広告は人々に企業の大事なニュースを伝える使命を負っている

 白物家電の新聞広告に始まり、液晶テレビ「AQUOS」の広告制作では10年を超える関係を築いているアートディレクターの副田高行氏と、シャープの伊藤正裕氏。両氏に、企業活動における広告の位置づけや、企業とクリエーターのあるべき関係、広告に求める役割などについて語ってもらった。

いい商品広告はいい企業広告

副田高行氏 副田高行氏

――副田さんとシャープの関係はどのくらいになるのでしょう。

副田氏(以下、副田) 僕がシャープの広告を手がけるようになったのは、仲畑貴志さんの広告制作所にいた時代からですから、かれこれ25年くらいのおつきあいです。伊藤さんとも長いですよね。

伊藤氏(以下、伊藤) 副田さんと一緒にやった最初の広告は、冷蔵庫や洗濯機の新聞広告でした。カラーの一色刷りで、商品のシルエットをイラストで表現した広告です。

副田 そうでした。左右両開きの冷蔵庫や縦型掃除機といった発明的な商品が多くて、僕は広告を作る中でシャープの革新性や技術力への理解を深めていったんです。ブラウン管テレビの国産品もシャープが最初だったんですよね。すごいなあと思いながら何本か新聞広告を作って、それが気に入ってもらえたようで……。

伊藤正裕氏 伊藤正裕氏

伊藤 「主役は商品」という切り口が弊社の企業文化に合っていたんです。そこで、液晶ビジョン、液晶ビューカム、液晶テレビといった液晶AV商品の広告もお願いすることになりました。

副田 これも他社にない画期的な商品群でした。そして、伊藤さんは当時こんなことをおっしゃっていました。「技術で先陣を切るのはシャープでも、市場が拡大しはじめると徐々に資金力のある大手競合に主導権を奪われる…というパターンを繰り返してきた。これを何とかしたい」と。

伊藤 企業規模には歴然と差があって、それは今も変わりません。弊社の年間売り上げは約3兆円ですが、同業界には9~10 兆円前後の会社が複数あります。単純に考えても、あらゆるリソースが他社の3分の1程度で闘わねばならないということです。だからこそ、創業者の早川徳次は「他社にまねされる商品を作れ」と言い、現会長の町田勝彦は「オンリーワン商品を作れ。オンリーワンを積み重ねることでナンバーワンになれ」と言ってきました。それしか生きる道はないのだと。

副田 早川さんは、太陽光エネルギーにも他社が目を向けない時代から着目されていましたよね。

伊藤 約50年も前から「無限にある太陽の光で電気を作ることができれば人類に寄与できる」と、夢を語り続けていました。以来、海上のブイにはじまり、無人灯台、人工衛星と人の手の届かないところで信頼性のあるエネルギーを支えてきました。

副田 もうけにならなかった頃から夢を追い続けてきたことがすばらしい。そういう歴史を持った会社の商品だから、いい商品広告を作れば、いい企業広告になる。「AQUOS」の広告の作り方もそうです。

伊藤 ブラウン管テレビが主流の時代に「テレビをすべて液晶に変えます」と宣言したわけですが、世の中の反応は冷ややかでした。社内でさえ、「そんなこと言って大丈夫?」と半信半疑でしたから。そんな立ち上げ期から副田さんに携わっていただきました。

ブランドイメージは一朝一夕にはできない

――「AQUOS」のコミュニケーションについて聞かせてください。

副田 「AQUOS」の依頼があったのは1999年。「吉永小百合さんと契約できたので、それをふまえてクリエーティブを考えてほしい」と。

伊藤 そして、20世紀最後の年である2000年1月、一倉宏さんが作った「さあ、液晶世紀へ。」というキャッチコピーと、副田さんのアートディレクションによる広告を打ち出しました。

