朝日新聞で全国的に実施している広告特集「大学力」。東京本社は2010年にスタートし、『大学ランキング』のデータに加え、大学の魅力を伝える長期シリーズ企画として好評を得ている。この7年で大学や受験生を取り巻く状況はどう変わったのか。また、少子化で受験生の減少が懸念される中、大学広報のあるべき姿とは? 『大学探しナビ』などのコンテンツを提供する大学通信の常務取締役で情報調査・編集部 ゼネラルマネージャーの安田賢治氏と、朝日新聞出版『大学ランキング』編集長の杉澤誠記氏が語り合った。
「選ばれる大学」になるための鍵を握る「広報力」
杉澤 東京本社で広告特集「大学力」がスタートしたのは2010年。初回の紙面に「偏差値で語れない本当の大学の魅力とは」とありますが、大学力の「力」とは偏差値の数字では測れないものだというコンセプトのもと、定量的な情報に加え、データでは測れない定性的なトピックを記事として取り上げてきました。改めて紙面を見ると、企画がスタートしたころとは、大学や受験生を取り巻く環境が大きく変わったことが読み取れます。
安田 当初は「初年次教育」「実学」といったトピックが見られますが、今ではほとんどの大学が「グローバル」をうたっている。この7年で、大学の使命が大きく変わっていることが伝わってきますね。2017年の「大学力」のテーマ「大学が果たす社会的責任とは」も、その変化を象徴していると感じました。
杉澤 大学はそもそも社会性のある組織なので、今さらその責任を問うというのは実はおかしな話なのですが(笑)。しかし、企業が専門部署を作ってまでCSRを推進している今、大学も同様に、社会的な存在として自らの責任をどう捉え、社会の期待に応えていくのかという「原点」に戻るべきではないかと思います。少し挑戦的なワードですが、あえて大学に問いかけてみようと考えたのです。
安田 杉澤さんは紙面の解説で、大学が自らの社会的責任をどう位置付けているかの判断材料として「3つのポリシー」に注目していました。「3つのポリシー」は学校教育法で短期大学を含む全ての大学に策定・公表を義務付けており、学校のパンフレットやホームページに必ず記載されていますが、正直、内容が似たり寄ったり。何を伝えたいのかが分かりにくい大学が多いと思います。
杉澤 だからこそ、大学がどう情報発信するか、つまり大学広報のあり方は見分け方のポイントのひとつになるのではないかと思います。
安田 大学選びをするとき、大学のパンフレットやホームページは当然見るでしょうが、大学が自ら発信する内容は、読む人からすると「いいことばかり言ってるんじゃないか」と思ってしまうかもしれません。「大学力」は広告特集ではあるものの、取材と編集が入ることで単なる広告ではなく、客観性を持った「真実の姿」を訴求することができているのではないでしょうか。
杉澤 自分自身のことは案外分からなかったりする。人間も同じですね(笑)。広告だからと自分たちが言いたいことばかりを詰め込むのではなく、第三者的な視点を介して、自分たちでも気づかなかった魅力を発掘し、発信していく。「大学力」のような企画をチャンスと捉えてもらえたらと思っています。
安田 例えば「グローバル」と言っても、大学によって取り組み方やカリキュラムは当然違うはずです。新聞の特性に「一覧性」がありますが、他校と並び比較されることで、自校の特色が分かりやすく伝わる効果があると見ています。どんなにすばらしい教育を実践し、パンフレットなどに掲載しても、よほど興味のある人でないとそこまでたどりつけません。教育を充実させるという大前提の上で、大学広報は今後、「選ばれる大学」になるための重要な戦略になると思います。
杉澤 実際、広報戦略がたけている大学は、子どもが減っている昨今でもしっかりと受験者数を伸ばしています。ネットには膨大な情報がありますが、一覧性という意味では紙媒体の方が強い。また、新聞メディアの特性を生かして信頼性も担保できます。それが、「大学力」が長きにわたり支持されてきた理由だと考えています。
少子化の今だからこそ大学の本質である「教育」を訴求
安田 受験生も変わりました。以前は、その大学に入れるなら全学部受験するという人も少なくなかったですが、今それをやる受験生は激減しています。高校のキャリア教育が充実してきていて、将来何になりたいか、そのためには何を学ぶべきかという観点で大学と学部を選ぶようになっているのです。
杉澤 今の高校生は真面目ですよね。将来のことを見据えながら、親にもなるべく負担をかけずに、その中で何が学べるのかをしっかりと見極めている。
安田 だからこそ、大学が訴えるべきは「教育」だと思います。どういう教育をして学生たちの学力を伸ばし、人間性を育み、卒業させているか。18歳の人口が減り始める「2018年問題」によって大学淘汰が加速すると懸念されている今、基本中の基本である「教育」をどう広報で伝えていくかが、生き残りをかける大学にとっては非常に重要な課題でしょう。
杉澤 私も「学び」「教育」「研究」が大学としては一番重要であり、広報はその原点に回帰すべきだと考えます。キャンパスが都心にあるとか学食がおいしいとか、そういう話は本筋ではない。
安田 今年の「大学力」の紙面で、他にはない研究分野やその成果を発信する話題も見受けられました。もしかしたら卒業生も知らないかもしれないこうした話題は、一覧性の中で目に留まり、おもしろい広報戦略だと思いました。また、昔のイメージのままという大学が結構多いです。例えば、今では女子学生がとても多く、かつての「バンカラ」な雰囲気はまるでないのに、一般的には意外と理解されていない。教育も同様です。大学の「今の真実の姿」を、第三者的な視点も合わせ、様々な媒体や切り口で発信していくことは今後ますます求められていくと思います。
杉澤 私はぜひ広報担当者の方々にトライしてほしいことがあります。自校のことをよく知り、理解した上で、その大学ならではの「物語」を見つけてほしい。人間はエモーショナルなものにグッとくることがあります。高校野球で球児たちのひたむきな姿に胸を打たれ、その高校に親近感を抱いたりしますよね。大学の中にも必ず何かしら物語が眠っている。それを探し出し、人の気持ちに伝わるように発信していく。そして伝えた人に「この大学で学びたい」と思わせる。それは、広報という仕事の面白さであるはずです。
大学通信 常務取締役
1956年兵庫県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、大学通信入社。現在、常務取締役。大正大学で非常勤講師も務める。自社出版物では、『君はどの大学を選ぶべきか』などの大学案内書・情報誌や、『中高受験年鑑』をはじめとする中学高校案内書・情報誌を編集。著書に『中学受験のひみつ』(朝日出版社)、『笑うに笑えない大学の惨状』『教育費破綻』(祥伝社)。
朝日新聞出版『大学ランキング』編集長
AERA English、アエラ大学ムック、アエラ企業研究シリーズなどの編集長も兼務。これまで就職情報誌、女性ビジネス誌、ライフスタイル誌などの編集を手掛け、「人と社会」の関わりを見つめてきた。