いつまでも若々しく、自分らしく 「ありたい姿」に向けた訴求が響く

 購買力は、ある。それなのに、各社がなかなか苦戦しているのが、これまで「シニア」と呼ばれてきた人たち向けのマーケットだ。今後、日本から「シニア」は消滅し、トレンドセッター意識のある50代オーバーが主流となる──。そんな実態が、博報堂 新しい大人文化研究所 所長・阪本節郎氏の話から見えてきた。

従来型シニアは消滅する

── まずは、最近の50代や60代以上に関する変化を教えてください。

阪本節郎氏 阪本節郎氏

 「超高齢化社会」などといわれるように、日本では50代や60代以上人口が急激に増えつつあります。すでに現時点で、50代以上の人口は5,600万人。5年後になると、50代以上は6,000万人、40代以上をみると7,800万人にも上ります。20歳以上人口を1億人と考えると、街へ出ても場所によっては若者を探すのが難しくなりかねません。

 これはほぼ確実な将来なのに、気付いている人が非常に少ない。その理由は、日本が2000年ごろまで先進国の中でも若者の比率が多い、若者社会だったからです。当時の気分が今も残っていることが、前述の量的な変化を見えにくくしています。

 加えて、量よりも大きなインパクトがあるのは、質の変化です。かつて50代や60代に人気が出ても、社会現象にまでなることはありませんでした。それが今や、彼らの支持からブームが生まれています。例えばテレビ番組だと、早い兆しとしては『冬のソナタ』(NHKBS/2003年)を発端とする韓流ブーム。最近では『半沢直樹』(TBS)や『ドクターX~外科医・大門未知子~』(テレビ朝日)のシリーズ、現在好調の『マッサン』(NHK)も、支えているのはM3・F3層と言われます。ブームの起点が、若者ではなく中高年になっている。これは今までの常識を覆す現象です。

── 数の変化より、質の変化が重要だと。

 そうです。今の50代以上の人たちは、昔の同じ年齢の人たちとは中身がまったく違います。昔は「50過ぎたら人生下り坂」、社会の主役を若い世代へ譲って自分は脇役へというのが一般的なシニア像でした。今や、どうも逆のようです。静かになるどころか「さあこれからが自分の時間」と言わんばかり、その人生観は180度転換しています。我々の調査でも、60代の9割が「シニアと呼ばれたくない」と答えています。

 この人たちがさらに年齢を重ねて、超高齢化社会になるほど、いわゆる昔ながらの「おじいちゃん・おばあちゃん」は見かけなくなっていく。日本から、従来型のシニアは消えていくのです。子供も若者も、もちろん以前と今とでは質が違いますが、子供が子供でなくなることはありません。今起きている変化は、そのくらい大きなことなのです。

節目は退職と子供の独立

── 博報堂で提唱する「新しい大人」とは、どんな人を指しているのですか?

 基本的には、40~60代の「何歳になっても若々しく、前向きな意識を保ち続けたい」と思っている人を称しています。前述のような変化を捉え、我々は予備軍も合わせて40~60代を対象に2008年から計3回意識調査を行っていますが、直近の2012年調査では「若々しく前向きな意識で」と答えた人は実に8割強に上りました。

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図1

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 調査結果を踏まえてクラスター分析をすると、男女それぞれ8つに分けられました(図1)。このうちイノベーターグループは、男性では約50.0%にあたる4クラスター、女性だと55.5%の5クラスターでした。

 特に女性では、ゆったりグループの中の「エンタメエンジョイ良妻賢母」も見過ごせません。約10%を占める彼女たちは、分類上はゆったりグループですが、イノベーターグループのご友人から歌舞伎座や韓国へ誘われれば、「いいわね」と追随する、まさにフォロワーです。ですから実際には、女性の場合は合わせて65%程度が活動的で、消費を促しやすい。感覚的には、もっと多いと思います。

 この年代では、「子供の独立」と「定年退職」という2つの大きな節目を迎えます。退職も、かつては少し寂しいものでしたが、今は一転して、あれもできる、これもやりたい、とワクワクしてしまっています。

 一方、子供の独立に大きく影響を受けるのは、やはり長らく子供に時間を割いてきた主婦になります。女性は時間ができると、横のネットワークを広げていきます。主にはママ友、同級生、そして趣味の友人です。男性と違って、友達の友達ともすんなり打ち解けられる。その点も、女性が特に活発になっていく理由です。

── 消費意欲もやはり高いのでしょうか?

 そうですね。この2つの節目を機に「これからだ」と思うのは、お金の収支の変化も大きいです。定期収入は減りますが、子供のための教育費・食費の支出がなくなる。ローンも終わりに近づき、反対に退職金が入ってくる。しかもスーツやランチ代がかからなくなり、部下へおごることも減るので、意外とお金を使いません。我々の調査では、お金も時間もある「金時持ち」がいちばん多いのは50~60代でした。子どもの独立で、自分たちのためだけに使えることがポイントですね。

 退職金の使い道を聞いたところ、60代男性で退職直後では消費にあてるのは17.2%。それが退職後の生活全体だと25.2%と、1.5倍になります。さらに彼らは資産運用にも意欲的です。資産運用には17.8%をあてます。アベノミクスの好調も、機関投資家や海外のファンドだけでなく、こうした人たちを中心とした個人投資家の影響が無視できないと考えています。

 ただ、長らく消費者をしている“賢い消費者”なので、無駄な買い物はしません。彼らにアプローチするには、まずは提案する商品やサービスが彼らのほしいものであることが大前提です。

図2

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あまのじゃくな団塊世代

──「新しい大人」の中でも特に数が多い団塊世代について、どのような見解をお持ちですか?