2000年1月4付 朝刊 2000年1月4付 朝刊

副田 吉永さんがひざの上に薄型液晶テレビ「AQUOS」を載せて座っている。横にある風呂敷に包んだブラウン管テレビは、いわば「過去の遺物」。そんなビジュアルでした。まさにミレニアムにふさわしい世紀のニュースということで、新聞広告30段を展開したんですよね。企業が一大決心をして宣言する場として、最もふさわしいメディアという判断でした。シャープがすごいのは、このスタートから今日まで、僕を使い続けていること。宣伝部内で人事異動があってもです。それは意味のあることだし、ありがたいことです。ブランドイメージは一朝一夕にはできず、積み重ねが大事だと思うので。

伊藤 メーカーですから、商品で企業を語らなければなりません。ただ、単なるスペックの改良を語るだけではダメで、どういう想(おも)いで作っている商品なのか、ものづくりに対する根本的な企業姿勢に共感してもらうことがコミュニケーションの肝。副田さんにはそこを理解していただいていると思っています。

――企業とクリエーターのあるべき関係とは。

副田 時には提案したクリエーティブをめぐって侃々諤々(かんかんがくがく)議論することもあります。僕は、クリエーティブ方針を曲げられないと思えば大阪の宣伝部に何度も電話するし、手紙に思いをしたためたこともあったし、宣伝部のはからいで社長に引き合わせていただいたこともありました。もちろんシャープの考えもあるわけで、お互いにせめぎ合うことが大事なんです。

伊藤 副田さんは、アーティストとしての自分を売り込んでいるわけではなく、徹底して企業と商品を表現しようとされます。ですから他のお仕事を見ていても、トーンやテイストが非常に多岐にわたっていてとらえどころがないくらいです。シャープの広告に、個性を最優先するアーティストは向きません。アーティストの個性を借りることでは企業の本質は伝わりませんから。そういう意味では吉永さんも同じで単なるタレント広告になっていないと思います。

2007年3月17付 朝刊 2007年3月17付 朝刊

副田 商品の魅力をいかに表現するかということがまずあって、デザイン性や省エネ性を伝えるビジュアルを求めた結果が「モダンリビングシリーズ」になり、高画質感を伝えるビジュアルを求めた結果が「名画シリーズ」になっていきました。どのロケーションにも吉永さんが実際に足を運んで撮影しています。美しいものに囲まれた暮らしへのあこがれや、環境に配慮して生きる喜びなど、商品のすばらしさだけでなく、商品が与えてくれる価値や豊かさまでも表現しようと心がけました。

伊藤 それがブランドイメージにつながるんですね。

副田 そうです。僕は、競争市場になるほどブランドイメージが物を言うと思っています。「AQUOS」はきちんと築いてきたと思うし、量販店に行くと「AQUOS」を観察しているお客さんが一番多かったりする。ブランドイメージをさらに高めていくのが広告の役割だと思います。でも正直、液晶テレビが今ほど市場を占めるようになるとは思っていませんでした。

伊藤 他社がこぞって液晶に切り替えたおかげで独占市場から競争市場へと変貌(へんぼう)しました。低価格勝負の商品に押されないためにも、さらに革新的な商品を打ち出していかなければなりません。昨年は4原色テレビ「AQUOSクアトロン」を発売しました。これも革命的なオンリーワン技術です。

副田 「クアトロン」誕生のニュースを朝日新聞の広告号外で展開しました。メディアの使い方として面白い企画でした。

伊藤 東京と大阪の街頭で配ったらあっという間になくなりました。一部地域で宅配もし、量販店にも配布しました。

副田 量販店をのぞいたら、手を伸ばしている人が結構いましたよ。

「AQUOS クアトロン」 2010年7月3日付 朝刊 広告号外

「AQUOS クアトロン」 2010年7月3日付 朝刊 広告号外 4面
「AQUOS クアトロン」 2010年7月3日付 朝刊 広告号外 2-3面
「AQUOS クアトロン」 2010年7月3日付 朝刊 広告号外 1面

