東京都が「東京ブランド」の確立を目指して動き出している。主な狙いは、世界から旅行者を招くインバウンド観光だ。これまでの取り組み、今後の方向性などを、東京都 産業労働局 観光部シティセールス担当課長の前田千歳氏に聞いた。
五輪決定を機に流れが加速
――東京のブランディング戦略について、その経緯と目的を教えてください。
訪日外国人旅行者は昨年1,300万人を超え、かなり増えてはいますが、トップのフランスには8千万人以上の人が訪れています。日本の経済力や製品の質の高さは世界的によく知られていますが、観光地としての日本の魅力がまだ十分に知られていません。東京都は、2002年から欧米を中心とした観光プロモーションは始めていたのですが、ここ数年の国際間競争の激しさを鑑み、13年に東京都の観光産業振興プランを改定し、インバウンド(訪日観光)の取り組みを強化したところでした。その直後の同年9月に東京五輪が決まり、一気に進み始めました。
東京都は2020年に1,500万人、2024年に1,800万人の東京への外国人旅行者数を目標としています。
東京五輪以降も継続して外国人旅行者数の増大を図り、経済波及効果を拡大させるため、東京の魅力を広く発信、浸透させ、世界の旅行者から選ばれる都市として「東京ブランド」を確立することを目的にしています。
これまでの取り組みの中で明らかになった課題がありました。それは、「東京に住み、働く私たちが、東京の魅力に気づいていないのではないか」ということです。そこで、都民や民間事業者にブランドコンセプトを理解、共感してもらい、街への誇りや愛着を持つことで、外国人旅行者を受け入れようという機運を作っていく。それも今回のブランディング戦略の目的です。
――具体的にはどのようなことに取り組まれていますか。
昨年6月、学識経験者や民間事業者による「東京のブランディング戦略会議」を設置しました。今年1月までに計4回開催し、ブランドコンセプトやブランドの浸透に向けた方向性について議論いただきました。その中で、改めて東京とはどんな街かを挙げていったところ、江戸時代から400年続く歴史、歌舞伎や能などの伝統文化、日本庭園やお花見などの美しい自然、ファッションやアニメなどのポップカルチャー、最先端のテクノロジーがある。清潔で安全、おいしいものが食べられて、鉄道に代表される優れた都市機能も備わっている――と。
そして、「伝統と革新が交差しながら、常に新しいスタイルを生み出すことで、多様な楽しさを約束する街。」というコンセプトが導き出されました。このコンセプトに基づいて素案を作成、2月にパブリックコメントを募集し、3月末に策定しました。
今後は、まずブランドを象徴するようなロゴ・キャッチコピーなどを作り、東京ブランドの周知を図っていきます。実は、国内外でのプロモーションの際に使用する統一したロゴなどがありませんでした。これを機会に作成し、東京ブランドを体現するようなコラボ商品なども手掛けていけたらと考えています。米国ニューヨークは、かつて「アイ・ラブ・ニューヨーク」というスローガンで市民を巻き込んだキャンペーンを展開し、そのロゴは世界中に知られました。同市民の意識の高まりもあって、「行ってみたい街」になり、国内外からたくさんの観光客が訪れるようになりました。東京都も世界に知られるキャンペーンにできたらいいですね。
観光の対象となるものは文化であることが多く、五輪開催に向けて、文化プログラムなど様々なプログラムが組まれようとしています。そうした取り組みを、我々のブランディング担当部署がPRしたり、あるいは様々な文化事業を実施する際にも東京ブランドのロゴ・キャッチを使って発信してもらったり、都庁の中でも分野や施策を横断して一体となって取り組み、ブランドの魅力を高めていきたいと考えています。
また、メッセージの送り手は、実際に観光客と触れ合う民間事業者の方々なので、ホテルや旅行会社、交通機関などの皆さんを集めて推進会議を開き、東京ブランドを共有しながら、協働した取り組みを進めていきます。もちろん、都民の皆さんに共有してもらうことが重要ですので、イベントの開催に加え、ブランドを紹介するウェブサイトを立ち上げ、ここをプラットフォームに効果的なコミュニケーションを展開していけたらと思っています。
日本経済を支える柱として期待されるインバウンド観光
――訪日観光客の受け入れで課題はありますか。
昨年12月に「外国人旅行者の受入環境整備方針~世界一のおもてなし都市・東京の実現に向けて~」を策定しました。受入環境整備の5つの視点とありますが、例えば、「多言語対応の改善・強化」。言葉が通じないことは旅行者が不便を感じるため、案内表示などの多言語化は急務と考えます。Wi-Fiを含めてIT機器を活用できる環境と、それを生かした情報提供の体制作りをする「情報通信技術の活用」も重要です。
ここ数年、東南アジアからムスリムの観光客が急増するなど、今後はますます多様な国や地域からの来訪が期待されており、「多様性に配慮した対応」をすることも課題ととらえています。
東京ブランドを発信したからには、東京を訪れたときにその魅力や楽しさ、快適さを約束する環境を作らなければなりません。そこで評価が上がり、さらにブランドイメージが高まる。そんな好循環のサイクルができれば、と考えています。
――ブランディングの主眼でもあるインバウンド観光について、期待していることや目指していることを改めて聞かせてください。
経済効果から見ると、日本経済は長期にわたり低成長を続けています。人口も減少時代に入り、国内旅行は横ばいに。日本人の海外旅行も若干減ってきている状況です。国内の旅行市場だけでは飛躍的な伸びが望めない中、インバウンド観光に期待される部分は大きく、観光庁が目指す、年間外国人旅行者数2,000万人になれば、経済的にも社会的にもかなりいい影響を与えてくれるはずです。日本や東京が世界の旅行市場の中でシェアを拡大していくことは、日本経済を支える柱になると期待されています。東京は首都であり、日本のゲートウェイですから、東京のブランディングによって、世界の人々を東京にひきつけ、そして、日本の他の地域にも足をのばして楽しんでもらえるよう、各地と連携して旅行者誘致に取り組んでいきたいと考えています。
しかし、都のブランディング戦略の最終的な目的は、旅行者数を増やすことや経済効果だけではありません。日本は製品の品質の高さでは世界に知られ、信頼されていますが、例えば、国際的なファッションブランドが、機能以上のブランド価値を提供しているように、モノを超えた価値を伝えるブランドを確立していかないと、激化する国際競争には打ち勝てません。とくに今回のようなディスティネーション・キャンペーンは、世界の人々を引きつける、東京ならではの価値をいかに伝えていくか。それが、大きな使命ととらえています。
「観光は平和へのパスポート」。これは、国連が制定した1967年の国際観光年のスローガンです。世界が平和だからこそ安心して旅ができ、人々が交流してお互いの理解が促進される。それが世界の平和につながる、ということです。これこそが、インバウンド観光を振興する本当の意義です。旅を通じて心が震えるような感動をし、自分の中で何かが変わった、といった経験をされた方は多いでしょう。人生の最後に思い出すのは、大好きな人と一緒に見た夕日だったり、幼かった頃に行った旅先だったり。そういう経験ができる観光は、世界の人々を幸せにするために存在しているのだと思います。
観光客に幸せな気分になってもらうだけでなく、この街の良さを東京に住む人たちがそれぞれに理解し、街を愛し、その気持ちを世界の人たちと共有する。そして、私たちも新たな発見をする――。これこそが、東京のブランディングが最終的に目指すことだと考えています。