東日本大震災で、被災者の多くが思い出の詰まったアルバムやパソコンを失った。その思い出を復興しようというプロジェクトが、グーグルの「未来へのキオク」だ。被災者からほしい「キオク」を募り、その「キオク」を持っている人が応える……という取り組み。コミュニケーションの主軸に据えたのが、新聞のシリーズ広告だった。企画やコミュニケーションを手掛ける、博報堂ケトル 代表取締役 共同CEO 木村健太郎氏と、インテグレーテッド キャンペーン プラナー 橋田和明氏に話を聞いた。
小さい欄ながら連日目にする シリーズ広告が持つ「訴える力」
――グーグル「未来へのキオク」プロジェクトについて聞かせてください。
グーグルが提供するさまざまなサービスをもっと日本の方々に使ってもらい、グーグルというブランドを好きになってもらおう――。こうしたマーケティングの目標を実現するため、「グーグルが生活の中で役に立つ」ことを確立するコミュニケーションを模索する中、東日本大震災が起きました。グーグルでは「パーソンファインダー」という行方不明者の消息を調べられるサービスを震災後わずか数時間でスタートするなど、ネットメディアだからこそできる取り組みを進めてきました。
では、次の復興に向かう段階でグーグルにできることは何だろう? 答えは机上で考えていてもわからないので、とにかく被災地に向かいました。避難所を回り、被災者の方々のお話をうかがうと、多くの方が身ひとつで逃げたため、津波でアルバム・写真や動画を保存してあったパソコンが流されてしまったと知りました。そして、思い出は、過去のものでありながら未来への希望をつなぐ原動力になるもので、被災者の方々を勇気づけられるんだ、と強く確信しました。
パソコンなどのハードはまた買えばいい。でも、そこに記録されていた「思い出」というソフトは二度と取り戻すことができません。グーグルには「Picasa」という写真を共有したり公開された写真を検索したりできるウェブアルバムのサービスや、動画投稿・視聴ができる「YouTube」というプラットホームがあります。これらを使えば、なくした写真や動画を全国から集めることができるかもしれない。そこで、「思い出の復興」をテーマに、ウェブを中心に全国から失われた思い出を集めようというプロジェクトが生まれました。それが「未来へのキオク」です。今までの自分の人生の記憶があって初めて、未来への希望が開ける。タイトルには、そんな意味合いを込めています。
――プロジェクトの具体的な概要は。
フェーズは主に、
1.キオクを募集する
2.募集に対してキオクを提供する
3.残しておきたいキオクを投稿する
という3つで構成されています。まず、思い出をなくされた被災者の方々の「こんな写真や動画がほしい」という声を募り(1)、「それ、持っている」という人が写真や動画を投稿(2)、サイト上に公開された写真や動画は誰でも利用できるようになっているため、被災者の方々は「思い出」を再び手にすることができる、という仕組みです。また、募集はされていないけれど、震災で失われた風景などで後世に残しておきたいと思う写真や動画を投稿することもできます(3)。これらは基本的に「未来へのキオク」のウェブサイト上で募集、投稿、閲覧ができる仕組みです。
こうしたプロジェクトの場合、「グーグルが写真や動画を募集します」とすると、プロモーション目的にとらえられてしまう可能性があります。あくまでも思い出をなくされた被災者の方々の「こんな写真がほしい」という声に応えるのがプロジェクトの本意なので、まずは「生の声」を集めることが必要です。「未来へのキオク」のサイトに「キオクを募集する」というボタンを設け、ここから直接ほしい写真や動画について投稿することができるようにしました。ただ、それだけだと、初期段階ではプロジェクトがなかなか立ち上がらないので、被災地の避難所など計49カ所に「未来へのキオクポスト」を設置し、専用の用紙に書き込んで投函(とうかん)できるようにしました。また、NPOに協力してもらい、インタビューしたものをサイトにアップする取り組みも行いました。
――どのようなコミュニケーションを展開しましたか。
告知や募集については新聞広告をメーンに、ウェブや屋外広告で展開。最後に、被災者の声に応えるたくさんの写真が集まることで、それが被災者にとっての大きな喜びにつながっていく、そうした喜びをみんなで作り上げていこう、というイメージを映像化し、テレビCMとして放映しました。
――新聞ではシリーズ広告となりました。新聞に期待した効果や、シリーズ広告にしたねらいなどを聞かせてください。
写真や動画の投稿を募る際、コンセプトにしたのが「被災者の方々の声をストレートに伝える」ということでした。そのためには、ポストに投函された手書きのシートをそのまま掲載しようということになり、それに最も適しているのはプリント媒体である新聞だと考えました。新聞は事実をきちんと伝えるのはもちろん、読者もじっくりと読むので、メッセージが届きやすい。それらの特性を鑑みて、今回のプロジェクトのローンチには、新聞をメーンメディアに据えることにしたのです。
