海外から東京に訪れる観光客の間で、ヒットしている旅行商品がある。その名は「東京雪遊び」。東京にいながらにして雪遊びが楽しめる、がコンセプトだ。「東京でそんなことができるの?」と思ってしまうが、どのような商品なのか。その人気の秘密は。東日本旅客鉄道 鉄道事業本部 営業部次長の高橋敦司氏に聞いた。
「雪への憧れ」を商品化 現地で販売チャネルを開発
──「東京雪遊び」の開発の経緯、商品概要を聞かせてください。
少子高齢化によって、通勤や通学での鉄道利用者が減少することが予測されます。当社としては、鉄道を利用する観光客を増やすことが急務ととらえています。今後期待できるのは海外からの観光客です。しかし、多くの訪日観光客は、東京は訪れるものの東京以外にはほとんど行きません。例えば、東北エリアに関しては、全体の約2%しか足を運ばないのです。そこで、東京を訪れる人をターゲットに、東京から足を延ばして楽しい旅の体験ができる商品を提供しようと考えました。
着目したのは「雪」です。アジアは雪が降らない国・地域が多く、そこに住む方々は雪への憧れを持っています。とはいえ、本格的にスキーを楽しむような観光客は直接北海道や白馬などを目指します。少しだけ雪に触れてみたい方々に、東京観光の延長で簡単に雪遊びを体験してもらおうというのが「東京雪遊び」です。
東京滞在の訪日外国人向けのツアーのオプショナル商品として、東京からガーラ湯沢駅までの新幹線とリフト券、雪遊びセットやウエアのレンタルなどをセットしています。GALA湯沢は東京駅から新幹線で最短77分。駅の改札を出たら目の前がスキーセンター、そこからゲレンデです。駅と同じ建物でウエアや道具などのレンタルもできるので、東京観光の格好のまま手ぶらで雪遊びが楽しめるのです。
──新幹線で越後湯沢に行くツアーでありながら、「東京にいながらにして雪遊びができる」とうたっている点がポイントですね。
例えば、日本人が観光でニューヨークを訪れると、多くの人が日帰りでナイアガラの滝に行くオプショナルツアーに申し込みます。実は移動距離は、東京-函館に匹敵する距離です。パリに行ったついでに日帰りでモンサンミシェルに行く人も多い。これも東京から岩手県の平泉ぐらいの距離があります。
私は以前、グループの旅行会社で日本人向けの海外旅行商品の開発に携わった経験があり、日本でも同じことができると考えました。つまり、東京から新幹線で1~2時間の距離は東京観光のオプションになるのです。東京に来て、浅草や表参道を訪ね、ドラッグストアやデパートで買い物をし、少し足を延ばして雪遊びする……というのも、海外からの観光客の方々にはそんなに違和感がないはず。そうした発想から「東京雪遊び」が生まれたのです。
──各国での販売、プロモーションはどのように展開されていますか。
2013年9月、台湾市場を対象に個人旅行向け鉄道利用パッケージ商品「東日本鐵道假期(東日本鉄道ホリデー)」を発売しました。そして、1つの旅行会社をキーエージェントに複数の旅行業者をコンソーシアム化し、商品を販売する仕組みを作りました。プロモーションは、テレビCM、台湾の地下鉄・台北MRTでの交通広告を大々的に展開。鉄道の旅が好きなキャラクターの「東(トン)くん」が新幹線に乗ってわずか77分でGALA湯沢に到着し、雪遊びを楽しんでいる様子を描き、最後に商品を扱う旅行会社を表示しました。
インバウンドのプロモーションは、ある都市や観光地の魅力を伝えるだけで、その旅行商品がどこで買えるのかを伝えきれていないケースがあります。それでは単なるイメージ広告になってしまいます。「東京雪遊び」は、発売に先駆けエージェントの方々を招き、東京からの距離感はもちろん、GALA湯沢での雪遊びを体験してもらいました。これが好評で、参加者がソーシャルメディアでも拡散してくれました。国や地域によって様々な事情があり、同じ方法で成果をあげられるとは限りませんが、商品設計、チャネル開発、そしてプロモーションまでをセットで展開することが大事だと考えています。「東京雪遊び」を展開してきたこの3年で、その確信を得ることができました。
現在は台湾に加えて香港、タイ、インドネシア、マレーシア、シンガポールで同様の商品「Eastern Japan Tokyo Rail Days」を発売し、現地における販売チャネルの構築とプロモーションを展開しています。
旅行会社を経由しない個人客にも利用してもらおうと、成田、羽田の両空港内、東京駅、新宿駅に設けている海外旅行者専門の「JR EAST Travel Service Center」などでも関東近郊を楽しめる訪日観光客向けのお得な切符「JR Kanto Area Pass」に、新潟県のガーラ湯沢駅までの新幹線チケット「GALAオプション券」を大人プラス1,000円で利用できる商品を販売しています。その日の行動に悩んでいる方にもおすすめでき、とても喜ばれています。
「点から面へ」 東京+αで地方誘客に可能性
──販売実績、反響はどうですか。
初年度の2013年冬シーズンは4千人、14年は1万3千人、そして15年は2月に2万人を超えて、2万7千人に達する見込みです。前年度の倍々ペースで、予想以上に伸びています。利用者の1位は台湾、2位は訪日ビザ要件の緩和などで観光客が急増しているタイ、3位が香港と続きます。いずれの国・地域でも当初は大々的な広告投下で認知度を高めましたが、その後はリピーターがソーシャルメディアなどで拡散するクチコミ効果も高いように感じています。
東京から1時間ちょっとの圏内にある軽井沢も同様に外国人の観光客が増えてきました。旧軽銀座でリゾートの雰囲気が味わえ、日本最大級のアウトレットで買い物を楽しむことができ、冬には雪もあります。東京から足を延ばす場所として認知が高まってきているようです。スキーを目的に長野を訪れる観光客も今年はとても増えています。また、「東京雪遊び」のGALA湯沢では、リピーターが湯沢町に宿泊するケースも多くなったそうです。商品をきっかけに日本観光の楽しみ方や滞在の仕方が広がりを見せてきていることを実感しています。
──今後予定している施策、展望は。
「東京雪遊び」の次の企画はすでに検討しています。発売が決まっているのは「東京フルーツ狩り」です。東京近県でイチゴ狩り、さくらんぼ狩り、桃狩り、ぶどう狩りを楽しむ商品です。日本の果物はおいしいと、外国でとても人気があることに着目しました。
東北に足を運んでもらうような企画も打ち出したいと考えています。東京に来たことのない観光客に、いきなり東北周遊をアピールするのは難しいと思いますが、東京とセットで、「点」ではなく「面」として訴求する。仙台までは新幹線で最速1時間半ですから、3泊のうち1泊でもして、松島を見て牛タンを食べて、という楽しみ方ができます。
東京都も、東京にないものと組むことで東京の魅力を高めようと、「東京+東北」というインバウンドの誘客事業を進めており、当社も参加しています。
東京は魅力あふれる街で、東京を語らずして日本に来てもらうのは難しいと考えます。しかしながら、東京からの距離感を含めてその街や観光地を組み合わせてアピールすることで、海外からの旅行者にはしっかりと伝わるものだと、「東京雪遊び」の反応や反響を通じて実感しました。それが本当の意味で、日本全体に波及効果を与え、地域を元気にするインバウンド観光につながるととらえています。