宣伝部はクリエーターを選ぶ目を持って

――12年ほど前からシャープのブランドイメージ調査を始めたそうですね。

副田 最初の調査では、10社中7位でした。ところが、「AQUOS」の広告を始めてから2、3年後に3位か4位に上がって、次に2位になって、ついには1位に上り詰めた。もちろん商品の魅力もありますが、僕たちがやってきたコミュニケーションも影響していると思います。シャープの躍進に参加できたという誇りはアートディレクターとして強く持っています。

伊藤 大きな貢献をしていただきました。

副田 僕はシャープの宣伝部の人たちを「戦友」だと思っています。いい広告を作る企業は往々にして宣伝部の人がクリエーターを見出す目を持っている。そして、宣伝部とクリエーターの関係が密接です。昔だったら、伊勢丹と土屋耕一さん、パルコと石岡瑛子さん、ニコンと亀倉雄策さん、今なら、ソフトバンクと佐々木宏さん、宝島社と前田知巳さん、ユニクロと佐藤可士和さん、といった関係です。最近はどうも組織が組織に依頼するような形が多くて、個人と個人とが熱をぶつけ合って最善のコミュニケーションを探していくというプロセスが減っている気がします。大手広告会社に依頼するのでも、「このクリエーターにお願いしたい」と名指しできるような目を企業の宣伝部が持てるかどうか。僕がサン・アドに勤めていた時に広告制作に携わったサントリーは、宣伝部の人がプロデューサーやクリエーティブディレクターの役割も果たしていました。そういう宣伝部のプロがいたからいい広告が生まれたんです。

伊藤 ええ、よくわかります。

副田 シャープの宣伝部も、僕が独立すると小さな事務所を訪ねてくださり、直接依頼をしてくれました。そういう姿勢の企業がもっと増えてほしい。企業間のサバイバルが厳しい時代だからこそ、自分の会社をどうコミュニケーションするかということに注意を払い、それに加担してくれるパートナーを探すべきだと思います。

伊藤 弊社は広告でもオンリーワンを目指しています。テレビCMでも、従来の常識を破る90秒CMや5秒CMを展開して他とは違った印象を求めますし、長く続けることによる積み重ね効果も考えます。もとより3倍の力で一気に土砂を投入するような戦略は取れませんから、一つひとつ石を積み重ねていくことでやがて水面から顔を出すように、そんなイメージです。

副田 宣伝部がプロデューサーの役割を果たすという意味で、シャープの着眼点に感心したのが、亀山工場の広告です。工場を訴求しようというセンスに驚きました。

伊藤 「亀山モデルって何?」ということを一般の人々にも分かりやすく説明し、液晶パネルからテレビまで純国産の先進技術と匠の技を伝えたかったんです。それは新聞でしか伝えられないということで、15段広告を展開しました。

――副田さんは、2008年からソーラー技術の広告も担当しています。

副田 はい。2008年7月の北海道洞爺湖サミットのタイミングに合わせた新聞広告もありました。

伊藤 新聞は、真の意味でニュースを伝えられるメディアだと思うんです。テレビは速報性や映像のインパクトはあっても、ニュースの周辺の事情や経緯まで理解を深めることはなかなかできない。新聞は、政治、経済、世界情勢、いろいろなことを前後の関係も含めて知ることができます。ですから広告もニュースになるような情報にしたいという思いがあります。サミット期間中は記事を通じて読者の環境意識が一気に高まることが予想されたので、「世界のソーラー・カンパニーになる」とのメッセージを5日連続のシリーズ広告で届けました。

副田 英字紙にも展開したんですよね。

伊藤 各国首脳にはスタッフや記者も随行します。その人たちが滞在するホテルで配布する英字紙に英語版を出稿しました。

副田 サミットに新聞広告をぶつけるという発想がすごいと思いました。

伊藤 パブリックなメディアなので、「企業としてまじめにお話させてください」という場面に向いているし、世論の盛り上がりを予測して展開すれば、非常に効果的です。つまり、記事あっての広告。それが当社の新聞広告に対する評価です。

