『まっぷる』『ことりっぷ』など旅行ガイドブックや地図の刊行で50年以上の歴史を持つ昭文社。同社が2014年に訪日外国人向け観光アプリ「DiGJAPAN!」をリリースした。日本人旅行客を対象にしてきた同社が、インバウンド市場に踏み出したのはなぜか。同社の経営企画室経営企画課 課長の鶴岡優子氏に聞いた。
個人観光客向けの無料アプリ 五輪決定をきっかけに開発
──スマートフォン用アプリ「DiGJAPAN!」の概要をお教えください。
「DiGJAPAN!」は、訪日外国人観光客向けに開発した、無料の観光ガイドアプリです。現在、「Food & Drink」「Onsen(温泉)」「Coupon(クーポン)」「Wi-Fi」、季節限定の「Sakura(桜情報)」など、16カテゴリーの観光情報を提供しています。英語、中国語(簡体字、繁体字)、韓国語、タイ語の5言語対応です。情報提供エリアは東京、大阪、京都の3カ所。札幌、横浜、福岡、富士山そして富良野などを順次追加し、7月頃には日本の主要な観光地を収録する予定です。
コンテンツはすべてオフラインでも利用できます。エリアを選択すると、その地域のコンテンツを一括してダウンロードでき、通信環境を問わずどこでも操作できます。これは、訪日前にアプリをダウンロードしてもらうことを狙ったものです。
おかげさまで多くの方にご利用いただいており、今年の春節の時期には台湾のアンドロイド版アプリの旅行カテゴリーで1位を獲得しました。
2月からスタートしたクーポンの配信も好評です。ビックカメラさんから免税と併せて使用できる「6%の値引き券」を提供していただいているほか、個別の店舗からも「ラーメン味玉トッピング無料」などのクーポンをご提供いただいています。これからも毎月続々とクーポンを増やしていく予定です。今のところ、クーポンの掲載料はいただいていません。クーポン情報は毎月更新しています。
企業向けの広告メニューとして、アプリ内ディスプレー広告とタイアップ広告があります。新たな広告媒体として、このアプリを活用してもらえたらと考えています。現在、鉄道など交通系各社、通信機器レンタル、外国人に人気のソフトクリームを扱う企業などからご依頼いただき、自治体からの問い合わせも増えています。
──開発の経緯、狙いは。
直接的なきっかけは、やはり2020年東京五輪の開催決定です。これを機に、社内でも本格的にインバウンドビジネスに取り組もうという機運が高まりました。そこで行ったのが、部門を横断したブレストです。その時に出てきた100以上のビジネスアイデアの一つが、スマートフォン(スマホ)アプリでした。
主なターゲットは、アジアからの個人旅行客(FIT=Foreign Independent TourまたはFree Individual Travelerの略)です。近年、団体旅行ではなく、個人で来日する外国人旅行客が増えています。そして、2014年の訪日外国人旅行客トップ3は台湾、韓国、中国でした。こうした国や地域ではアンドロイド端末をはじめスマホが急速に普及しており、観光情報はインターネットから無料で入手する方法が普及しています。そこでまずは、紙の旅行ガイドブックではなく、スマホアプリを制作しようと決めました。
ソーシャルメディアを通じて現地のニーズを収集
──どのような手法で外国人観光客のニーズを調べたのですか。
当社では、2012年10月ごろから台湾の方向けにフェイスブックページの運用を始め、日本の観光情報を発信してきました。そこから発展して、今では台湾、タイ、シンガポール、英語圏向けに4つの「DiGJAPAN!」オフィシャルフェイスブックページを運営し、計68万ユーザーから閲覧されています。
このページで、日々外国人ユーザーとコミュニケーションを取り、彼らの求める情報や写真の好みについて知見を蓄積していきました。最初は、日本語で一度書いたものを翻訳して投稿していましたが、ソーシャルメディアでは「おしゃべりをするようにテンポ良く」投稿することが大切です。国・地域によって、興味を持つ投稿も反応も異なります。そこで、できるだけ現地の感覚に合う投稿をするため、外国人スタッフを採用しました。旅行ガイドブックの編集経験が豊富な日本人スタッフと外国人の混成チームで運用しています。アプリには、こうしてソーシャルで得たニーズを大いに反映させました。
