訪日外国人へネット環境を無料提供 観光客の足跡をビジネスに活用

 急増する訪日観光客をビジネスに取り込もうと、17の企業・団体が「TRAVEL JAPAN Wi-Fi」プロジェクトを発足させた。率いるのは、公衆無線Wi-Fiインフラを提供するKDDIグループのワイヤ・アンド・ワイヤレスだ。本プロジェクトの意義について、同社取締役副社長の南昇氏に聞いた。

20万カ所以上のスポットが使い放題 訪日客の求める通信環境を提供

――「TRAVEL JAPAN Wi-Fi」プロジェクトとは。

南 昇氏 南 昇氏

 訪日観光客向けビジネスを活性化させるため、自治体や法人が共同で立ち上げたプロジェクトです(注)。昨年12月11日にリリースしたスマートフォン(スマホ)向け無料アプリ「TRAVEL JAPAN Wi-Fi」(TJW)を通じて、訪日中の外国人観光客に快適なインターネット通信環境を提供しています。訪日外国人が不便に感じるのは、言語、複雑な交通網と共に、無料でネット利用が可能な通信環境が十分でない点なのです。

 このアプリをダウンロードすると、6万以上のWi-Fiスポットを無料で利用でき、さらに参画企業が配布する「プレミアムコード」を入力すると、20万カ所以上のスポットが利用できるようになります。すでに1月末に30万ダウンロードを達成しました。全スポットを利用するための「プレミアムコード」は、参画企業の店舗などに行かないともらえないシステムで、企業にとっては送客に生かせるわけです。

 企業や自治体には参画費用をいただく代わりに、プレミアムコードの配布権利、アプリにクーポンや店舗情報などのコンテンツを配信する権利、そして「外国人動線レポート」を提供しています。Wi-Fi環境を整備する一方、インバウンドビジネスのチャンスを生かしたい企業にビジネスプラットフォームを提供しているということです。今年6月末まではトライアル期間として運用しており、7月からの本格商用開始を目指しています。

――プロジェクト発足の経緯は。

TJW ロゴマーク TJW ロゴマーク

 きっかけは、やはり2020年東京五輪の決定です。当社が持つ20万カ所以上のスポットのWi-Fiアクセスポイントと、ビッグデータ解析サービス「Ideal Insight(アイディールインサイト)」を活用できないかと考えました。

 当社はKDDIグループの一員として、auのスマホ用公衆Wi-Fiを提供しています。スマホが普及し始めた2011年と12年の2年間で、日本の人口分布に沿って計20万件を超えるアクセスポイントを設置しました。

 その後、13年からコンサルティング会社のアクセンチュアと協業で、Wi-Fiアクセスポイントから収集した位置情報をもとに、ビッグデータ分析を行うITサービス「Ideal Insight」を開始しました。端末所有者がWi-Fiの無線機器にアクセスすると、足跡のように通信ログが残ります。この膨大な通信ログを、アクセンチュアのビッグデータ解析エンジンで分析し、レポートとして可視化します。その結果、人の動線や趣味嗜好、店舗の商圏が分析できるようになりました。東京五輪の決定を機に、こうしたリソースを用いて新たなビジネスモデルを構築できないかと考えたのです。

観光客の通信ログを収集 誘客にも活用

――アプリの仕組みは。

 アプリをダウンロードしてスマホに入れておくと、近くのアクセスポイントを見つけて自動的にネット接続します。IDやパスワードなど煩雑な設定作業は必要ありません。そしてアプリのタイムラインには、アクセスしたスポット名や周辺のおすすめ情報などが、ライフログのように表示されます。Wi-Fiの通信ログを使うことで、このアプリがチェックインセンサーとして機能し、訪日旅行で歩いたルートや思い出が「旅のしおり」のようにタイムラインに残っていきます。

 アプリから取得するデータは、国籍と言語、位置情報、アクセス時間です。これらの情報はアプリ独自のロジックで取得するため、ユーザーの入力は不要です。もちろん情報の配信と取得については、アプリの取得時にユーザーに許諾を取っています。なお、本アプリは訪日外国人向けとなっています。

 企業側のメリットとしては、プレミアムコードの配布をフックに、店舗などに誘客できること。そして周辺の店舗情報やクーポンを配信できることです。コンテンツは、5言語(英語、中国語〔繁体語、簡体語〕、韓国語、タイ語)に対応しており、アプリの言語設定を見て出し分けが可能です。

「外国人動線レポート」では、外国人観光客が通った場所のリアルタイムマップや、地域同士の相関関係がわかります。例えば、「韓国語を話す人は新宿の後に浅草へ行く人が多い」などのデータを大字(丁目)単位で取ることができるため、現在、新宿にいる韓国人に、浅草の店舗の広告やクーポンを配信できるわけです。

