今年、『テルマエ・ロマエ』『BRAVE HEARTS 海猿』『踊る大捜査線THE FINAL 新たなる希望』と、ヒット映画を連発したフジテレビ。独自の戦略や具体的なプロモーション内容について、総合メディア開発映画事業局次長兼映画制作部長の小川 泰氏に聞いた。
映画の最近のトレンドは「ローカル化」
──映画市場の現状をどのように見ていますか。
邦画が好調といわれていますが、洋画が苦戦しているといったほうが適切かもしれません。巨額の制作費を投じて痛快アクションものやハッピーエンドものを提供するハリウッド映画は、マンネリ化もあってか、昔ほど観客を引きつけなくなっています。アメリカの映画業界はそこに気がついていて、世界の各地域に根ざした映画を製作するローカルプロダクションに新たな可能性を見つけています。例えば、今年公開された『るろうに剣心』は、ワーナー・ブラザース映画の製作です。映画市場が熟成していく中で、地域の特性にきめ細かく対応したコンテンツが受け入れられやすくなっているように思います。
──そういう意味では、『踊る大捜査線』シリーズは、日本のマーケットに特化したコンテンツといえるのではないでしょうか。同作のプロモーション戦略について聞かせてください。
『踊る大捜査線』シリーズは、日本の観客に向けた最大の成功例といえると思います。テレビドラマからのコンテンツですが、映画化に際しては既存の映画的手法を否定して、宣伝活動も含めて立体的にムーブメントを起こす戦略を持っていました。
9月7日に公開した劇場版第4弾で最終作となる『踊る大捜査線THE FINAL 新たなる希望』では、その公開に先立ち、テレビドラマ『踊る大捜査線THE LAST TV サラリーマン刑事と最後の難事件』を放送しました。
実は、映画とドラマの撮影は同時進行で行われました。手間が増えて、俳優陣にも負担のかかることです。それでも実行できたのは、スタッフや出演者全員が、ドラマと映画の相乗効果を十分に理解しているからこそであり、フジテレビにしかできないことだったと思います。
『踊る大捜査線 THE LAST TV サラリーマン刑事と最後の難事件』は、視聴率21.7%を記録しました。今回の映画公開にあたり過去の劇場版も複数放送していますが、高い視聴率を獲得しており、この秋の当社のキラーコンテンツとなりました。
また『踊る大捜査線』シリーズは、明るい作風ということもあり、さまざまな企業とのタイアップが実現しました。スマートフォン向け放送局のNOTTVではオリジナルサイドストーリー「係長 青島俊作2 事件はまたまた会議室で起きている!」(全10話)を放送したほか、日産とのタイアップCMではおなじみスリーアミーゴスがリーフの魅力をPR。その他、伊藤園でのプレゼントキャンペーンなどを実施しました。そして、完成披露試写会の直後には、前述の企業の皆さんと一緒に朝日新聞の朝刊で8面に渡って、『踊る大捜査線』のタイアップ全面広告を展開して話題を呼びました。これらの展開はそれ自体がニュースとしても報道され、まさに「踊る」にしかできない宣伝展開が実現できたと思います。
──今年は『テルマエ・ロマエ』も大ヒットしました。
予想をはるかに超え、約60億円の興行収入となりました。数々行ったプロモーションの中でも話題になったのは新聞広告です。映画封切り直前の4月26日が「良い風呂の日」であることにちなみ、その日の朝日新聞朝刊に7面にわたって全面広告を展開しました。広告の反響はツイッターなどソーシャルメディアを通じてまたたく間に広がりました。タイアップ企画としては、ジャパン ゲートウェイが展開した「レヴール」と『テルマエ・ロマエ』のコラボレーションCMなどが話題を呼びました。また、お台場の「大江戸温泉物語」では、主演の阿部寛さんや上戸彩さんと外国人の方を招いて「お風呂イベント」を開催したりもしました。
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製作の各段階で宣伝材料を見つけることが重要
──フジテレビの映画プロモーションの特徴は。