シャープのソーラー技術を伝えたシリーズ広告

2008年7月7日付 朝刊 シャープ 2008年7月7日付 朝刊
2008年7月8日付 朝刊 シャープ 2008年7月8日付 朝刊
2008年7月9日付 朝刊 シャープ 2008年7月9日付 朝刊
2008年7月10日付 朝刊 シャープ 2008年7月10日付 朝刊
2008年7月11日付 朝刊 シャープ 2008年7月11日付 朝刊

多メディア時代に問われるコンテンツの力

――改めて、新聞の特性をどのようにとらえていますか。

副田 新聞を読む行為には、情報の摂取とともに「考える」ということも含まれます。今、ブログ、ツイッター、ソーシャルメディアもろもろ、人々の接触メディアはどんどん多様化していますが、情報の接し方が表層的で、自分の頭で考えるということがおろそかになっている気がしてなりません。逆に新聞社は、新メディアの台頭に影響されることなく従来の価値を守り続けるべきです。新聞社の思想も大事です。それと、僕はアナログ人間なので、やっぱり「紙」が好きなんです。紙でしか伝えられない言葉や表現というのがあるんですよね。だから、若者の新聞離れなんて話を聞くととても悲しい。考えの浅い人間になってしまいますよ。ちゃんと文字を読んで、本当の豊かさとは何か、幸せとは何なのか、そういうところまで考えを深めていくことが大切なんじゃないでしょうか。

伊藤 当社は「GALAPAGOS」やスマートフォンなど新しい端末を打ち出していますが、「GALAPAGOS」は新聞を読むツールとしても期待されていて、例えば端末を通じて海外でも日本の新聞を読みたいという人がいるんです。多メディア化により一つのメディアに対する接触時間が減っている一方で、本当に欲しい情報は地球の裏側からでも手に入れたいという人がいる。最後はコンテンツの力なんだと思います。

副田 マス広告の今後についてはどう考えますか。

伊藤 マス広告は、大勢の人が同時期に一斉に目にするという情報の共有感が魅力です。一方、ソーシャルメディアの普及によってクチコミ情報が爆発的に増えていますが、こちらは個人同士がベースのコミュニティーですから、自分の事情に合った本音の言葉が直接聞けるという魅力があります。だからこそ情報が深く心に響いたり購買の動機付けにもなるわけです。それぞれに役割と魅力が違うんだと思います。

副田 企業は人々の暮らしを豊かにするために存在し、企業活動や商品がもたらす価値を伝えなければ夢や幸せは広がっていきません。そういう意味で、広告は人々に大事なニュースを伝える使命を負っている。そんなふうに思います。

副田高行氏、伊藤正裕氏
副田高行(そえだ・たかゆき)

副田デザイン制作所 アートディレクター

1950年福岡県生まれ。東京都立工芸高校デザイン科卒業、スタンダード通信社、サン・アド、仲畑広告制作所を経て、1995年、副田デザイン制作所を設立。主な仕事に、サントリー「ナマ樽」「ウイスキー小錦キャンペーン」、ANA「ニューヨークへ、行こう」、トヨタ自動車「エコ・プロジェクト」、シャープ「アクオス」など。1976年朝日広告賞から始まり、東京ADC賞、TCC特別賞、毎日広告デザイン賞、読売広告大賞、日経広告賞、日本宣伝賞山名賞、他受賞多数。

伊藤正裕(いとう・まさひろ)

シャープ ブランド戦略推進本部 ブランド統轄兼ブランド戦略部長

1954年生まれ。1977年シャープ入社 宣伝部に配属。以後、AVシステム事業本部、ブランド戦略室、販促部、宣伝部を経て、現職に至る。主な担当に、液晶ビューカム、ザウルス、メビウス、目の付けどころがシャープでしょ、プラズマクラスター、エコロジークラスで行きましょう、AQUOS、救うのは太陽だと思う、等。