シリーズ広告は、15段の全面広告でスタートしました。複数の被災者の声を掲載し、大きな紙面で強いインパクトをもってこのプロジェクトを多くの方に知ってもらうのがねらいでした。以降は、一人ひとりのメッセージを小型広告で展開。新聞には古くから「たずね人」といった呼びかけの欄がありますが、今回はいわば「たずねキオク」。「キオクを探している人がいる」という印象をうまく表現するには、たずね人欄を彷彿(ほうふつ)とさせるような小型広告のほうが、クリエーティブとしては効いてくるんじゃないか、と考えました。デイリーな媒体で、毎日読むことが習慣化している新聞だからこそ、「昨日も載っていた、今日も載っている」と連続的にメッセージを感じてもらうことができるのも、今回のプロジェクトの告知には最適だったし、非常に意味があったと考えています。
「効く」コミュニケーションは 特性が発揮できるような組み合わせがカギ
――反響や成果は。
被災者の声がたくさん集まり、それに応えることでステキなことが起きますよ、という告知ができたという点では、ローンチは大成功だったと思います。広告を使ったプロモーションの場合、通常、瞬間的にウェブへのアクセスなどが跳ね上がり、その後、急速に落ちていきます。しかし今回は、プロジェクトが始まってから緩やかに右肩上がり、という推移を見せています。
ボランティアには、実際に被災地に行って体を動かすこと、募金などお金で支援することなどさまざまですが、このプロジェクトで目指しているのは、「失った思い出や記憶を支援する」という新しいボランティア、新しい社会貢献の形であり、それを続けていくためのプラットホーム作りです。短期的なプロモーションとは基本的な考え方が違い、一時的に大きな反響があることよりも、長く続くムーブメントにしていくことが目標です。そういう意味では、一連のコミュニケーションの反響は、僕らの期待したとおりだと言っていいと思います。
――じんわりと、でも、心の深い部分に効いてくるコミュニケーション、という印象です。ソーシャルメディアが台頭するなどメディア環境が多様化する中で、「効く」広告やコミュニケーションとはどのようなものだと考えますか。
8年連続でカンヌライオンズに参加していますが、今年びっくりしたのが、ほとんどの部門のグランプリ作品がインテグレートキャンペーンだったことです。メディアを使ってのコミュニケーションは「組み合わせの時代」になったと痛感しました。そういう意味では、今回のプロジェクトは、新聞、テレビ、ウェブを組み合わせてコミュニケーションした、まさにインテグレートな取り組みです。正しい情報をきちんと伝えるという新聞ならではの特性を生かして告知したからこそ、募集したり投稿したりするなどしてウェブに参加するユーザーが増えた。デイリーの媒体だからこそ、連日のシリーズ広告によってより広く、深く認識された。新聞が新聞ならではの機能をきちんと果たしたことで、コミュニケーション全体がうまくまわったと評価しています。それぞれの媒体特性を見極め、それらの特性を生かした形で適切に組み合わせることで、「効く」広告やコミュニケーションが生まれる。今回の経験も踏まえ、改めてそう感じています。
――今後について聞かせてください。
先ほども触れたとおり、「未来へのキオク」プロジェクトが目指すのは、「長く続くムーブメント」です。生きるためのハードの復興で手いっぱいの被災者の方もまだ多くいらっしゃるし、心のケアだって必要です。思い出や記憶の復興は、その後かもしれない。1カ月やその程度で終わるキャンペーンではなく、長い時間をかけて作っていくものだと思っています。じっくりと続けていく中で、色々な思い出が集まってユーザー同士の交流が生まれたり、被災者に対する何かリアルな支援が起きたりするかもしれません。そうして生まれたストーリーを、何らかの形でシリーズ広告的に伝えていければいいな、と考えています。
ストーリーを作るのは、グーグルでも僕らでもありません。被災者一人ひとりと、それを支援する日本全国の善意ある人たちとの交流によって紡がれるのです。僕らは、ただ単に広告を作るのではなく、サービスプラットホームを提供しながら、長く続くストーリー、思い出の復興を支援していきたいと思っています。
博報堂ケトル 代表取締役 共同CEO クリエイティブディレクター/アカウント プラナー
1969年神奈川県藤沢市生まれ。一橋大学商学部卒。1992年博報堂入社。アカウントプランニングのスキルを軸に、戦略からクリエーティブまで職種領域を越境したプランニングを行い、2006年博報堂ケトルを設立。「確信ある戦略とそこから逃げないクリエーティブ」をモットーに、APとCDの2足のわらじを履く。受賞暦にカンヌ広告祭シルバー、NYフェスティバルAMEグランプリ、クリオ広告祭ゴールド、ニューヨークADCゴールド、D&ADイエローペンシル、ロンドン国際ゴールド、アジア太平洋広告祭ゴールド、スパイクスゴールド、日本イベント大賞準グランプリなど。 2007年カンヌ広告祭プロモ部門審査員、2009年アジア太平洋広告祭アウトドア部門審査員歴に、NYフェスイノベーション部門審査員、ロンドン国際デジタル部門審査員。2010年ロンドン国際テレビCM・インテグレーテッド部門審査員、2011年NYフェスインテグレート部門、クリオ広告祭フィルム部門審査員など。
博報堂ケトル インテグレーテッド キャンペーン プラナー
1980年東京都北区赤羽生まれ。東京大学経済学部卒。2002年博報堂入社。ストラテジックプランナーとしてコーポレートブランディングや商品開発などを担当。2006年博報堂ケトル設立とともに同社に。現在は戦略からエグゼキューションまでをプランニングする。ブランドアクティビティーをソリューションとした提案を好む。受賞暦に4匹のライオンをはじめ、2本の鉛筆・4人の女神・1つのキューブ・10個の玉・6本の三角柱など。JAAAマーケティング論文入選も。