 外国人観光客の多い季節や地域、国籍が可視化できるため、ターゲティング広告やO2O(オンライン・トゥ・オフライン)施策にも活用でき、プロモーション施策や、通訳スタッフの配置、看板・メニューに記載する言語など、企業の売り上げや、コストの最適化に直結するマーケティングに生かせます。

TJWアプリのスマホ画面 TJWアプリのスマホ画面
タイムラインに行動の履歴を表示 タイムラインに行動の履歴を表示

――参加企業にはどのような傾向がありますか。

 現在の参画企業は、当社が提供するWi-Fiを設置してくださっているランドオーナー(アクセスポイント設置オーナー)が中心です。

 7月の本格商用化に向けて、サービス発表以降「TRAVEL JAPAN Wi-Fi」への加入問い合わせが増えています。そのうち半数は自治体です。一般企業で一番多いのは鉄道やバスなど交通系各社。次いで、競争が激しい百貨店や商業施設などです。そして、パッケージツアーのルートに入りづらい地方のショッピングモールやアウトレットモールも多いです。最近、外国人観光客の間ではアウトレットモールが人気です。

 人口減少で市場が縮小する日本にとって、外国人観光客は今後、貴重な新規顧客です。企業は、購買力の高い訪日観光客がますます多く来日し、それによって来店増や売り上げ増につなげたいと考えています。

 商品・サービスの差別化を図りたい企業も利用しています。「当社のサービスを利用してもらえたら、20万カ所以上のスポットが無料になるプレミアムコードを差し上げます」と付加価値にできるわけです。外国人観光客の動向を知りたい自治体や鉄道会社も参画しています。外国人観光客の行動特性を知り、いつ、どんな国の方々が、どう利用するのか把握したうえで、おもてなしをしたいと考えているのです。

「日本ファン」をつくるビジネスプラットフォームに

――ユーザーを増やすため、このアプリをどのようにPRしていますか。

 最も力を入れているのは、海外現地でのプロモーションです。主にインターネット広告やソーシャル広告を利用し、ダウンロードページへ誘導しています。最近では、徐々に雑誌や新聞など現地のプリントメディアも使い始めています。

 日本国内では、外国人が集まりそうな場所や、イベントにブースを出展しています。例えば、さっぽろ雪まつり会場や中部国際空港、福岡のキャナルシティ博多などです。他にも、参画企業の免税コーナーや、昨年12月に開設された原宿の観光案内所「もしもしボックス」でも告知しています。

――今後、このプロジェクトはどのように展開していく予定ですか。

 「日本のファンづくりプラットフォーム」になるよう、新たなビジネスを考えています。現在は訪日中のビジネスがメインですが、渡航前や帰国後のビジネス目的への情報配信プラットフォームとしても役立つよう、機能を拡張していくつもりです。

 旅行代理店やホテル、温泉旅館などからは、渡航前の外国人観光客に対して広告を配信したいという要望もいただいています。当社としても渡航前にダウンロードしてもらいたい。また、EC機能を搭載し、帰国後の外国人観光客をターゲットに、土産物などを販売することも検討中です。情報提供を続けることで、日本への再訪を促すことにもなると思っています。

――インバウンドビジネスは、これからどうなっていくでしょうか。

 2020年に向けて、訪日外国人観光客はより一層増えるでしょう。インバウンドには縁遠いと思われる業種や業態の企業も否応なしに関わらざるを得なくなると思います。今は必要ないと考えている企業の方々も、一度インバウンドビジネスを経験してみてはいかがでしょうか。そこには、大きなビジネスチャンスが眠っているかもしれません。

(注)参画法人・自治体=ワイヤ・アンド・ワイヤレス、アクセンチュア、沖縄県・沖縄観光コンベンションビューロー、小田急電鉄、キャナルシティ博多、京都市・京都文化交流コンベンションビューロー、KDDI/沖縄セルラー電話、神戸市、ジェーシービー、東京交通局、ドン・キホーテ、日本航空、パナソニック インフォメーションシステムズ、ぴあ、ビックカメラ、マツモトキヨシ

南 昇(みなみ・のぼる)

ワイヤ・アンド・ワイヤレス 取締役副社長

2004年パワードコム(現KDDI)セキュリティ商品企画部にて同社初の法人セキュリティビジネスの立ち上げ後、ソリューション商品企画部にて同社初の法人クラウドサービスを立ち上げる。10年から現職。公衆Wi-Fiインフラを利活用した新規事業の責任者。