「山下達郎」を売るために全方位でPR メディアとともに期待感を醸成

 山下達郎さんのベストアルバム「OPUS ~ALL TIME BEST 1975-2012~」が9月26日にリリースされた。ロックバンド「シュガー・ベイブ」時代の「DOWN TOWN」から、2012年最新作の「愛を教えて」までの楽曲のうち、山下さん自身が49曲を選曲。レーベルを越えた、デビューから37年の活動の集大成と言える作品だ。ワーナーミュージック・ジャパン 邦楽統括事業本部 第3制作本部長の黒岩利之氏に、プロモーションの概要や反響などについて聞いた。

スペシャルサイトや「シアターライヴ」で「期待感」を盛り上げ続ける

黒岩利之氏 黒岩利之氏

――国内で販売されているCDのプロモーションの現状、傾向について聞かせてください。

 AKB48がブレークしたあたりから、チャート上位はAKB48やジャニーズ、K-POPをはじめとするアイドルグループが席巻し、従来のCDパッケージの売れ方とは違う時代になったという感があります。具体的に言えば、同じ楽曲なのにジャケットや収録内容がちょっと違うとか、イベントでの握手券がついているといったことで、固定ファンに複数のCDを購入させるといった手法です。そうしたやり方をどう見るかは難しいところですが、CDが売れないと言われる中、パッケージ全体の売り上げが伸びているのも事実です。シンガー・ソングライターを主力としてきた当社としては、そういった状況や時代感を把握しつつ、現在のマーケットの中でどのようなプロモーションが効果的なのかを常に考え、戦略を組み立てるように心がけています。

――そうした中、山下達郎さんのベストアルバム「OPUS ~ALL TIME BEST 1975-2012~」を発売しました。

 実は、昨年8月に6年ぶりのニューアルバム「RAY OF HOPE」をリリースしたところ、アルバムチャート1位を獲得するなど非常にいい結果を出すことができました。また、山下もここ3シーズンほど精力的に全国コンサートツアーに回るなど、様々な意味で状況が温まっていました。こうした状況をさらに発展させるためにも、集大成としてのベスト盤を出そうという結論に達しました。一方で山下自身も、音楽のネット配信が主流になりつつある今、「いつまでCDパッケージというものが存在できるかわからない。CDで聴いてもらえるうちにベストアルバムをリリースしたい」という意志を持っていた。いろんなタイミングが合ってこの時期のリリースにつながりました。

――プロモーション戦略は。

 まず、主要年齢層を「平均年齢45歳以上の男性」に絞りました。ネット配信にはあまりなじみがなく、音楽はCDやラジカセで聴いてきた世代。こうした層にいかにリーチするかを戦略の軸に据え、コンセプトを固めていきました。
ベスト盤発売の告知など、プロモーションのキックオフは6月15日に設定しました。収録曲を全曲発表できない時期でしたが、店頭からの受注がリリース2カ月前から始まることもあり、3カ月ほど前の始動に踏み切りました。発売の9月26日までいかに期待感をあおり続けていくか。それがミッションでした。

――プロモーションの具体的な概要は。

 「山下達郎『ベスト盤』スペシャルサイト」を立ち上げ、このサイトを核に様々な情報を発信していきました。その一つが、今回初の試みとして実施した、山下のライブ映像を上映する「シアターライヴ」に関する情報でした。8月25日から都内でも1劇場のみ、1週間の限定上映で前売り券を販売しましたが、フタを開けてみると関係者が悲鳴を上げるほどの大反響で、これはうれしい誤算でしたね。10月には地方の劇場も加え、何度も追加上映をするに至りました。なかなかコンサートに足を運べない方にもライブ体験をしていただき、その先で、CDも聴いてみたい、実際のライブにも行ってみたい、と思ってもらえるような、間接的ではありますが、CDプロモーションにつながったという手応えを感じています。

アーティストの意向も反映させながら広告、パブリシティーを展開

――メディアでの展開は。

 キックオフ当日の6月15日には、朝日新聞朝刊に全15段のカラー広告を出稿。ベストアルバムのリリースについてはもちろん、「シアターライヴ」やスペシャルサイトについてもアナウンスしました。山下の楽曲の中でも特に人気のある曲を情報の中にラインアップしたり、これまでのアルバムのジャケットをすべて並べて見せたりして、全体像は見えないまでも期待感をあおるようなクリエーティブに仕上げました。予想を超える反響で、スペシャルサイトが当社の月度の最高ページビュー数を記録したほどです。

 発売前日の9月25日には、朝日新聞のテレビ面に広告を掲載しました。ほとんどの読者が目にする面ですから、スペースが小さくても発売直前にインパクトを持って露出することで、発売情報を知らなかった層や知っていても購入していない層にもしっかりと届くのではないかと判断しました。

 新聞の他には、テレビのスポットCM、交通広告、雑誌など、全方位で展開。生活動線の中で接触する様々なメディアに露出することで、リマインド効果につながればと考えました。

2012年6月15日付 朝刊 全15段 ワーナーミュージック・ジャパン 2012年6月15日付 朝刊
2012年9月25日付 朝刊 TV面表札 ワーナーミュージック・ジャパン 2012年9月25日付 朝刊

――パブリシティーについては。

 プロモーションに関するすべての施策は、私たちレコード会社がアイデアを考え、事務所スタッフとの検討を重ね、山下本人にプレゼンして了承を得た上で各メディアで展開します。パブリシティーも例外ではありません。

 山下はデビュー以来、テレビには一貫して出演していません。しかし、テレビでの告知は重要です。そこで、例えばフジテレビ「めざましテレビ」の軽部真一アナ、TBS「ひるおび」の恵俊一さんなど地上波民放の、しかも情報番組のパーソナリティーの方に、都内のスタジオに来ていただき、ラジオブースで山下にインタビューをしてもらい、音声とその様子を撮影したスチール写真をテレビでオンエアしました。テレビではかなり珍しいやり方なのですが、逆にインパクトが絶大だったようで、業界からも驚くほどの反響がありました。

 「テレビには出演しない」という姿勢は、山下自身が37年間の体験と経験で積み重ね、築き上げてきたブランディングでもあります。今は、ある意味その「枷(かせ)」を逆手にとって、山下達郎らしいプロモーションを考えていこうというモチベーションにつながっているように感じています。

 新聞では、リリース2週間後の週末、10月6日付朝日新聞beの「フロントランナー」で取り上げられ、ものすごい反響がありました。発売直後には当然露出が増えるのですが、実はその後いかに売り上げを伸ばしていくかが重要です。コアなファンの方々は発売と同時に購入してくれますが、迷っている方には、発売から2週間という絶妙なタイミングが、かなりの「ひと押し」になったのではととらえています。

――今回のプロモーションでの収穫は。また今後の課題があれば聞かせてください。

 デビューから37年、山下の歴史を支えてきてくれたメディアや流通などの関係者の方々が、今回のベスト盤は「売るぞ!」と動いてくださった。それを実感できたことは、最大の財産になりました。
この夏、山下は「SWEET LOVE SHOWER 2012」という夏フェスに出演したのですが、山下のステージを初めて見て感激していた多くの若いオーディエンスを見て、山下達郎というアーティストは知っているけれど、ライブやパフォーマンスにはこれまで縁がないような若いリスナーにも、しっかりとコミュニケーションしていかなければならない、と痛感しました。今後の課題ですね。
そんな中、代表曲の一つである「クリスマス・イブ」の季節到来にあわせ、更なる施策を実行していきます。私たちプロモーションを担当するものの使命として、山下の楽曲やライブのすばらしさをさらに広い世代にしっかり伝えていきたいと思ってます。