女性誌『sweet』が実売部数100万部を越え、人気ブランドのブランドムックが120万部突破、10月に創刊された女性誌『GLOW』が発売4日で完売するなど、今や雑誌界のリーディングカンパニーと誰もが認める宝島社。その急伸に驚く人も多いだろうが、メディア戦略は緻密(ちみつ)に行われており、1998年から個性的な企業広告を地道に出稿し続けている。9月2日には日米同時に新聞広告を掲載。出版業界では史上初となる試みだという。キャッチコピーは「日本の犬と、アメリカの犬は、会話できるのか。」。今回の企業広告について企画から携わったというマーケティング本部広報課課長の桜田圭子氏に、日米同時に出稿した背景、広告のテーマ、宝島社が企業広告を出稿する意図などを聞いた。
――9月2日に日本とアメリカの新聞8紙同時に企業広告を出稿され、業界内外問わず話題となりました。アメリカのメディアに発信した背景は?
日米同時に出稿しようという案は、企業広告に限らず、何においても既成概念に捉われないという考えから生まれたものです。何事にも、枠を作ると発想が狭くなってしまいます。思想や理念を発信する上で、「日本」とか「世界」とかの線引きをわざわざする必要がないのでは、と。とはいえ、「世界」といっても、どの国のどのメディアに掲載するかという選別は非常に難しい。そこで、世界に対して発信力があるアメリカで、多くのオピニオンリーダーが購読しているだろう主力紙、ニューヨーク・タイムズ紙とワシントン・ポスト紙の2紙を選びました。
――出版社の企業広告自体、珍しいと思います。
弊社は98年から企業広告を行っています。出版物だけでは伝えきれない企業としての考えを、企業広告という方法でお伝えするために始めたものです。企業自体の認知度やブランド力を上げるという目的だけではなく、時代に応じた「宝島社」の考えを社会に対して発信したいという想いがあり、会社が目指していく方向を含めて発信していこうという考えから決まったことです。
――今回の企業広告のテーマについて教えてください。
今回のテーマは「コミュニケーションの大切さ」です。今回の広告は特にコピーも日本とアメリカのことを言っているのではありません。外交や政治、経済の問題、殺伐とした事件など、今、日本が抱える様々な問題の根本にあるものは、コミュニケーション不足やちょっとした行き違いによるものではないかという問題提起です。前向きで良いエネルギーは、人と人とのコミュニケーションの中から生まれてくるという考えを表現したものでもあります。
――それまで制作されてきたクリエーティブとは、イメージが少し変わったように思います。それは意図的なものですか?
「人と社会を楽しく元気に」という企業理念をもとに、みんなが元気になるようなポジティブなメッセージを発信しようという姿勢は、以前から変わっていません。ただ、現在は女性誌の売り上げが累計で400万部を超えていることなどから、企業としてのステージが変わってきたと感じていました。そういった背景から、企業広告も趣向を変えようという考えはありました。“社会にモノ申す”といった今までの「宝島社らしさ」のレベルにとどまらず、より大局に立ち、メジャー感を出すことは、心掛けたことのひとつです。
――犬2匹とキャッチコピーのみという、非常にシンプルなビジュアルです。伝えたいことが伝わらないのではないか、という懸念はありませんでしたか?
最近はインターネットで検索をすれば、すぐ答えが出てくるのが当たり前になり、考えても答えがないものに慣れていない世の中だと感じます。実際に、掲載された当日、この広告について検索された方も多いと思いますが、ほとんど情報をWebにアップしていなかったので答えは見つからなかったと思います。自分で考えていただくしかない状況をあえて作りだしたのです。
――その意図することは?