最も大切なのは、企画決定の段階で宣伝展開の可能性を見極めて、「売りやすい企画なのか?」を十分に吟味することです。良い映画だが売りにくい映画はたくさんありますが、そうはしたくないと考えています。さらに脚本作り、キャスティング、撮影、完成後から公開まで、それぞれの段階において宣伝展開の可能性を広げる工夫を積み重ねていくことです。特別なマジックがありませんが、やはり紋切り型にならない宣伝プランを意識することは大切だと思います。そしてプロデューサーが中心となって監督、スタッフ、キャスト、宣伝チームが作品と宣伝の方向性をしっかりと共有しなければなりません。
映画という商品は、見る前に見る(買う)ことを決めなければならない商品です。いわば開けてみないとわからないお楽しみ袋みたいなものです。そういう意味では、映画の宣伝とは、いかに「開けてみたくなる包装紙」を用意するかに尽きると言えます。ですからまず最初に作る宣伝材料であるポスターと予告編は極めて重要な役割を担っています。対外的な宣伝効果はもちろんですが、作品の方向性をスタッフ内で共有する役目も同時に担っているからです。
また、近年は監督やプロデューサーがブログやツイッターに製作状況をアップするなど、ソーシャルメディアを介した情報発信も必須になっています。しかし、これも通り一遍の情報では広がっていきません。マスメディアを利用した宣伝とは一線を画す血の通ったメッセージを発信するようにしなければ意味がないと考えています。
──最近は映画のレビューサイトが、いわば「包装紙」の役割を果たしているのではないでしょうか。
確かにレビューサイトを見て、観に行くか行かないかを決める人は増えているようです。映画業界の人間もかなり気にしていると思いますね。ただ、興行成績がよくてもスコアが低い映画もあったりするので、興行成績を左右するほどの影響力があるかといえば、そうでもない気がします。いずれにしても、私たちのコントロールの範囲外のことなので、コンテンツの力を信じるしかありません。
──ヒット作を生むポイントとは。
先ほどもお話しましたが、企画の段階で「この映画なら、こういう宣伝活動ができる」というビジョンが見えてこないと、大ヒット作品というのはなかなか生まれにくいと思います。例えば『テルマエ・ロマエ』は、斬新な発想の企画、日本人が大好きなお風呂という題材、知的で明るいストーリー、好感度の高いキャスティングと、いろいろな要素がそろっています。ですから、企業とのタイアップや、テーマに則したイベントなどを容易にイメージできた映画でした。
──プロモーションのターゲットとして意識している層はありますか。
子供向けのアニメ作品から、シニア向けの作品まで、ターゲットはさまざまです。ただ、映画の動員をけん引しているのは女性、中でもF1層(20~34歳の女性)で、フジテレビの視聴者層とも重なるので、かなり意識しています。
──新聞広告について、どのような評価をされていますか。
新聞広告は、企画性の高いクリエーティブを打ち出せば、影響力は絶大だと思います。『テルマエ・ロマエ』の広告を展開したときにつくづく実感しました。若い人が新聞を読まなくなっているとよく聞きますが、反響を見る限り、工夫を凝らせばちゃんと見られるのだと思いました。
──今後のプロモーション予定は。
10月27日から周防正行監督の『終の信託』が公開されました。終末医療をテーマとした力作です。11月3日からは、リドリー・スコット率いるスコット・フリーとフジテレビの共同プロジェクト『ジャパン イン ア デイ』が公開されています。震災から1年後の2012年3月11日に世界中の人々が撮影した様々な投稿映像を紡いだ「ソーシャル・ネットワーク・ムービー」です。11月17日からは、テレビドラマが反響を呼んだ『任侠ヘルパー』の劇場版が公開予定です。具体的なプロモーション内容は明かせませんが、作品それぞれに合わせた企画を用意しています。楽しみにしていただきたいですね。
フジテレビジョン 総合メディア開発映画事業局次長兼映画制作部長
1987年入社。営業局営業推進部、営業局ネット営業部。編成局編成部、JスカイB(現スカイパーフェクTV)、BSフジを経て、2003年に映画事業局に異動。12年7月より現職。フジテレビ映画作品の制作・ラインナップ管理を担当。