また、当社の国内向け旅行ガイドブックを外国人に見てもらってリサーチも行いました。そこでわかったのは、日本のガイドブックや地図は情報量が多すぎるということ。文字情報が多すぎると、外国人はかえって混乱してしまうそうなのです。そこで紹介する観光情報は厳選し、アプリに搭載した地図も交差点名や通りの名称など旅行の際に必要な情報のみに減らして、シンプルにカスタマイズしました。
──フェイスブックページから得られた外国人観光客のニーズは。
東南アジアの方は日本の四季を楽しみたいという方が多いようです。桜、紅葉、雪、四季折々の花々……。大自然にあふれ、雪を見られる北海道は特に人気です。富良野のラベンダー畑や茨城のひたち海浜公園のように、色彩豊かな花がじゅうたん状に敷き詰められ、絵ハガキのような美しい写真が撮れるスポットは非常に人気があります。富良野の観光情報を優先して配信しようと考えたのも、こうした理由からです。
消費行動で特徴的なのは、台湾やタイの方はコストパフォーマンスを重視することです。台湾では「コストパフォーマンス」のことを「CP値」と書き、このキーワードを投稿に含めると劇的に閲覧数が上がります。これは中国の富裕層が、炊飯器やホームベーカリーなど高価な家電を好むのとは対照的です。
台湾やタイの方に人気なのはドラッグストア。「安くて質のいい商品がそろっている」と、美容フェースシートや化粧水、目薬など安価なものを大量買いします。台湾の方の中には、そのために繰り返し来日するリピーターもいるほどです。期間限定のセール情報や免税店情報も注目されています。
蓄積したコンテンツを現地メディアにも提供開始
──ユーザーを増やすため、どのようなプロモーションを行っていますか。
4つのフェイスブックページを基点に、フェイスブック広告やディスプレー広告、ユーチューブへの動画CMのアップ、前述の5言語のランディングページなど、複数のデジタル施策を組み合わせて展開しています。
いつか日本に行きたいと考えている潜在顧客と、これからまさに行こうとしている顕在顧客との双方を意識しています。潜在顧客とはフェイスブックページを通じて日々接点を持ち、「今すぐ日本へ行きたい」と考えている顕在顧客には、現地の旅行代理店や空港のWi-Fiレンタルカウンターなどで、契約時にチラシやパンフレットを渡してもらうようにしています。
──インバウンド市場を重視する理由は。
競業も多く長年手がけてきた国内旅行とは違い、これまで大きく事業化していなかった外国人観光客向けビジネスは純増市場です。しかも、これまで50年以上にわたって蓄積してきた社内のリソースを存分に生かすことができます。編集スタッフが取材で集めてきた日本全国の観光情報と、外国人にとって欠かせないドラッグストアやコンビニエンスストアが記された地図情報。この両方をフル活用できます。
顧客が変われば、ニーズもアウトプットの仕方も変わります。豊富な社内リソースを外国人観光客のニーズに合わせてカスタマイズすれば、これからも大きなビジネスチャンスがあるはずです。
──今後、どのように展開していく予定ですか。
まずは「DiGJAPAN!」の機能をさらに拡張し、より多くの外国人に利用してもらえるよう、普及に力を入れ、広告モデルでマネタイズしたいと考えています。
さらに、2月からは中国人観光客向けに、現地メディアへのコンテンツ配信事業を開始しました。中国のような大きな市場では、独自にサイトを立ち上げるより、膨大な会員を抱えるポータルサイトと連携した方が情報の広がりも速く効率的です。
第一弾として、中国のグルメサイト「大衆点評」(月刊アクティブユーザー1.3億人)に東京の観光コンテンツを、旅行ソーシャルアプリケーション「在路上」(登録ユーザー数2千万人)に東京、大阪、京都の観光コンテンツとおすすめモデルコースを配信し始めました。
インバウンド市場では、観光情報をはじめとするコンテンツがまだ不足している状況です。今後はグルメ、ファッション、カルチャーなど他のジャンルのコンテンツホルダーとも連携して、市場を活性化していけたらと考えています。