「私立中学受験」に特化した塾として、国内各地で教室を展開する日能研。半世紀以上、子どもたちの私学進学を応援してきた同社は、現在の中学受験や私学の状況をどう見て、どのような学びを提供しているのか。日能研本部・情報企画ディレクターの原和彦氏に聞いた。
私学へのニーズが多様化 より一般化する中学受験
――中学受験を取り巻く状況について聞かせてください。
日能研は1953年の創立以来、一貫して私立中学への進学を志す子どもとそのご家族の合格・学習支援をしてきました。しかし、中学受験を取り巻く状況は、当時と今では大きく変わりました。
80年代半ばまでは、首都圏でも、地元の小学校、中学校へ通い、都立や県立の高校へ進学する、というルートが一般的でした。当時、私立中学へ進学するのはごく限られた方々で、親子2代がその学校の出身であるなどの「熱心な私学ファン」であるご家族が多かった。ところが、80年代後半ごろから公教育への不安が広まり、さらに2000年から始まった「ゆとり教育」で、その不安感はさらに強まって、「公立の中学や高校だと、もしかしたら大学に行くのさえ難しくなるのでは」などと、公立を回避する方々が増え、多くの方が私立中学受験を考えるようになりました。
当時は、私学を志望する理由として、「熱心な私学ファン」であるご家庭は、建学の精神や文化、育成方針に共感し、その環境の下で子どもの人格形成をしたいと考える=「中高6年間」に魅力を感じているのに対し、公立回避から私学を選ぶご家庭では、大学進学実績=「6年後の結果」に魅力を感じて私学を選ぶという傾向にありました。しかしその後は、私学へのニーズも多様化し、その結果、中学受験を考えるご家庭が増えてきたのです。マスコミなどでは「中学受験の大衆化」などと表現されるようにもなりました。
こうした状況を受け、私立中学校もここ四半世紀の間に数多く設立されました。多くの私学進学希望者のニーズに応えるべく、新設校だけでなく、これまで高校だけだった私学が中学を併設したり、私立大学が併設の中高をつくったりと、「早いうちから優秀な生徒を囲い込みたい」という学校側の考えもあいまって、私立中学校が急激に増えたわけです。また、80年半ばころには4都県(東京・神奈川・千葉・埼玉)にいた小学6年生約51万人のうち中学受験をしたのは約8%の4万人強でしたが、現在は約30万人のうち20%超の約6万1千人が中学受験をしています。少子化によって子どもの数が減る一方で、受け皿が増えたことも、中学受験の一般化を後押しするようになったと言えます。
――変化する状況の中、日能研ではどのような理念で、どのような学びを提供しているのでしょうか。
かつて塾には、「詰め込み教育」のイメージがありました。それは、その当時の日本の学習観が「知識の獲得量」を重視する傾向にあったからでしょう。たとえば英単語を1万語覚えた生徒よりも、2万語覚えた生徒の方がより名のある大学に合格する思われていた。「四当五落」などという言われもありました。「睡眠時間は4時間まで。5時間寝ると、合格できない。」というわけです。まさに勉強量・知識獲得量を競っていた時代です。それを手伝うのが塾だったから、ねじり鉢巻きをして勉強する「詰め込み教育」のイメージが根強くあるのでしょう。しかし今、知識の量だけでは、社会に出てから通用しないことは、周知の事実となりました。コミュニケーション能力や論理的な思考力、豊かな表現力、課題を解決できる能力こそが求められるようになりました。これからの時代、必要なのは、「社会で活躍できる・社会に貢献できるチカラ」「人として豊かに生きるチカラ」なのでしょう。経済産業省が提言している「社会人基礎力」などは、その参考になります。
現在、こうした素養のある子を見極め、さらにその力を伸ばしていきたいという私学の意向が、各校の入試問題の中にも色濃くあらわれています。「知識の獲得量」を問うものにかわり、「考える力」や「表現するチカラ」を問う問題が主流になってきています。こうした問題は、たくさんの知識を持っているだけでは、解答することができません。