コミュニケーションの基本、伝えることと伝わることの間にあるものは何か? それをあらためて問い直すためには、考える時間がとても重要だろうと考えました。コピーを読んで、外交問題のことを思い出した方もいらっしゃるでしょうし、会社の人間関係について考えた方もいるかもしれない。見た人が考えたこと、それぞれが正解。それが意図することでした。
そのため、できる限り情報は削ぎ落としました。できればURLも入れたくなかったくらいです。広告会社の方から、「ボディーコピーを入れたほうがいいのでは?」とか、「新刊の情報を入れましょうか?」など提案されていたのですが、一切ナシでいいですとお願いしました。
「なんだろう?」と、疑問を素直に持ち続けてもらうためには、広告らしくしないことが一番だと考え、シンプルさにこだわりました。どんなに素晴らしいクリエーティブでも、“企業の広告”と思われた時点で、自問自答することをやめてしまう気がしたんです。英語版のコピーも直訳ではネーティブには伝わりにくいと言われたのですが、あえてそのまま。会社名は漢字でも掲載しました。
――読者からの反響はいかがでしたか?
電話やメールでの問い合わせはとても多かったです。ツイッターでも話題になっていましたし、一般の方、業界の方問わず、ブログなどで取り上げてくださった方も多かったです。海外では知られていない企業であることから、もともと反響は予測していませんでした。ですが、ツイッターで「Takarajima publishingを知っている人いるか」という英語のつぶやきがいくつかありました。ちなみに日本では、「犬の本が出るんですか?」「表情が可愛いのでポスターが欲しい」など、愛犬家の方々からのお問い合わせもとても多かったです。
――犬をメーンビジュアルにされた理由を教えてください。
アイデアの段階から犬をメーンビジュアルにすることは決めていました。特にアメリカでは、犬はステイタスシンボルのひとつであり、身近な存在です。そういう面からも犬以外、考えていませんでした。2匹の犬の距離感、目線や顔の向き、それぞれの犬のサイズ感などによって印象が全く変わってくるので、検証を何度も行いました。
――情報をそぎ落とし読者自身が答えを見つけるというコンセプトは、新聞広告の使い道、可能性を広げるきっかけにもなったと思います。
商品広告の場合は、できるだけ丁寧に説明をしたほうがいい場合もありますから、ケースバイケースだと思います。例えば、雑誌の誌面を作るときも、すき間を埋めたがる傾向がありますが、不要な情報なら、ないほうがスッキリして読みやすい場合もあります。そういう面から考えても、広告づくりは雑誌づくりと似ているのかもしれません。
また、今回の「コミュニケーションの大切さ」をテーマとした企業広告は、弊社が2007年から行っている「マーケティング会議」にも通じる部分があることにも気づきました。「マーケティング会議」は、編集、営業、広告、宣伝、広報、ウェブなど各部門の責任者に社長が加わり、各誌ごとに毎月1回行っている会議です。社員同士のコミュニケーションが活発になったことも、各雑誌のヒットの背景にあります。
慣例やセオリーに縛られずに発想するほうが、今までにない新しい何かが生まれる可能性が広がると思っています。特に企業は役職といった枠にとらわれすぎる傾向がありますよね。たとえば、課長以上が出席しなければならない会議があるとか。それよりもトップを含め、プロジェクトに必要な人材が、直接話し合うほうが効率的だったりするかもしれません。そういった考えのもと弊社のマーケティング会議は行われています。
――枠を超えて新しいことにチャレンジして失敗したら……とネガティブに考えてしまうことはないのですか?
枠のない自由な環境でないと、新しい発想は生まれないと思うんです。やってうまくいかないと、世間のせいにしがち。「出版不況」などと言われることもありますが、きちんと考えてやることをやれば、部数は伸びるんです。そういうことも伝えていきたいと思っています。
もともと、弊社の代表は「人は自由であるべき」という考えを持っています。企業経営においても、社員の自発性、創意性を非常に重視しており、どんなセクションでも目的がきちんとあれば、チャレンジさせてもらえる環境にあります。だから私たちはやってみたいことを起案し、具体的にチャレンジしています。
――10月に創刊された女性誌『GLOW』は発売4日で完売だったそうですね。
雑誌業界をリードしていく立場として、業界全体を盛り上げていかなければならないと実感しています。業界全体の雑誌売り上げも昨年対比97%。100%超え目前なんです。だから他社さんと共に是非がんばっていきたいと思っています。