 現在60代後半の団塊世代は、日本に初めて若者文化を起こした世代です。ジーンズやミニスカート、男の長髪、ポップスにロック。自分たちがトレンドを先導してきたという自負があります。真面目な優等生が先生からほめられていた時代に突然「遊んでいるヤツがかっこいい」という価値観の逆転を生んだ。戦後初めて「私生活」を有した世代とも言えます。数の力で、一気にそれがスタンダードになり、下の世代へも及んでいます。

 特徴を端的に言うと、「世代効果が年代効果を上回っている」ことです。例えば、小さい字が見えにくくなってきたので年相応にせねばと思うのではなく、「字が読みにくい!だから字を大きくしてくれ!」と主張する。前述の「トレンドセッター」的な自負と、数の力によって、団塊世代はとにかく声が大きいので、体の衰えなど年代効果がかき消される傾向があります。

 もう少し心理的な側面を深堀りすると、団塊世代はとても競争意識が強いのです。数々の流行を経験してきたので、知らないことがあっても人から言われるのは嫌、隣の人には負けたくない。だから、グループインタビューをしても、「広告なんか信用しないよ」「ブームには乗らないよ」と皆さんおっしゃいます。その割に、新商品のCMを見たらすぐに買い求め、「まだ買ってないの?」と周囲に言うのです。

 逆にいうと、彼らは今まさにはやっているものにとても敏感なので、ブームが起こりやすい。これは、自分は自分という最近の若い世代では、もうなくなりつつある傾向ですね。

── すると、流行する兆しをつくれれば、一気にブームになるのですね。信用しないと言う割には、マスメディアも効いている。

 ええ。この世代のメディア接触を見ると、テレビと新聞は80%以上と圧倒的です。マスメディアとともにマスマーケットをつくってきた人たちなのです。実際に団塊世代にヒットした商品ブランドの多くは、広告の大量投下によって市場を拡大してきた歴史があります。

 デジタルへの接触も広がり、スマートフォンやソーシャルメディアを使っている人も増えてきました。特に前述のクラスター分析の中でも最先端の人たちは、マスメディアに深く接触しながら、二次情報としてネットも使いこなしています。女性だとスマートフォンの利用率はまだ高くありませんが、「娘や孫とLINEをしたい」といった動機での切り替えが増えそうです。とにかく女性はコミュニケーションが活発なので、今のリアルな口コミ力がソーシャルメディアへ展開する可能性も大いにあるでしょう。

 ちなみにエルダー層でのインフルエンサーは、最先端の人たちというよりも仲間内での集まりの幹事役になるような人の方が波及力が高いのです。世話好きで、新しいことをそれなりに知っている。こうした人がコミュニケーションを介して情報を拡散することで、ブームが起こることが多いといえます。

「どうありたいか」に注目

── 具体的に、メディアや広告ではどのような訴求が有効ですか?

 表現上のキーワードを挙げると、「新しい大人のライフスタイルの提案」です。調査では、40~60代の94%が「自分なりのライフスタイルを創造したい」と考えていました。青春時代を思い起こす懐かしい表現が効くこともありますが、それよりも、新しいスタイルを次々と身につけてきた彼らは、潜在的にはパターンが同じだということが重要です。

 例えば今注目しているのは、これまで日本に存在しなかった「大人文化」です。日本は若者文化を経て結婚すればファミリーが主体になっていたので、夫婦すなわち大人の2人で主体的に楽しむ文化がありませんでした。

 それが調査によると、旅行でも単なる観光ツアーではなく「妻の行きたいところへスマートにエスコートしたい」といった意識が夫の側に見えてきました。欧州では当たり前の女性を立てる文化が、日本でも始まりつつあるのかなという気がします。こういう新しい概念こそ、メディアや広告での提案が適していますね。「俺は前からそう思っていた」と言いながら、我先にと人気が出るかもしれません。

 特に新聞の読者は知的好奇心が強く、中でも朝日新聞の読者は「ちょっと先を行っている」という感覚を潜在的に持っていると思います。なので、トレンドの兆しを取り上げたり、ダイレクトにはいえませんが「朝日の読者は進んでいるかも」ということを感じさせたりすると意外に行けそうです。デジタルとの連携にも興味を持たれそうです。

── では、その新しいライフスタイルを提案するコツは何でしょうか?

 従来型シニア観にとらわれないことが最大のコツです。人生下り坂の意識はない、シニアと呼ばれたくないといっても、誰しも50歳を過ぎて本当に元気いっぱいなわけはありません。健康への関心は高く、健康維持の努力も惜しまない。ただ、健康はあくまで人生を楽しむための手段であって目的ではなく、他人から、まして広告に「第二の人生を快活に!」などと言われたくないはずです。

 我々の調査でも、実態ではなく、「どうありたいか」という意向を聞いて初めて本音が見えてきました。彼らの理想の自己イメージを把握し、そこへ向けて商品開発やメッセージ展開をすると、ぐっと心をつかめるのではないでしょうか。

阪本 節郎(さかもと・せつお)

博報堂 新しい大人文化研究所 所長

1975年早稲田大学商学部卒。同年博報堂入社。統合的な広告プロモーション展開、企業のソーシャルマーケティング開発などを経て、2000年にエルダービジネス推進室開設を主導。11年博報堂 新しい大人文化研究所を設立し、所長に就任。著書に『巨大市場「エルダー」の誕生』(プレジデント社)、『団塊サードウェーブ』(弘文堂)、『50歳を超えたらもう年をとらない46の法則』(講談社+α新書)など。