日能研が目指す「学び」も、自分自身で考え、状況に応じて持っている知識を効果的に活用し、自分の言葉で表現できるチカラを伸ばすことです。「昨日までの学び」よりも、「明日につながる学び」を大切にしたいと考えています。そのための一つとして、日能研では「体験」を重視してします。体験することで、知識は息吹をもち、「自分のもの」になります。たとえば、低学年を対象とした授業のひとコマ。「1メートルは何センチ?」と聞くと、たいていのお子さんが「100センチ!」と元気よく答えます。しかし、「じゃあ1メートルってどのぐらいの長さか、手を使って表してみよう」というと、ほとんどの子が困ってしまう。机の上用の知識として「1メートルは100センチ」を持ち合わせていても、その知識が「自分のもの」になっていない。「自分のもの」としての知識は、あらゆる場面で変換して使えることができるのです。あれこれ話しているうちに、ある子が「自分の足の大きさならわかる、21センチ。」と気付き、それを何倍にすればだいた1メートルになるのかがわかる。そのときの「へぇー」「そうなんだ!」という体験で、はじめて1メートルを「自分のもの」として感じることができるのです。
また、OECD(経済協力開発機構)の「生徒の学習到達度調査(PISA)」で、日本の子どもたちは、他国の子どもたちと比較して、「無答率」がとても高いという結果が出ています。これは、日本の子どもたちが、答えられないことや間違えることが、「恥ずかしい」とか「怖い」、ともすると「悪いこと」と思っている表れでしょう。まずは、恐れることなく、自分の考えを自分の言葉で表現してみること。それが社会に出てから必要なチカラにつながる礎となります。社会に出て、企画書を10枚作って、10枚とも採用されることなど、まずないわけですから。子どもたちには、間違えることを恐れずに、自由にどんどん表現してほしい、学んでほしいと思っています。国際社会においてこれから大切な「明日につながる学び」につながります。
未知なる何かに出合ったとき、柔軟に対応し、自分の考えを自分の言葉で表現する――。子どもたちがそうした力を伸ばせるよう、日能研の授業・テキスト・テストはつくられています。「たくさん詰まっているアタマよりも、よく動くアタマ」であってほしい。それが、私たちの思いであり、そのための学習環境を提供していきたいと考えています。
自分で考え、自分の言葉で表現する――未来を作る子どもを応援したい
――そのような理念を伝えるため、どのようなコミュニケーションを展開していますか。
「シカクいアタマをマルくする。」というシリーズの交通広告を86年から展開してきました。当初は中学の入試問題のおもしろさを伝えようという趣旨でしたが、現在は「未来へのチカラ編」という新シリーズになっています。入試問題を紹介する、という体裁は変わりませんが、さきほどお話したとおり、入試問題自体が、子どもたちの考える力やそのプロセスを重視する内容になり、選択肢だけでは解答できない論述形式の問題が増えました。こうした問題を紹介することで、私学がどのような思いで、子どもたちのどんな力を見極めようとしているのかを、伝えていきたいと考えたのです。ちなみに、記述式問題の場合など、同じ広告上に解答を掲載しないときもあります。日能研のホームページ上では、問題の解答・解説はもとより、問題を通しての各私学の「アドミッションポリシー(=建学の精神や文化・考え方、育成方針などを背景においた出題意図)」や、子どもたちへの熱い想い(おもい)を、出題校へのインタビューとあわせて公開しています。
新聞広告も重要なコミュニケーションツールと位置付けています。2009年から、朝日新聞の「わかるわかる運動」(2010年からは「わかるわかる教育」)と銘打った広告特集で、これまでお話ししてきたことを、日能研の想いや取り組みを含めて発信してきました。紙面に掲載された広告特集をタブロイドにまとめ、日能研に通う生徒やその保護者へ配布したり、公開実施のテストや講習を受けてくれた普段は日能研に通っていない子どもたちとその保護者へも配布するなど、二次利用しています。文字数も多いので、興味を持ってくれる人しか読んでくれないだろう……とは思っていますが、それでもあえて手を止め、読んでくれた読者のみなさんに「私学に進学しよう」「楽しんで子育てしよう」「豊かな人生を」と感じてもらうことが、未来の日本を作っていく当社なりの役割であると思っています。
――今後の展望について聞かせてください。
元日からの特集紙面、そして春からの紙面拡大や教育関連記事の増加といった朝日新聞の教育への取り組みに、共感しています。「わかるわかる教育」については、今年度は年間を通じて展開することになり、紙面を通じて、私たちの理念や想いを、さらに継続的に伝えながら、未来を歩む子どもたちの応援をしていきたいと考えています。