月に教育グループを発足させました。自らの反省もこめて言えば、教育に対する社会的ニーズに今のマスコミの報道全体が十分対応しきれていないという問題意識が出発点だったということでもあります。

―― 取材する立場から見て、現在の日本が抱える教育の問題点は。

 たとえば学習指導要領の改訂をめぐってさまざまな意見がありますが、今後は理科や算数、数学、英語といった教科の時間数が増えるだろうと見られています。ところが、早ければもう2009年度から段階的にスタートする見込みであるにもかかわらず、ゆとり教育のどこがいけなかったのか、改善すべき点は何だったかという総括がなされないまま物事が運んでしまっている。この問題ひとつをとっても、国の議論と現場で起きていることがかみ合わないまま別次元のところで教育改革が進んでいる、という印象を持っています。

 また、ここにきて中高一貫校が急増、公立校までもが進学実績の向上を掲げて名乗りを上げようとしています。しかし、どこまでを義務教育とみなすのか。また、本来ならば前提とするべき、歴史的に続いてきた「633制」をどうするか、といった議論がされることなく、現状だけ進んでしまっています。このまま中高一貫教育を推し進める前に社会的議論が必要だと訴えることも、新聞の責務だと思っています。

―― そうした様々な事象、問題に対し、どのような編集方針で臨んでいますか。

 常に忘れてはならないと心しているのは、主役はあくまでも教育を受ける子どもだ、ということ。児童や生徒の視点で考えるとどういう制度が一番いいのか。我々ジャーナリズムが間に立って、国の議論と現場を融合させるような情報提供や提言、解説機能を果たしていければと考えています。公立校への塾講師の派遣や、小学校での英語教育など、最近議論される事象については、肯定、否定ではなく、実際現場ではどうなっているのか生の情報を提供することで、読者に考えてもらうきっかけになればと考えます。

 一方で、試験問題そのものや、文科省から出される様々なデータなど、いわゆる一次情報もふんだんに提供することを心がけています。こうした情報は、子どもや保護者だけでなく、いまやその存在なくしては語れない教育産業からも、非常に高いニーズがあります。

教育面などで「現場の今」伝える

――具体的な取り組みは。

 現在、教育面は週に3面あります。日曜は小、中、高校の教育を対象とし、見開き左面の「教える」では学校現場で何が起きているかをつぶさに見ていこうというルポ「がっこう探検隊」をシリーズで連載しています。右面の「学ぶ」では「落第忍者乱太郎の学問のススメ」という、教育なんでも質問コーナーを掲載。親が読んで「こんなの載ってるよ」 と勧め、子どもにも読んでもらう欄があってもいいのでは、とのねらいで、楽しく読めるように平易な文章で、写真や図表を使うなど工夫をこらしています。

 月曜日の教育面では大学を取り上げ、「大学全入時代」というルポを随時掲載しています。大学の定員数が入学志願者数を上回るようになり、生き残りをかけた大学の学生集めが水面下で活発に進んでいます。その方策も、単に大学同士が合併するのではなく、学部を共同で作るなど、多様化しています。受験生や親の関心も高いテーマなので、そうした情報をできるだけ多く、速く報じていくのが我々の使命だと考えています。

 社版夕刊be evening「土曜スタディー」、「ののちゃんの自由研究」、日曜be「DO科学」、オーサー・ビジット、ブックサーフィンなど、教育に関する様々な企画を展開しています。

日曜日 教育面1/27 朝刊
月曜日 教育面1/28 朝刊

東京版のコーナー「どこで学ぶ」。
中高一貫教育の現場について連載

2007年 11/27 朝刊

第3社会面のコーナー「もっと知りたい!」でも
掘り下げた教育情報や地方の情報を掲載している

2007年 12/6 朝刊
2007年 12/19 朝刊

――教育の報道における課題と、それに対する取り組みは。

 教育問題は地域によって事情が違うのが悩ましいところで、たとえば東京では公教育がかなり疲弊しているけれど、地域によってはまだまだ信頼感が根強く残っています。東京でこういう現象が起きているからとルポをしただけで、全国の読者に納得して読んでもらうことはできません。できるだけ様々な地域に目を配ることを意識し、月に1回、各地域の担当デスクが集まったり、全国の総局にいる教育担当記者と連携したりして、情報交換を行うようにしています。

―― 今後、目指す紙面づくりについてお聞かせください。

 読者が教育に対して何を求めているか謙虚に耳を傾けつつ、それに迎合するのではなく、役に立ち、わかりやすい教育報道をしていくべきだと考えています。教育に関しては正解があるわけでなく、答えがひとつでもありません。多くの情報を提供し、読者に考えてもらい、我々も読者とともに考える。そうすることで、よりよい方向を探ろうというところに収斂(しゅうれん)していきたいですね。

前田史郎(まえだ・しろう)

教育エディター

社会部記者として旧厚生省や遊軍を担当。東京と大阪で社会部デスクなどを務めた。